第181話 出発の日の朝

出発の日の朝、ルースが仲間と一緒に来てくれていた。

瑛太は来ていないと聞いてちょっとがっかりしていたけど。

今は孤児院出身の4人で狩猟ギルドの稼ぎで生活しながら、少し教会に寄付ができるようになったという。

それは良かったと安心していると、ちょっとモジモジとしてルースが続けた。


「あの屋台のパン屋みたいなのもやってみたくてさ。シスターに相談したら、ツェット商会の人に頼んでくれたらしくて、今度店の手伝いとかさせてもらえることになったんだ。」

「そうか。良かったな。」

「ああ、いつかあの屋台よりでかい屋台で店をやってやるぜ!」

「でかい屋台って、もはや普通の店じゃないか?」

「そうかもだけど!」


とにかくやるんだ!とキラキラした目で語るルース。負けてられないなぁと思う。

いつか再会をと約束して見送ってくれた。


ガラガラと音を立てて馬車がゆっくりと動き出した。その時遠くから呼び止めるような声が聞こえてた。

窓から覗いてみると人影が二つ。馬車に向かって走ってくる。

見覚えがある二人。三輪と石倉だ。


馬車の窓からちらりと外を見た椎名が少し眉をひそめた。


「江角さん!柄舟さん!本当に行っちゃうんですか?」


石倉が半泣きで叫んでいる。三輪は石倉の斜め後ろくらいに並んで、残念そうな顔をしている。

実は江角さんと柄舟さんも開拓村に行く事になったんだ。一昨日ロッシュさんに相談に来ていた。


「日本の皆を見捨てるんですか?江角さん達だけは、皆を救出してくれると思ってたのに!」


馬車を見上げてハンカチで涙を拭いながら石倉が言う。


「江角さん、柄舟さん、残ってくださいよ。やっぱ先輩がいないと不安ですよ。」

三輪が石倉の肩を右腕で支えながら言った。


江角さんが馬車の窓から顔を出して二人に向かって言った。


「俺達、特別何かできるってわけじゃないからな。やれる事は結構やったと思うし、これからは自分達で頑張って行く時期だと思うよ。

君達が他の日本人達を助けたいと思うなら、君達で頑張ってみてくれよ。」

「そんな!私じゃ、何もできないのに!江角さん達の力が必要ですよ!」


グズグズと泣き出す石倉。

ちらりと椎名を見ると、凄く面倒くさそうな顔をしていた。

柄舟さんが、にこやかに言った。


「俺達の力も君達の力もそう変わらないさ。やるっていう意思の強さが必要なんだと思う。そして今は君達の方が他の人達を救出したいという気持ちが強いだろう?」

「‥‥‥。」


石倉はしゃくりあげていた。三輪は神妙な顔つきで柄舟さんを見つめた。


「どうして‥‥江角さんと柄舟さんは最後まで救出活動してくれると思ってたのに。」


江角さんが目を細め、静かな口調でゆっくりと言った。


「俺ら、英雄とかじゃないからね。人生を救出に注ぐとかできないんだよ。」

「だけど!だけど今までは助けてくれたじゃないですか!見捨てるなんて、酷い!!」


石倉が泣き叫ぶように言うとそれまで黙っていた椎名が腰を上げた。馬車のドアを開けて怒鳴った。


「いいかげんにしろ!他人の人生を縛るな!」

「‥‥椎名君‥‥。」

「俺達はな、日本で生きる自由や将来を奪われたんだよ。それはわかるよな? それでも懸命に生きようとしてんだよ。

それなのにまた自由を奪おうとするんじゃねぇ!『最後まで救出活動』だあ?やりたきゃ勝手にやれよ!

生き方を他人に強要するなら、俺達を攫った連中と変わらねえよ!」


「そんな!酷い!」

「酷いのはどっちだよ!自分が言っている意味分かってないのかよ。ほとんどが知らない多数の為に江角さんと柄舟さんの将来を捧げろって言ってたじゃねぇか!」

「‥‥。」


石倉が呆然とした顔をして黙った。少しは、言葉が通じたんだろうか。


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