第176話 幕間 カノンクエストⅢ

「はい、やってまいりました。私の時間です!」


 画面に映り込むのは、アップのカノンだ。恐らく録画用カメラデバイスを両手に保持しているのだろうが、本人はほぼ顔の上半分しか映っていない事に気がついていない。


「凄腕オペレーター兼ハンターのカノン・バーンズは、なんと現在荒野におります。しかもユーリさん抜きで」


 そう言いながらカメラを軽く放り上げると、カノンの向こうに無人の荒野が映し出された。サテライトのような無人で宙を浮くタイプのデバイスだ。


 そう。今カノンはユーリ抜きで荒野に居る。だが勿論一人という訳ではない。


「何故私が荒野に居るのかと言うと――」

「カノン、誰に話してんの?」


 カノンの横からヒョッコリ顔を出したのは、草原の風鳥アプスのヴィオラだ。緑のポニーテールが特徴的な元気印。雰囲気はアデルに近いが、彼女よりも能天気である。


 カノンが荒野に居る理由は、ヴィオラ達草原の風鳥アプスの任務についてきたからである。ユーリが療養中に、少しでも成長をしようと草原の風鳥アプスに同行を願い出たのだ。


 ……と言うか、他の三チームからは歯切れの悪い言葉でお断りされ、最終的に草原の風鳥アプスしか受け入れてくれなかっただけである。ちなみにカノンも草原の風鳥アプスも、なぜ他のチームがあんなに歯切れの悪い返しをしたのかは分かっていない。


 ともかくカノンとしては、草原の風鳥アプスは受け入れてくれた優しいチームであり、ヴィオラはそんな優しいチームの一員だ。そんなヴィオラの登場に、カノンはカメラから彼女に視線を移した。


「動画日記みたいな感じですね。こうしてカメラを使って色々なことを記録してるんです」

「へー。じゃあ今これ、撮ってんの?」


 そう言いながら画面に向けて手を振るヴィオラに、「はい、絶賛録画中です」とカノンが頷いた。


私の活躍が映っちゃうね」

「ふふふ。私の活躍も、です」


 画面の中で中が良さそうに笑う二人に、「能天気二人のドジっぷりが映るんじゃない?」と横から辛辣な声が響いた。


「なにをー!」

「ヴィオラさんと一緒にしないで下さい!」


 二人して手を振り上げ口を尖らせる先には、イリーナの姿があった。アイスブルーのロングヘアと、タレ目に泣きぼくろ。外見だけで言えばおっとりした美女であり、男性ハンターからの人気も高いイリーナであるが……口を開けば中々の毒舌っぷりである。


 妖艶に微笑んだイリーナが、「ヴィオラ、『一緒にしないで』だって」とカノンを指させば、ヴィオラがジト目でカノンを見つめる。


「へー。そんな風に思ってたんだ」


 ヴィオラのジト目に「き、聞き間違いでは?」とカノンが必死に手と頭をブンブンと振っている。


 今も画面の中では「じゃあ録画してるの見せてよ」、「それは無理でしょう」と二人が繰り広げる不毛な争いが――


「おい、遊んでるん場合じゃないよ」


 ――不毛な争いを続ける二人の首根っこを、別の女性が引っ掴んだ。赤茶色の髪の毛を短く切りそろえ、槍を担ぐ女性の名はルチア。草原の風鳥アプスのメンバーであり、姉御肌なチームのまとめ役でもある。


「もうすぐポイントだぞ」


 首根っこを掴んだまま二人を睨みつけるルチアに「だって、今動画撮影してるって言うから」とヴィオラが口を尖らせた。


「動画撮影ぃ?」


 眉を寄せるルチアがカメラを見上げる。姉御肌で喧嘩っ早い所があるルチアではあるが、その裏表がなく面倒見のいい性格と――


「ピース」


 ――この屈託のない笑顔で、ヴィオラ同様に男女問わず人気が高い。


 ノエルという独特なリーダを支える、元気なヴィオラ、ミステリアスで毒舌なイリーナ、姉御肌のルチア。このバランス感が草原の風鳥アプスの強みと言えるかもしれない。


 全員がバラバラの性格なのだが、チームとして機能する時草原の風鳥アプスの真価が発揮されるのだ。


「み、みみみみみ皆さん、みみ見えました!」


 オドオドとしたノエルの声に、全員が意識を前方に集中させる。サテライトが映し出したのは、無数の砂泥虫サンドワームだ。岩盤やコンクリートを砕きながら進むモンスター。今はまだ遠いが、放っておいて東征ようの道を駄目にされては困る、という事で今回討伐依頼が出されたわけだが――


