こうあおショートストーリィ

空鳥ひよの

蒼くて宝石のような飲物

 それは、あおさんが15歳になったばかりの頃だった。僕は蒼さんの好きな物や事を少しずつ聞き出していたのだが――

「好物がない?」

「ええ、ないの」

 この年頃の少女にしては珍しく、好きな食べ物がないという。というのも蒼さんは少食のため、あまり食べるのも好きじゃないと語っていた。

「……やっぱり食べるのが好きじゃないのかな?」

「いいえ、そういうわけじゃないの。……貴方が持ってきてくれる雑誌を見て、こんなに美味しそうなものがあるなんて、って思っているし……」

 ただお店に出かけるということがあまりできないため、蒼さんもそれを見る度にため息をついている。

「それにね、家で食べても美味しいと感じなくて。それは小さい頃がずっとそうだったから……」

 彼女の事情を察した僕はわかってしまった。両親は常に傍にいない中、ただ一人部屋で寝ている。そして、食事も一人で食べていると聞いている。それは、美味しいはずの食事もきっと美味しいとは感じないのだろう。想像すると、それはきっと寂しいものだなと思う。僕だったら、そんな状況嫌になる。

「それだったら、蒼さんは何か食べてみたいものってある?」

 好物がなければ、むしろ好物になりそうなものを。彼女が気になっている食べ物を試しに聞いてみることにした。

「そうねえ……。あっ、あれ!青いソーダの上にアイスが乗った……」

「クリームソーダかな?」

「そう、それ!それが気になるの。とっても綺麗だったから……」

 嬉しそうに語る彼女を見て、ようやく好物になりそうなものがみつけられて少しほっとしている。ただ一つ彼女が気にしていたのは、冷たい飲み物はあまり飲むなと以前言われていたことだった。

「でも最近暑いし……。そうだ、暖かい外で飲むことにしようか」

「けど、お店は……」

「僕がなんとか作ってみる」

 お店で買ったらもちろんアイスは溶けてしまう。ならば、この家のキッチンを借りて僕がその場で作ればいい。シロップと炭酸水、それとアイスにさくらんぼを用意すれば簡単にできるはずだ。

「今度来た時に、気温が暑かったらお庭で飲もうか」

「! いいの!?」

「うん。冬だったらダメって言うけど、今はもう夏になりかけてるし、それに一杯だけならいいと思う」

 医者である僕が言うのも何だなと思うけれど、しょっちゅう飲むというわけでもないしこれくらいなら良いだろうという判断だ。

 そんなこんなで、クリームソーダを飲む会を次回行うことになったのであった……。



「で、なんでオレが実験台にされてるんだ!?」

「味見は僕だけだと不安でさ」

 次来るまでにクリームソーダをきちんと作れるようにしようと思い、友人の緑都りょくとに無理矢理協力をしてもらうことになった。案の定ブーイングを喰らっているわけだが、たまにはいいじゃないかと宥めている。

「というわけで一つ作ってみたので」

「……飲んでみるゾ」

 緑都はまず青いソーダ部分を飲んだ。けれど、表情を見るとなんだか渋い顔をしている。

「シロップ、もうちょい入れたら?」

「ええっ。足りなかった!?」

「そうだなー。なんか薄いゾこの味」

 あまり甘すぎるのもよくないだろうと思い、少な目に入れてしまったがそれが裏目に出てしまった。

「難しいねこれ……」

「まー分量さえ間違えなければ大丈夫じゃね?知らんが」

 文句を言いつつも、緑都は出されたそれを全て飲んでくれた。

「にしても、そのお嬢サマは窮屈だろうなー。そんな家に閉じこもって」

「仕方ないさ、病弱だし。あまり外にも出れていないから」

 ふーん、と緑都は興味なさそうな反応を示していた。自分からふっかけておいて、興味なさそうに聞く彼なので未だに僕はその辺よくわからない。

「じゃあお前がお嬢サマの好きな物を増やしていけよ。心が開いてるってことはそういうこともできるだろ?」

 にやりとした顔で緑都はそういった。彼はたまに鋭い一言を言ってくるので、どきりとしてしまう。

「……そうだね。少しずつ彼女の好きな物を増やしていけたら」

 今まで閉ざされていた蒼さんの心。それは僕と出会って、少しずつ開き始めている。最初はそりゃ、あまりいいものではなかったけれど、それでもやっとここまで関係を築けてきた。

 クリームソーダが彼女の好物になるといいなと思い、僕はその日までにソーダとシロップの分量について調べたりと試行錯誤を繰り返した。



 彼女と約束した日。その日は暑さが真夏並みという予報が出ていて、絶好のクリームソーダ会日和となった。まず、蒼さんの家に着いてからは用意した青いシロップとソーダ、そして氷やアイスをキッチンにある冷蔵庫へすかさず入れた。クーラーボックスに入れてきたとはいえ、車内に置いていたものだから溶けていないか心配だった。

