第8話 自分の知らない所で色々言われるのが人生

 ユーリがブルサに転送されて程なく――


 転送用の機器が白く光り、その中から四人の男女が現れた。


「今日も余裕だったな」茶髪にバンダナの男が笑えば

「アンタは殆ど何もしてないでしょ?」ボブカットの赤髪を揺らした女が、呆れた様に肩を竦めている。


「んだとコラ?」

「なによ? ホントの事でしょ?」


 睨み合いながら器用に歩く二人の間で「け、ケンカだめ――」とオロオロする男性は、その厳しい坊主頭と巨体に似合わず大人しい性格のようだ。


「フフフ。放っておけ。ケンカする程何とやらと言うやつだ」


 坊主の男性の肩を叩き、微笑むのは長い金髪の美しい女性だ。凛とした表情とスラリと伸びた背筋。


 腰のくびれを強調するようなコルセットから、ブーツの爪先まではタイトな黒がその身を引き締め、上半身のフリルシャツとリボンタイ、そしてその上に羽織るケープは、可憐な百合の如く歩く度にフワフワと揺れる。


 討伐から返ってきたはずなのに、土埃一つ付いていない女性が、その長い髪の毛を耳にかけながら


「チーム荒野の白鳥シグナス、エレナ以下四名。只今帰投した」


 凛とした声をオペレータールームに響かせた。


「皆さんお疲れさまでした。エレナさん達ならどんな依頼も大丈夫ですね」


 そんな男女に一人の女性オペレーターが笑顔で声をかける。


「いやいや。リザのアシストがあってこそだ。今日も助かったよ――」


 エレナがリザと呼んだオペレーターの肩に手を乗せ微笑みかければ「そ、そんな……」と、リザが顔を赤らめモジモジと。


「リーダーの格好良さは性別を超えるな……」

「少なくともアンタよりは格好いいもんね」

「んだとコラ」

「だからケンカは――」


 再び始まりそうになったやり取りを止めたのは――


「ぎぃぃぃえぇぇぇぇ! た、高い――」


 不意に響いたカノンの悲鳴。


「おや? まだ戦闘中のチームがいるのか? しかしあの声は確か――」


 訝しむエレナたちを前に、リザと呼ばれたオペレーターは赤らめていた顔を引っ込めた。


「いえ。エレナさん達同様他の三チームも既に戦闘を終えています。彼らは今回徒歩だったため、野営してからの帰還になりますが――」


 リザの言う通り、全チームが毎回転送装置を使用するわけではない。基本的にこのシステムは今のところ非公開なのだ。故に、特に緊急性と重要度が高い任務以外は、通常任務の形で進行するのが常だ。


 徒歩で荒野に出て、周囲に人影がなくなってからサテライトを起動して目的地へ向かう。転送するかしないかの違いだけで、サポート自体の質は変わらないが、それでも行き帰りが楽な転送の方が勿論人気はある……任務の内容は楽ではないのだが。