「え、えええええええええっと――」


 ――無数のモンスターを前に、慌てふためくノエル。本当にリーダーとしてやっているのか不安になる程の反応である。それでも草原の風鳥アプスのメンバーは少しも慌てた様子はない。ただ黙って現場を見回して――


「ノエル。眼帯取っちゃっていいわよ」


 ――イリーナの一言で「わ、分かった」とノエルが頷きながら眼帯を取った。


「ヒャッハー! 貴様ら準備は出来てるか?」


 高らかに笑うノエルの声に三者三様に……いや、ノエル達のオペレーターであるベルタも彼女のサテライトを経由して返事をする。


「ヴィオラ、イリーナ、どデカいのを二、三発食らわしてやれ」


 ノエルの指示に二人が「オッケー」「分かったわ」とそれぞれ頷く。


「ルチア、二発目の着弾と同時に突っ込むぞ……ヴィオラ、イリーナは抜けてきた連中を、ベルタは不意打ちの警戒をそれぞれ担当しろ」


 カノンのカメラには、先ほどとは打って変わって的確に指示を出すノエルが映し出されていいるが……姿


 全員がその事実に気づかぬままノエルが「行くぞ!」と声を上げた瞬間、遠く、ちょうど砂泥虫サンドワームの群れの中心で大爆発が起こった。


「何事じゃ!」

『あらあらあらぁ。カノンが先に突っ込んじゃったわ〜』


 呑気なベルタの声が全員の鼓膜を震わせ、同時にノエルの身体も怒りで震える。何を勝手に……そう言いたげなノエルが口を開く。


「こら! チミっ子! 勝手に特攻するでない!」


 蟀谷に青筋を浮かべたノエルが、ギリギリと奥歯を鳴らせば、イヤホンから返ってきたのは――


『え? 見敵即殲滅では?』


 という本気の疑問だった。


「バカモノ! 暴れるにしてもがあるだろう!」


 イヤホンを押さえながら怒鳴るノエルだが、それを眺める三人とベルタは「あーあ」と言う雰囲気だ。


 ノエルの暴れる場面を奪ったから……否。

 ノエルを差し置いて一番槍を奪ったから……否。


 ノエルの思い描いていたを、ぶち壊したからである。


 確かにサイラス達をして戦闘中の草原の風鳥アプスには近づくな、と言われるほどノエルの戦い方は苛烈を極めている。


 だがその実、考えなしに暴れる馬鹿ではない。ノエルという一見すると暴走特急は、クレバーに暴れるシリアルキラーなのだ。


 彼らに近づくな、という言葉の真意は……ノエルの作戦を邪魔してはいけない、である。ノエル達が上手く立ち回れるように、作られた流れを遮れば、それすなわちノエルにとって排除対象ということになる。


 自分たちが有利になるよう瞬時に戦況を見極め、草原の風鳥アプスが暴れやすいように他のメンバーに的確な指示を出す。それがノエルがリーダーたるだ。


 それでも傍目から見ると、ノエルが単に暴れているだけにしか見えないのだろう。草原の風鳥アプスのメンバーはそうではない事など重々承知である。それでもノエルが暴走特急として見られている方が、彼女たちにとってもやりやす。


