010 目覚め、そして脱出行

「はっ……!?」


 どこからか鳴るアラーム音で目を覚ます。

 いつのまにか寝ていた――いや、気を失っていたらしい。

 音の発生源はステータスボードで、結界の残り時間が「残10分」と出ている。


「助かった。モーニングコール付きなのか」


 正確にはアラームだろうか、まあどっちでもいい。

 精霊術の連続使用で気絶していたらしい。

 気付かず寝過ごしていたら、そのまま魔物に喰われ殺されていた可能性が高い。

 日も沈んだようで、周囲はすでに薄暗い。


 事の顛末はこうだ。

 闇の精霊術を取得してからの術の練習は、しばらく順調だった。

 例えばロールプレイングゲームなんかなら、魔法の使用はかなり回数が制限される。初期レベルなら10回も使えばMPが枯渇して、宿屋に泊まるまでなにもできないようなものが多いだろう。

 だから、俺も目にみえないMPの枯渇には注意を払っていた。この世界は地球と違うとはいえ、ゲームではなくリアルの世界だ。ノーリスクということはあり得ない。

 そう身構えていたのだが、術を10回使っても、20回使っても、それは訪れなかったのだ。


「ダークミスト」の熟練度は一回で上がる時もあれば、数回使っても上がらないこともあったが、順調に上がってはいた。

 それで調子に乗ったつもりはなかったのだが、俺は、自分の身体の変化に気付くことができなかった。

 軽い目眩がして、なんか変だぞと思った時には、体温が異常に上昇していた。

 それを自覚した次の瞬間から、もう記憶がない。

 おそらく、精霊力の使いすぎかなにかで、身体が音を上げたのだろう。


「でも、寝たからか、身体の調子は悪くなさそうだ」


 体温も異常なさそうだ。

 いずれにせよ、もう結界の効果が切れる。

 周辺にあの大猿の気配はないが、気を引き締めよう。


 俺は立ち上がると、ステータスボードから闇の精霊術を確認した。


【 闇の精霊術 】

 第一位階術式

・闇ノ顕 【ダークミスト】  熟練度 24

・闇ノ見 【ナイトヴィジョン】 熟練度0


 数時間の練習で新しい術が出現していた。

 闇ノ見とある。


「ナイトヴィジョンってことは、暗い場所でも見えるようになる術かな。闇ノ『見』だし。できれば、攻撃的なやつが良かったんだが……」


 暗視を持っている俺にとってはちょい微妙なところだ。

 そもそも「暗視」でどれくらい暗い場所が見えるのか不明だが……。

 外はすでに日が落ちて薄暗い。

 っていうか、暗視能力って使用不使用の切り替えできるのか?

 疑問に思い、空を見上げる。

 群青色の空は、すでに夜のソレだ。


「……そうか、すでにスキルの暗視の効果は出てたってことなんだな」


 もう太陽は山の向こうに沈み、空は均一に暗い。もう夜だ。

 なのに、唯一の光源が月明かりだけという森の中にあって、俺にはどこに木が生えているかがわかるし、少し奥のほうまで見通すことができている。

 昼間と同じように――とまではいかないが、最低限の活動に支障はなさそうだ。

 さすが「暗視」。15ポイントも必要な特殊能力なだけある。

 夜間や暗い場所での活動に、これはかなりのアドバンテージとなるはずだ。


「ナイトヴィジョンも使ってみるか。……おお!」


 術を使ってみると、幸いというか、効果は上乗せされた。

 もしかしたら、効果の重複であまり意味を成さない可能性も考えたが杞憂だったようだ。

 わずかな光を増幅したように、さらによく見える。

 これなら、夜歩くのにも支障はないだろう。


「……ふぅ~。よし。行くか」


 時間が来て、簡易結界の薄膜が消失していく。

 あれから12時間も経つのに、あの大猿との邂逅を思い出し足が竦む。

 それでも前に進むしかないのだ。

 距離的に、順調にいけば10日くらいで森を抜けることも可能なはず。かなり楽観的な数字だとは思うが、そう考えなければ心が折れてしまいそうだった。


 俺は、ステータスボードから1ポイントで新しい「結界石」を交換し、熟練度の上昇によって効果範囲が少しだけ広がったダークミストで闇を身に纏わせ、歩き始めた。


 今の俺の状態はRPGで言うなら、低レベルで高レベル帯にいるような状況。

『唯一『課金石』を割ることで延命ができる――』

その例えが近いだろう。


 だが、当然だが課金石には限りがある。それも、たったの8ポイントだ。怖かろうが、危なかろうが、ここぞという場面までは節約しなければ、脱出まで保つわけがない。

 ならば、怖くても前に進むしかない。

 前に進む以外にないのだ。


「生きる……! 絶対に生きて、この森を出るんだ……!」


 ほとんど汚れていないブーツで、一度も人間が歩いたこともなさそうな森を、一歩一歩踏みしめて歩き出す。

 絶望的な状況でも、諦めずに足掻くと決めたのだから。


 ステータスボードを見ると、視聴者数が加速度的に増え、今もそれは増加の一途をたどっていた。


 残りポイント 8

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