 ともかく今システムを使用しているチームは、全て戦闘終了しているとリザは言っている。


 その事実に眉を寄せたエレナが口を開く。


「ではカノンは――」

「それは――」


 エレナの疑問にリザは歯切れ悪く答えるしか出来ない。まさか「今まさにモグリの公開処刑中です」などと言って良いものなのかどうか判断出来ないのだろう。


「現在カノンのです。気が散らないようなるべく早めにお帰りいただければと――」

 言いよどむリザをフォローするように、茶色いロングヘアーのオペレーターが歩いてくる。ユーリが部屋に招かれた際、唯一物理モニターを見上げていたあの女性だ。


「ふむ。では我々は早々に退散すると――」

「すみません。エレナさんのみ支部長がお呼びです。なんでもが欲しいと」


 笑顔が一切崩れない茶髪オペレーターの言葉にエレナが仲間を振り返った。


「――すまない。皆いつもの店に行っておいてくれ」


 申し訳無さそうなエレナの顔に、他の三人が顔を見合わせ――


「しゃーねーな。んじゃ、また後でなリーダー」

「先に行ってるからねー」

「な、なるべく早くきてください」


 三者三様の言葉を残し、ユーリが入ってきたのとはに消えていった。


「では、エレナさんこちらへ――」


 茶髪ロングのオペレーターに促され、エレナはカノンとその後ろで腕を組む男性の元へと歩く。


――」

「エレナ君か。意見を聞きたい」


 支部長と呼ばれた男性は言うやいなや、それまで消されていた壁面上部のモニターを点灯させた。


 そこに映し出されたのは、屋上に座り込みデバイスを操作している男の姿だ。


「……彼は?」

のハンターだ」


 支部長の言葉にエレナは弾かれたようにその視線を支部長へ。


「モグリ? 間違いなく?」

「ああ。十中八九……いや確実にな――」


 眉を寄せ支部長を見るエレナに対し、支部長の方はモニターに視線を固定したままだ。

 しばらく支部長を見ていたエレナだが、視線を再びモニターへと上げた。どうやらまだ準備中のようで今もデバイスを弄っている。


「それで? 私にに何の意見を?」


 エレナの視線の先では、男が今もデバイス上に現れたホログラムを呑気にスクロールしている。


「いや、公開処刑になるかどうかはだ」

「まさか! モグリと言ったのは支部長ですよ?」


 エレナがありえないという表情と声で支部長を見るが、その横顔は嘘を言っているようには見えない。


「何か気になることでも?」


 そんな支部長の様子が気になったエレナは、再度モニターに視線を移しながら尋ねた。


「――君ならどうするかね?」

「申し訳ありません、質問が理解できないのですが」


 唐突の質問に再び支部長を見たエレナ。彼女が見たのは、「フッ」と自嘲気味に笑い片手で顔を覆う支部長の姿だ。


「すまない。どうやらガラにもなく動揺しているようだ」


 自嘲気味に笑う支部長が、眼鏡を外してレンズを拭き始めた。


 眼鏡をモニターの明かりに透かせた支部長が「君なら――」と口を開きつつ、眼鏡を掛け直してモニターの中の男に真剣な表情を向けた。



「――君ならモグリと完全に疑われるような状況で、支部に活動登録などしにくるかね?」


「……まさか。それこそ馬鹿の所業でしょう」


 何を分かりきっていることを……そういった表情でエレナも再びモニターを見上げる――

「まさか?」

「ああ。そのまさかだ」


 支部長の言っている人物が画面の中の男だと気づいたエレナ。支部長に目を向けると、その光る眼鏡と視線がかち合った。


「ただの馬鹿……というわけではないのですね?」

「だからこそ君を呼んだのだ」


 そう言って支部長は再びモニターを見上げる。

「ただの馬鹿なら、疑われていると分かった瞬間逃げるだろう。馬鹿なのだ。自分が逃げられる状況にあるかどうかの判断すら出来まい。」


 大きな溜息が支部長からもれる。



「仮に少しだけ賢いなら――」

「隙を見て逃げますね」

「ああ、そうだ。ゆえに泳がせている」

 エレナの答えに支部長が頷く。


 実はユーリのようにイスタンブールに潜り込もうとするは少なくない。

 だからこそマニュアル化されており、事務員は怪しんでいる素振りを隠さないし、わざと席を立ちを与えてある。


「それでも逃げなかったと? ではの大馬鹿者なのでは?」

「そう思いたいのだがね……」


 腕を組んで笑う支部長。


「わからない……と?」

 自分の横で頷く支部長に、エレナは驚きの表情を隠せないでいた。


 それ以上支部長が何かを言うことはなく、エレナも再びモニターに意識を戻す。

 気がつけばモニターの中の男性は大きく伸びをしており、そろそろ動き始めると言った具合だ。


「――ユーリさん、ご武運を……」


『んじゃまー行ってきまーす』


 音声をオンにしたことで男性の声が部屋にも響く――緊張感など感じられないリラックスした声音は、確かに大馬鹿者か大物かのどちらかなのだろう。


 そう考えていたエレナだが、その考えは鹿。ユーリと呼ばれた男性がビルを飛び降り、文字通りゴブリンの群れに突っ込んだのだ。


(馬鹿か? 自殺志願者なのか?)


「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁ! なんでいきなり敵陣ど真ん中に突っ込むんですか――」