 だから尚の事、ノエルが誰かに「考えなしに暴れるな」などと言うセリフを言っているのは、初めて見る光景だろう。


 なんせ今も砂泥虫サンドワームの群れを……いや、そこに突っ込でいるカノンを睨みつけながら「貴様は馬鹿なのか!」と声を荒げているのだ。


 あのノエルが、誰かに注意をするなど……いや、ノエルが隠していたリーダーシップをガンガン引き出すカノンに、その場の全員が「スゲーな。あいつ」となっている。


「ええい! 貴様らのチームに作戦という文字はないのか?」

『失敬な! 作戦くらいありますよ!』


 イヤホンを鳴らすカノンの声に全員が思わず「嘘だ」と呟くが、イヤホンの向こうでカノンは


『とりあえず、「好きにブチかませ……ただし俺のいない所で」ってヤツです』


 そう言ったカノンが『何か失礼ですよね』とぶつぶつ呟きながら、また一際大きな爆発を起こしている。


 ……考えるベクトルが違う。というか、それは作戦と言えるのだろうか。


 全員の心の声が一致した瞬間だろう。そもそもノエルが言うのは、マクロ的なことではなく、もっと大きな流れについてだ。

 だが時既に遅し……巨大な爆発に群がる砂泥虫サンドワームに大規模魔法など打ち込めない。打ち込んでしまえばカノンを巻き込むからだ。


「どうする?」


 そう言いながらも、魔導銃マジックライフルを取り出したイリーナ。……もう作戦などなく、目につくやつを倒していくしかない。そう言いたげな行動に


「……こうなっては仕方がない。ワシらも突っ込むぞ!」


 ノエルが奥歯を鳴らし、両手にナイフ付きのグローブを嵌め駆け出した。それに続くようにルチアとヴィオラも突っ込む。


『あ、ちなみに草原の風鳥アプスの作戦って――』

「貴様ごと斬り刻め、だ!」


 とノエルが声を荒げ、『ぎぇぇぇええええ! なにゆえ!』とカノンの悲鳴が上がった時、イリーナが群れの端に向けて魔弾を放った。


 群れに突っ込む三人、魔導銃マジックライフルから放たれる魔弾、そして……再び巻き起こる爆発に――


『あらあらあらぁ』


 ――ベルタが呑気な声を上げていた。


 彼女たちは今、ようやく理解したことだろう。カノンという爆弾娘とまともにチームを組めるのは、ユーリくらいしかいないという事を。だから他の三チームはあんなに歯切れの悪い返しで断ったのだという事を。


 帰ったら教えてくれなかった三チームに、少しくらいは文句を言おう……そう彼らが決心しただろう頃、再び地を揺らす爆発が――


『こんのクソちみっ子! すら機能していないではないか!』


 ――恐らく近くにいたノエルが巻き込まれたのだろう。全員がユーリにもう少し優しくしよう。そう思ったそうな。








「あ、危なかった。ノエルさんに斬り刻まれるところでした……」


 サテライトに映るゲッソリとしたカノンに、「そだねー」とこちらも疲れ切ったヴィオラが小さく頷いている。


草原の風鳥アプスに近づくな……体感させてもらいました」


 ゆっくりと頭を下げるカノンだが、草原の風鳥アプス全員がそれぞれの顔を見合わせ誰ともなしに頷いた。


「まあ……私達的には、『ユーリとカノンに近づくな』だけどね」

「驚愕の事実ッ!」


 跳ねるように顔を上げたカノンに、再び全員が顔を見合わせた。


「ふ、ふふふふ二人の作戦は、わわわわわ私達には理解できない」

「そうそう。本能で動く派っていうか」

「……野生的っていうか」

「単純過ぎて逆に分かりにくい」


 それぞれが引き攣った笑顔を浮かべて見せた。


「それで私達には近づくな、と?」


 眉を寄せるカノンに全員が再び顔を見合わせ、おずおずと頷いた。


「うん。近づいたら巻き込まれそうだし……色々」


 サテライトには引き攣ったヴィオラの笑顔がくっきりと映っているが、カノンは気づいていないのか「まあ確かにユーリさんは言えてます」と大きく頷いている。


 ……いや、お前もだよ。


 そう言いたげな皆の視線を受けるカノンだが、それには全く気がついていないようで


「ユーリさんって、すぐに。あれ危ないんですよ」


 と大きく溜息をついて、やれやれと肩を竦めている。


 その場の全員が、「モンスターを振り回すってなんだよ」。と言いたげな瞳でカノンを見ているが、それ以上は突っ込まない。いや、恐らく本能で突っ込んだら駄目だと感じているのかもしれない。


 類は友を呼ぶ……。いいことかもしれないが、本来チームとは補い合うもののはずだ。似た者同士だけでは上手くいかない。だがカノン達のチームはどうやら違うようだ。彼らの戦い方に思いを馳せた全員が、だれともなくブルリと身体を震わせた。


「うん……この動画日記を、いつか二人で見直すといいと思うよ」


 画面にはヴィオラの呆れた笑顔が映っていた。

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