096 異邦人だから、そして一人で生きていくと決めたから

「証拠は無いけど……そうだな……。これを見ててくれ」


 俺はステータスボードを操作し、3クリスタルを使い、毛布と交換した。

 毛布がなにもない空間から、ヌッと飛び出してくる。

 俺はその毛布をリフレイアの肩に掛けた。

 リフレイアはあっけに取られて、毛布の肌触りなんかを確かめている。


「俺たち転移者は、向こうの奴ら……視聴者を楽しませたかどうかで、ポイントを得られる。それで、それを使っていろいろなアイテムと交換できるんだ。この毛布は、今交換したものだ。前にお前に渡したことある精霊力ポーションもそう。……こんなの、こっちの人間では絶対にありえないことだろ?」

「で、でも……ヒカルは影の収納があるじゃないですか。そこから出したんじゃ……」

「元々持ってたなら、とっくに出してるよ。それに、シャドウストレージは、影から出す術だから、空間から物が出てくるわけじゃない」


 影に手を突っ込んで、中にあったロープを出してみせる。

 ポイント交換とは物が出てくる場所が違うのだ。ステータスボードは空中にあるから。


「でも……だからって、私といっしょにいられない理由になりませんよね? 私、ヒカルの出身なんて全然気にしませんし」

「俺だって出身だけなら、気にしなかったよ。……そこじゃなくて、視聴者達が見ているという部分なんだ。俺の『どうにもならない事情』は」

「…………? 私、気にしませんけど? 実感ありませんし」


 コテンと可愛く首を傾げるリフレイア。

 彼女がそう答えるだろうことは、予想していた。


 実感。

 そんなものは、あるいは俺にだってないのかもしれない。

 あるのは、ステータスボード上の数字だけなのだから。

 あるいは、開封することなく増え続けていく「メッセージ」の未読数だけか。


「俺が気にするんだよ。俺は……リフレイアの姿を奴らに見せたくない。見られたくないんだ」

「見られたくないって――、あ、じゃああの夜のことも……?」

「そうだ。あの時のことは本当に悪かった。酒を飲んでたし……リフレイアが、あんなに大胆な行動に出るって思ってなかったから……って、そんなの言い訳だな。どれだけ罵倒してくれてもいい」

「べ、別にあれは私が勝手にしたことですし、いいですけどぉ。ふぅん、見られたくないんだ……。それって……独占欲?」


 上目遣いで、わずかに口をムニムニさせて、そう訊いてくる。


「そんな嬉しそうな顔するなよ。独占欲だよ。……いや、正確に言えば、もっと複雑な気持ちだけど……とにかく、俺はこんな大事なことを言わずに、お前に協力して貰ってたんだ」

「う~ん、わかんないんですよね。ヒカルは一人でもけっこう戦えるじゃないですか? 私の協力なんて必要ないでしょう? 期限だって区切ってましたし、全部説明してくれないと」

「二週間だけ、視聴者をどうしても増やす必要があったんだ……。一位になると、特殊なアイテムが貰えるから。それがどうしても欲しくて」


 自分で言っていて嫌になる。

『欲しいものがあったから、利用した』

 つまり、そんな理由だ。


「なにが貰えるんです?」


 そう問われて、俺は、洗いざらいリフレイアに話すことにした。

 魔王が出るまで、時間はまだまだありそうだった。


 ナナミのこと。

 殺されてこの世界に来たこと。

 森を命からがら抜けてきたこと。

 そして――俺は幼馴染みを殺した人間として、向こうでは殺したいほど憎まれているということも。


 リフレイアは、静かに耳を傾けてくれた。

 説明をしても、わかってもらえるかはわからない。

 この世界の人には、状況も含めて難解なはずだ。

 それでも、俺は話した。一度話し始めたら、止まらなかった。

 一方的にまくし立てるように話してしまった。


 ……俺はただ聞いて貰いたかっただけなのかもしれない。

 アレックスが、「自分のルーツを話せないのは辛い」と言っていた意味がわかった気がする。あの時はピンと来なかったが、自分のことなんてわからないものだ。


「……これで全部。今、俺がここにいる理由」

「そう……だったんですか……」


 リフレイアに俺の経緯を、ちゃんと理解できたかどうかは怪しい。

 でも、聞いてもらうことで、少し胸のわだかまりが取れたような気がしていた。


「その……幼馴染みって、女性なんですよね……? 恋人だったんですか?」

「そういう関係ではなかったかな。一番、近くにいた異性ではあったけど、子供のころからの付き合いだから、どちらかというと兄妹……家族みたいな関係」

「家族……ですか」


 ナナミとの関係は、その言葉が一番近いだろう。

 いろんな意味で『普通』じゃなかった二人の妹と比べて、普通だったナナミは俺にとって心安まる存在だったのは確かだ。


「とにかく、黙っていて悪かった! でも、これで俺がお前といられない理由がわかって貰えたと思う。それに……この視聴率レースが終わったら、黙って利用していたことは償うつもりだった。一位になって……ナナミを生き返らせることができたなら、俺にできることならなんでもするよ。お前が望むなら死んだって構わない」

