第02話 パンドラの箱

 彼女を寝取られたとしても、時間ばかりは過ぎていく。


 後期始業式の後の授業は二日とも全く身が入らず、一日中ぼんやりとしていた感じで過ごしていた。

 誰も僕のことを本気で心配してくれるはずがない。

 どうせ僕は一人ぼっちだ。

 友達なんて、この学校には居やしない。

 こうして僕はひねくれものになって、各種行事でも「リア充爆発しろ」と言わんばかりの態度を取るんだろう。

 僕に出来ることは、大学に入って普通に就職して、普通の女性と結婚することだ。

 恋愛なんて、友情なんて、邪魔なものでしかない。

 だけど――。


 水曜日の放課後になると青春に対する未練があったからなのか、僕は校舎内を一人どことなくさまよい歩いた。

 ふと目の前に、体育の授業でしかお目にかかれない体育館の前に辿りついた。

 体育館からは女子生徒の掛け声が聞こえてくる。

 このまま家に帰るのも退屈だし、見学だけでもしよう。


 ◇


「ほら、シューティングガード! 脇が甘い!」

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト!」


 体育館は部員たちの掛け声などで熱気に溢れていた。

 秋の大会が一通り終わった後も、うちの学校は運動部が活発に動いている。

 彼女に裏切られ、何にもない僕には青春を堪能している生徒たちが眩しく見える。

 どうせ僕なんて、何にもないんだ。

 僕なんて……。


「はい、ここで一旦休憩しよう? 休憩が終わったら、次はスタンツの練習だよ~」


 体育館で汗を流している生徒達を羨みながら見学していると、ふとチア部の顧問をしている女性が声を上げた。

 彼女の一声でチア部の部員達が一斉に休憩に入り、所々に置いてあるマイボトルに手を出そうとしている。

 その中に、僕に声をかけようとする女の子が居た。


「あれ? ヤス君?」

「……ん?」


 誰だ? 僕のことを名前で呼ぶのは?

 視線の先には、茶髪で先端にウェーブがかかった長いロングストレートをツインテールにしていて、ちょっと目つきがキツい女の子が居た。

 あれは確か……。


「我妻……、さん?」

「あ、やっぱりヤス君だ! ヤッホー!」


 一人のギャルが僕に向かって手を振って駆け寄ってきた。

 胸とお尻が出ていて、ウエストはきっちりと引き締まっている。

 そして、身長は160センチメートルを優に超えている――。

 間違いない。同じクラスの我妻わがつま朋恵ともえだ。


「こんにちは。練習は休みですか?」

「そうだけど……、アタシ達は同じクラスなんだからさぁ、敬語を使わなくてもいいよ」

「いや、そういう訳にもいかないですよ……」

「ん~、どうしてなの?」

「いや、ちょっと……」

「あ~ぁ、ヤス君って冷たいんだね」

「ごめん……」


 我妻さんは僕みたいな陰キャ――というよりは、小学校時代は陽キャだったけど、いじめられた件で陰キャに転落した――にも優しく、面倒見がいい。

 僕はというと、中学校の時の一件があってからは陰キャ一直線で、髪の毛はボサボサ、普通体形で、何処も個性のひとかけらもない。

 僕にとって彼女は眩しすぎる存在だ。

 昨日までは心美に気に入られるように髪を整えていたが、彼女を寝取られてしまったショックで、今日は洗いざらしのボサボサ頭のままだ。

 

「ねぇ、ヤス君は一体どうしてここに居るの? ヤス君って映画愛好会なんじゃないの?」

「それは言わないでください……、中学校の時に……」


『可哀そうな奴だな、中学校の頃にいじめられてずうっと自分の殻に引きこもって、彼女に慰められながら生きてきましたって感じがするぜ』


 ……なんでこんな時に、奴の言葉を思い出すんだ……?

 まずい、パンドラの箱が開いてしまった……。


『お前は使えない奴だな!』

『そんなんだから、レギュラーになれないんだぜ!』

『うちの学校の名誉を汚すことになりかねませんので、申し訳ありませんが……』


 忘れたくても忘れられない、サッカー部でのいじめの記憶。

 先生に助けを求めても、保身から見て見ぬふりをされた記憶。

 僕は青春の汗を流す連中と付き合ったら、ロクなことにならない。

 それだから僕の彼女は……。


「うぅ……」


 体が震える。

 息が出来ない。

 眩暈がする。

 心臓がバクバクする……。


「う、うぅ……」

「ヤス君、大丈夫? しっかりして!」


 目の前が、見えない。意識が……薄れ……。


「おい、どうした!?」

「人が倒れているぞ!」

「早く! 保健委員を呼んで!」

「ヤス君! ヤス君!」


 人が集まっている……。

 僕は……、このまま……、死ぬ……の……か…………?

――――――――――――――――

【あとがき】

 主人公は目を覚ますのか……?


 初回は2話連続で更新致します。


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