第06話 叔父のメッセージは、今でも僕の心に残っている

「僕がこの街に来たのは、いじめから逃げるためでした。僕は産まれも育ちも山形で、小学校の頃よくサッカーをしていました――」


 ◇


 ――小学校の頃からサッカー少年だった僕は、中学に入ってから当然の如くサッカー部に入った。


 遊びと部活とは全く違って練習はすごく厳しく、上級生の風当たりも強くて、一年生は雑用ばかりさせられた。


 新人戦が終わった後のこと、僕は先輩に「お前の態度が気に食わない」と言われてタコ殴りにされた。

 幸い骨折などはなかったが、僕の中で何かが崩れていく気がした。


 僕は顧問の先生に先輩に殴られたことを話した。

 しかし、顧問の先生は何にもしてくれなかったどころか、僕に対する態度が露骨に変わった。

 先生までも嫌がらせをされ、授業を真面目に聞いていても絡まれることはザラにあった。


 我慢の限界に達した僕は親にすべて話すと、父さんからすぐにサッカー部を辞めろと怒鳴り散らした。

 両親は学校側に対していじめがあったことを報告したが、サッカー部が有名なことを盾にとって事を荒立たせたくない校長の保身が原因で、顧問どころか生徒達への処分は見送られた。


 僕は学校に通い続けたものの、先生が僕を守ってくれなかった無力感から、自ら存在感を消して学校生活を送った。


 担任の先生から生活態度に関して母さんに電話が入り、危機感を抱いた父さんは市役所を辞めて、仙台に移住する決意を固めた。

 市内に住んでいる叔父さん一家と相談した結果、叔父一家が実家を相続し、高齢となった祖父母の面倒も叔父さん一家が担うことになった。


 中古住宅を買ったばかりの叔父さんは最初難色を示していたけど、僕と家族の事情を汲み取って仙台への移住を後押ししてくれた。


 もし父さんが移住を決断していなければ、僕は死んでいたかもしれない。

 もしくは不登校になって、今頃は惨めな生活を送っていただろう。

 家族のために移住の決断を下した父さんには、頭が上がらない。

 そして引っ越しの日に「泰久、強くなれよ」とメッセージカードを添えて、僕にとあるCDをプレゼントして送り出してくれた叔父さんには感謝するしかない――。


 ◇


 僕はすべて話すと、安心感から大きなため息が出た。

 この話をしたのは、担任の堀江先生に部活のことについて訊かれた時以来だ。


 飯田さん達を見ると、話の途中で母さんが置いていったお茶には一切手を付けず、じっと僕の話を聞いてくれていたようだ。


「ヤス君、辛かったんだね」

「ええ。今僕が生きていられるのは、父さんのお陰ですから」

「先生までも嫌がらせするなんて、酷いな」


 先に口を開いた我妻さんは僕を気遣ってくれた一方で、飯田さんは僕の話を聞いて怒りを隠せずにいた。

 握り拳が震えていて、今にでもテーブルを叩いて立ち上がりそうな勢いだ。


「マナ、落ち着いてよ」

「だって許せないじゃないか。いじめた側は罪に問われず、いじめられた側の富樫君が転校するなんて……!」


 普段教室では冷静に振舞っている飯田さんが、珍しく感情的になっていた。

 他人ぼくの事なのに自分飯田さんの事の様に悔しさを滲ませ、目がつり上がっている表情を見ると、目も当てられない。

 このまま怒鳴られでもしたらどうなるか、たまったものではない。


 僕は慌てて「飯田さん、落ち着いてください。もう昔の事で、今は何とも思っていませんから」とフォローすると、「ああ、すまない。ちょっと感情的になったね」 と話して落ち着きを取り戻した。

 やっぱり、飯田さんはクールな顔が良く似合うな、うん。


 飯田さんの気持ちは良く分かる。

 仙台に来たばかりの時は、何の罪もない僕が転校しなければならないのはおかしい、と何度も思った。

 父さんが「お前はこのままだと自殺していたか、もしくは学校に殺されていたぞ」と真剣な顔で説教されたときは、本当に怖くて何も言えなくなった。


 それから僕は、勉強や運動に力を入れるようになった。

 新しい環境に馴染むために、そして再びいじめられないために必死だった当時の僕は、学校での成績が上位になったことで周りからの評価が上がった。


 そのおかげで僕は心美と知り合えたんだけど……。

 いかん。また涙が出そうだ。


「ちょっと、ヤス君大丈夫? また泣いていない?」

「ほら、ティッシュがあるから使っていいよ」


 飯田さんが立ち上がって、僕の机から箱ティッシュを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 差し出された箱ティッシュを受け取り、鼻をかみながら礼を言った。

 飯田さんは「どういたしまして」と言うと、我妻さんの向かいに座り直した。


「富樫君、泣いているところで申し訳ないんだけど、仙台こっちに来てからのことも気になるんだ。何か私達に言いたいことがあるんじゃないのか?」


 物憂げな感じの飯田さんの目つきが鋭く光っている。

 このままだと、心美を寝取られたことを隠し通すことは出来ない。

 ふと外を見ると、もうすでに日は落ち、辺りは少しずつ暗くなっている。

 ……この際だから、昨日の出来事を話そう。

――――――――――――――――

【あとがき】

 次回、ついに涙に濡れる主人公が……!


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