第9話 何を言ったかより誰が言ったかが大事

 軽く昼食を済ませた後、俺と姉さんはリビングで着替えてから集合することにした。


「お待たせ―」


 俺より少し遅れてやってきた姉さんは、Tシャツにデニムパンツというシンプルな服装で現れた。


(シンプルなんだけど、着てる人が超絶美人だから映えて見えるんだよな……)

 

 いつもはガサツな服装ばかりの姉さんだけど、出かける時はちゃんとオシャレな服を着こなしていた。

 今この瞬間だけを切り取って見たら、カッコよさとかわいらしさを兼ね備えた美人の女子大生って感じだ。

 とても、家に引きこもってだらしない日常を過ごしている姿なんて想像できないだろう。

 ……普段とのギャップがすごいな。

 そんな感想を脳内に浮かべるだけで、決して直接褒めなかった俺とは裏腹に、姉さんは俺を見て「おー」と感嘆の声をあげた。


「弟くんも今日はオシャレしてきたんだー。似合ってるね!」

 

 尊敬するプロゲーマーを参考にして服屋でマネキン買いしただけの服装だけど、好感触でよかった。

 推しに服装を褒められた。

 その事実だけ考えたら、とてつもなくうれしい。

 だけど推しは姉でもある。

 きょうだいに服装を褒められて、舞い上がる奴なんてあまりいないだろう。

 そんな調子で、色々と余計なことを考えた結果。 


「……どういたしまして」


 なんだか微妙にそっけない返事になってしまった。

 ……何をやっているんだ俺。


「優しくお世話してくれる弟くんも好きだけど、ツンツンしてる弟くんもいいねー。リスナーのみんなの気持ちがわかる気がするよ」


 だが何故か姉さんは好反応を示していた。

 まあ、本人が満足そうならそれでいいか。


「とりあえず、さっさと行こうか。今日までの限定メニューってことなら、駆け込み需要でお店もそれなりに混んでそうだし」

「お、弟くんも乗り気になってきたね! 行こ行こー」


 この場を切り抜けようと思って適当なことを言ったら、姉さんは嬉しそうに笑った。




 俺と姉さんは家を出ると、最寄駅から電車に乗って都心の方に向かった。

 目的地は街中にあるカフェだ。

 駅を出て、歩行者天国が設けられる程に賑わっている中を、俺たちは歩いていく。


「なんだか今日はいつも以上に人が多い気がする……」


 人混みを歩く中、姉さんがおもむろに呟いた。

 どうやら姉さんは割とこの辺りに来るらしい。

 若者の街と言われるこの場所は、俺にとって陽キャの街というイメージでもある。

 要するに、ゲームばかりしているような高校生にはあまり縁のない場所だった。


「何かイベントをやってるみたいだね。さっき駅前にポスターが貼ってあった」

「だとしたら、カフェの方も余計に混んでるかなー……」


 姉さんは憂鬱そうに溜息をついた。




 目的地のカフェにつくと、案の定店の前に列ができていた。

 パッと見た感じ、10組以上は並んでいる。


「やっぱり混んでたな」

「うーん、だけど……今日を逃したら食べられないし、ここは気長に待とう!」


 姉さんは意を決したようにそう言うと、俺の手を掴んで列の方へ連れて行こうとする。

 ……いちいち触れてくるのは、刺激が強いからやめてほしい。


「別に引っ張らなくても並ぶって」

「あ、そっか」


 姉さんはパッと俺の手を離した。

 ともあれ、そんな調子で俺と姉さんが列の最後尾に並んだその時。


「あの二人、カップルかな?」

「なんか良い感じの雰囲気だし、多分そうじゃない?」 

「女の人はすごく美人だし、男の人もけっこうカッコよくてお似合いって感じだね」


 前の方に並んでいる俺より少し年下くらいの二人組の女の子たちが、こっちを見て何やら噂話をしていた。

 本人たちは声を抑えているつもりのようだけど、丸聞こえだし視線もあからさまだ。

 ……あれって、俺と姉さんのことを言っているんだよな。

 姉さんが美人なのは納得だけど、俺ってカッコいいのか……?

 いやそれより、俺たちってカップルに見えるのか。


「なんか変な勘違いをされてるな……って、どうしたの姉さん」

 

 話しかけながら隣を見たら、何故か姉さんはニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。


「いや、私ってあんまり恋愛経験ないし……誰かといてあんなこと言われたのは初めてだから」


 え。

 なんだこの反応。

 もっと、へらへら笑っているか、俺をからかってくることもあり得ると思って身構えていたから、意外過ぎる。


「……そうなんだ」

「その……なんか照れるね」

「そう言えば姉さんって、彼氏いないの?」


 普段余裕そうな態度のくせに、やけに初心な姉さんの反応を見ていて、俺はふとそんなことが気になった。


「い、今はいないよ? 立場的にそういう相手を作るのは良くないと思うし」

「まあ、それもそうか」


 女性VTuberが彼氏バレしたら、完全に炎上案件だ。

 ニノンは割とかわいい系で売っていて、いわゆるガチ恋勢も一定数存在するから、余計に。

 そう考えると、俺……「弟くん」の存在がファンに歓迎されているのは割と不思議だ。


「そ、そんなことより! 今はスイーツの話をしようよ! 厳選された特別な栗を使ったケーキで、抹茶の風味もするんだって!」


 姉さんは露骨に話題をそらした。

 俺には「彼女とかいないの?」なんて聞いてきたこともあるのに、自分の話はあまりしたくないらしい。


 それにしても「今はいない」か。

 そんな言い回し、モテないゲーマーの俺が口にしたら言い訳臭くて「今はいないんじゃなくて、いたことないんだろ」とツッコまれそうだけど。

 見た目は完璧な姉さんが言ったら、説得力があるような気がしてくる。


(やっぱり言葉って、何を言ったかより誰が言ったかが大事なんだな……)


 そんなことをしみじみと感じていて、俺は思う。

 あれ……?

 その理屈が正しければ、姉さんには。

 俺の推しである、ニノンには。

 いや、これ以上考えるのはやめとくか。

 なんというか、不毛だ。




◇◇◇◇◇




更新遅れるとかチラっと言っていましたが、元気が出てきたので間に合いました。

デート回は長くなりそうだったので2話に分割することにします!

最後に謎のフラグのような何かを匂わせたりしていますが、次回はもうちょっとデレると思います。

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