 入れ終わった後は庭へ向かい、日陰になりそうなところへテーブルとイスを並べた。準備を整えていると、屋敷のお手伝いさんが突然やってきて、これをと手渡された。それは机に敷く白いテーブルクロスだった。お礼を言って、僕はそれを受け取り、テーブルにそれを敷いた。少しだけカフェのような雰囲気になったので、蒼さんが少しでも心地よく過ごせたらいいなと思った。

 準備を終えて、僕はキッチンへ向かい早速クリームソーダづくりを始める。グラスはこの屋敷にあるものを拝借し、その中に氷をうまくいい感じに入れていく。そしてブルーハワイのシロップを注ぎ、次に炭酸水を加えて混ぜる。炭酸が抜けないようにそっとマドラーを回す。ソーダ部分はこれで完成し、あとはメインともいえるアイスとさくらんぼを乗せて、完成。

「できた……!」

 完成したものを運ぼうとしたら、お手伝いさんがこれをとアイスコーヒーを僕にと渡してくれた。なんだか申し訳ない気持ちと共に、感謝の言葉を述べてそれをありがたくもらった。

「ごめんね、待たせたよね」

「大丈夫よ。さっきお手伝いさんが呼んできてくれたから」

 キッチンにいたお手伝いさんとは別の方に、蒼さんをここへ来て欲しいとどうやら声をかけていたようだった。なんというか、ここのお手伝いさんは空気を読むのがうまいような気がする。

「それがクリームソーダね!」

「うん。色は青色にしたよ」

 『蒼』という名を持つ彼女には、青色がぴったりだろうと思い、青いクリームソーダにした。いつもの緑色のクリームソーダもそのうち彼女に飲ませてみたいものだ。

 輝いた目でそれを見て、蒼さんは嬉しそうに笑っていた。見た目は良いが問題は味。果たして気に入ってくれるだろうか。

「それじゃあ早速いただくわね」

 まずはソーダを飲む。以前緑都に振舞った時は薄いと言われたが、果たして。

「おいしい……!爽やかで、甘くて……!」

「よ、良かった……」

 続いて彼女はアイス部分を食べる。長いスプーンで少しずつつつきながら、そのアイスの甘さを楽しんでいた。

「はわあ……おいしい……。綺麗なのに、美味しいなんていいとこ取りね」

「それはよかった」

 穏やかな昼に木々の間から漏れてくる光が、彼女をさらに輝かせている。それが美しく、思わず見惚れてしまった。元々彼女の顔は整っており、流石有名女優から生まれたものだなと感じてはいたが、その瞬間があまりも美しく見えた。

紅也こうやさん、どうしたの?今日は暑いからぼーっとしているのかしら?」

「えっ!?あっ、えっと、そうだね!?今日は暑いからね!蒼さんも今日は体調に気を付けといてね!」

 僕はどうやらぼーっとした目で蒼さんの事を見ていたらしい。これも全て暑さのせいにしておこう。もらったアイスコーヒーを飲みながら、僕は蒼さんと色んな話をした。最近読んだ本、見た番組、そして美味しかったもの。笑い合いながら、僕らはこのひとときを過ごした。

「たまにこうして外でお茶を飲むのもいいかもしれないわ」

「そうだね。その時は僕がテーブル類を用意するよ」

 流石に夏の強い日差しを長時間浴びせるわけにはいかないけれど、気温が穏やかな日であればという条件で今後も庭でお茶を飲もうという約束をした。彼女にとってのささやかな楽しみを少しでも増やしていけたら。僕は彼女にとっての楽しみを少しずつ増やしていけるような存在になりたいと、その時そう思った。



――現在。


「で、ここのクリームソーダを飲みたいのだけれど」

「わかった。今度の休日にでも行こうか」

 秋になったとはいえ、夏の名残といえよう高い気温がまだ続く日々。そんな中、僕の家に蒼さんが住み始めていた。まだ荷物や家具のあれこれが終わっていないので、片付けもまだ続くといえば続くのだけれども。

「でもたまに紅也さんが作ったクリームソーダも飲みたくなるんだけどもね」

「あれはもう幻の味として扱ってくれない?」

 冗談よ、と蒼さんは笑いながら言う。

「貴方が作ってくれたクリームソーダはね、私にとって大切な思い出よ。宝石のようにきらきら輝いていて……いえ、宝石以上かも」

「そんな大げさな」

 たかがクリームソーダ一つにその表現はオーバーでは?と思った。けれど、あの時の彼女に置かれた状況を考えたら、それはそう見えたのかもしれない。

「とにかく、まだ残暑は厳しい日々よ。今のうちに飲める時は飲まないと!」

「それ、ビール飲むおじさんが言うものでは……」


――今や、クリームソーダは彼女にとって一番の好物となったのだった。


END

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