「死って……そんなこと望むわけないじゃないですか。それに……話を聞いても、私、あんまりピンと来ないっていうか……。ヒカルが、すごく真剣に言ってくれてるのは分かるんですけど……私、気にしませんよ? 見たいなら見ればいいじゃないですか?」

「リフレイアはそう言うって思ったけど……俺が嫌なんだよ。俺がダメなんだ。巻き込めない……巻き込みたくないんだ」


 迷宮に潜ったり、魔王を倒したりってのは、俺が頼んでいなくても探索者をやっていれば避けられないこと。だから、引退を遅らせたこと自体は、彼女が納得しているなら別に問題ない。

 でも、俺という異世界転移者に付随した「ライブ放送」に巻き込むのは違う。

 リフレイアは、これだけ説明しても本当にどういうことなのかはわかっていないはずだ。パソコンもスマホも、テレビすらないこの世界で、理解できるはずがない。

 大丈夫だという彼女に、「大丈夫ならいいよね」と言ってしまえるほど、俺は外道ではない。

 そうでなくても俺は憎まれている。彼女もそれに巻き込んでしまっているのだ。


「……どうにもならないんですか?」

「ああ。それにリフレイアには聖堂騎士になるって夢があるんだろ。俺と出会ったことは忘れて、夢を叶えて欲しい」

「……そしたら、ヒカルはどうなるんですか。私と別れて……どうするつもりなんですか」

「まだ考えてないけど、一人で二層専門で魔物狩って生活するかなぁ」


 二層で狩りをしながら毎日同じ日々を過ごすのなら、視聴者の注目も浴びないだろうし、悪くない暮らしだろう。

 今はナナミを生き返らせる為に無理をしているが、本当は少しつらい。精霊たちの声も、精霊たちの視線も、ふとした瞬間に地球からの視線なのではと誤認してしまう。

 あのメッセージを読んで……俺は完全にトラウマになっていた。

 誰の視線も届かぬ闇の中でずっと過ごしたいという気持ちは、こうしていても心のどこかにずっとあるのだ。


「――死ぬ、つもりなんですか……?」


 リフレイアのその言葉に俺はギクリとした。

 ナナミを生き返らせることができたなら、そのうちどこかで生きることを諦めて「終わり」にする。それでもいいと心のどこかで思っていたのを、言い当てられた気分だった。


「……死なないよ。お前と出会う前と同じになるだけさ」

「嘘ですよ……。そんな顔で、嘘言わないで下さい」

「嘘じゃないって。まあ、死んだみたいな生き方かもしれないけどな。はははっ」


 俺は軽く笑ってみせた。

 正直、下手な誤魔化しだったけれど、彼女はそれ以上追及してこなかった。

 俺の気持ちが変わらないことがわかったのだろう。

 

「ヒカル、私に妹がいるって話はしましたよね? 覚えてます?」

「覚えてるよ。才能がある妹がいるって」

「お金がいるから迷宮に潜ってるってのも言いましたよね?」

「言ってたな」

「それで、これは言ってなかったんですけど、妹……病気なんですよね。それも、治療にすごくお金がかかる」


 リフレイアが迷宮に潜る理由は、聖堂騎士の修行とお金を稼ぐ為と前に言っていた。

 その金の使い道については深く考えたことがなかった。


「仕送りしてるのか?」

「ええ……。母は聖堂騎士を引退していますし、年金だけでは生活だけならともかく、治療費までは回りませんので」


 なるほど、リフレイアも、妹も、本来なら聖堂騎士になって家に金を入れることになっていたのだろう。それが崩れたから、彼女は仕送りしながら聖堂騎士の訓練をしていた……というわけだ。


「じゃあ、なおさら聖堂騎士の試験に受からなきゃだな」

「違いますよヒカル。もういいんです、聖堂騎士は。私、ずっとここで探索者やりますから。――ヒカルと」

「バカ言うなよ」

「ヒカルと組んでから、仕送りもたくさんできてますし、これなら無理に聖堂騎士になる必要ないじゃないですか。それより、好きな人と一緒にいれるほうが――」

「リフレイア!」


 心を揺らさないで欲しかった。

 俺だって、どれほど彼女に側にいて欲しいか。

 これが俺の身勝手なのか。それとも、正しい行いなのか。

 なにもわからなかった。

 わからないけれど、これ以上どうしようもないことなのだ。


「……わかって欲しい。ダメなものはダメなんだよ」

「…………」


 リフレイアが下を向いて肩を震わせる。

 俺はその細い肩を抱いてやることすらできずに、階下に広がる深い闇をボンヤリと見続けていた。

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