 そんなエレナの思いを代弁したようなカノン悲鳴が響き渡った。


 そんな悲鳴を無視するように、モニターの中でユーリが始めたのは大暴れ。




「な……んだ、これは……」


 ポツリと呟くエレナと同様に、隣の支部長も唖然としている。


「――暴れ過ぎです! そんな事したらどんどん集まってきちゃうじゃないですか!」


 そうカノンの言うとおり。ユーリはなのだ。

 およそ普通のハンターでは考えられない戦い方に、エレナは言葉も出ない。


 いやハンターだけではない。軍に所属しているエリート能力者達でもこのような暴れっぷりは


「君なら同じことが出来るかね?」

 モニターを見たまま質問する支部長の意図が理解できているものの、エレナはすぐには答えられない。

 そのくらいユーリの戦いはエレナにとって衝撃的なのだ。



「……。出来ますが……


 エレナの答える通り、彼女であればユーリと同じように真正面からゴブリンの集落を潰すのは


 出来ないのではなく、。こんな損耗率など気にしない戦い方など


 ハンター、能力者――レベルアップ出来る人類といえど、相手は異形モンスター。その膂力で振るわれた腕は岩をも砕けば、魔法も放つ。

 如何に頑強で、屈強になろうとも、殴られれば痛いし、骨が折れることもある。当たりどころが悪ければその生命を落とす事も。


 もちろん体力だって有限だ。


 だからハンターはチームを組んで任務にあたり、それぞれ補い合う戦術を取る。

 周囲の安全を確保し、予定外の会敵をなるべく減らし、討伐は迅速かつ静かに。それこそが基本。

 場所がイスタンブールより東の荒野であれば尚の事。未だ廃墟や瓦礫が整理されぬ死角だらけのそこはモンスターのテリトリー。


 角を曲がった先

 隣の部屋

 下の階

 瓦礫の向こう

 茂みの影


 どこにモンスターがいてもおかしくない。


 安全なポイントを確保し、何度も斥候を放ち、予定外の会敵を極力避け、力は温存し、なるべく敵に見つからずに任務を遂行するのが通常である。


 安全マージンを取った戦い方が一般的。むしろそう戦うほかない。ハンターの数よりモンスターの数のほうが多いのだ。無理な立ち回りは一気に状況を悪くし全滅してしまう。


 数が多い相手に真正面から向かうなど自殺行為以外の何ものでもない。

 それがいかにゴブリンと言えど、数の暴力というのは侮れないのだ。


 だが、モニターの中のユーリという男性はどうか。


 体力の限界や自身の被弾など考慮していないような戦いぶり――実にハンターらしくない立ち回りは力を得たばかりの馬鹿のようにしか見えない。


 だが、その動きは洗練され、荒々しさの中に紛れているのは、あまりにも常人離れした戦闘センスと技術だ。


「一体どれだけ戦えばこうなるのか……」

 それだけに惜しいとエレナは思った。


 なのだ。ユーリのずば抜けた戦闘センスと技術にたいして、その力や速度というのはエレナから見るとそれほど高くはない。


 素手でゴブリンを屠るという無謀さには驚きはしたが、それでもエレナであれば、ゴブリンの首程度かんたんに


「センスや技術に対して、身体能力の低さからモグリなのは十中八九間違いないでしょうね……」

 そう結論付けるエレナに

「もしくは叙事詩エピックの適合素体を利用したナノマシンか……」


 そう答える支部長だが、「それは流石にないな」と首を振った。


 適合素体とはナノマシンのベースになったモンスターの遺伝子の事だ。


 ゴブリンやオークなど、どこでもいる一般コモン、から非凡アンコモン希少レア伝説レジェンド叙事詩エピックと段階がある。


 上に行くほどレベルアップの能力上昇率が高く、特殊能力に目やすいというメリットはあるが、レベルアップにかかるコストが増えるというデメリットがある。


 一次関数的に強くなるか、指数関数的に強くなるかといえば分かりやすいだろう。


 過去に叙事詩エピック適合者が初陣で無茶をやらかし、そのまま地面のシミと消えた事件は、この時代ではあまりにも有名な話だ。

 叙事詩エピックが適合したから強いのではなく、そこから戦闘を重ねるから強くなるのだ。


 元となる素材の手に入りにくさ、適合する人間の少なさ、過去の悲しいバカな教訓を糧に、叙事詩エピック素材とその適合者は【人文再生機関】の本部預かりからの軍上層部へのエリートコースとなっている。


 そこでエリート養成システムで着実に強くなるプログラムに入れられるのだ。二度と馬鹿な過ちが起きないように。


「そもそもモグリの技術で叙事詩エピックの遺伝子を扱えるどころか、採取出来るとさえ思えん」


 そんな技術と人材があれば、それをもって世界の勢力図をひっくり返す事が出来る。

 それを恐れているからこそ、【人文再生機関】はナノマシンの技術も人材も頑なに秘匿し続けているのだから。


「あと一つ…………いえ何でもありません」


 途中まで言ってそれを飲み込んだエレナに、支部長は一瞬怪訝な表情を見せたが再びモニターへと視線を戻した。


 エレナはもう一つの可能性、というものに辿り着いたが、流石にそれは無いなと自嘲気味に笑って首を振った。

 これもやらない。は。

 荒野では何が起こるか分からない。手を抜いて状況を長引かせるのは悪手なのだ。


 それに手を抜いているようには見えない。どちらかと言うと、「体調が悪くて思った以上に身体が動いていない」そう言われた方がしっくりくる。


 それもオペレートシステム下ではのだが……。


「戦い方から見るに、オーガあたりでしょうか。魔法も使用していませんし」

「オーガか。希少レア程度であればモグリでも再現可能だろうな」


 二人が見つめる先、ユーリがソルジャーの首を蹴り飛ばした。


「モグリなのは確定ですが、結局どうなさるおつもりですか?」

「決まっている。彼にも

「モグリですよ?」

だろう?」


 笑う支部長と、そんな彼に呆れたような顔を向けるエレナ。


 そんな二人の耳に――


「ジジイに伝えろ――帰ったら絶対ぶん殴るって」


 届いたのは不穏な発言。


「フフフ。どうやらかなりの跳ねっ返りみたいですね」

「なに。の当てはある。引き千切られるかもしれんがな」


 モニターを見上げる二人の視線の先には、既に小さくなったユーリの背中が映っていた。

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