第179話 異世界定番レシピの攻防顛末
「それだけなら、『残念、先に登録されてました。』で終わるじゃん?」
「うん?まだ何かあるの?」
「重盛は南部さんとルームシェアしてたから、重盛が製法登録の準備をしてたこと、南部さんは知ってたわけだよ。
で、重盛のレシピを見て、密かに先に登録に行ったんじゃないかって南部さんを疑って、一時期ぎくしゃくしたらしい。」
「おお‥‥。街で会った時は別に仲悪そうじゃなかったけど。」
「重盛が謝って和解したらしいよ。‥‥でも、俺聞いちゃったんだよね。南部さん、実は本当に重盛の製法をパクって先に登録しようとしてたって。」
「マジ?」
「マジ。申請書類の書き方を江角さんに聞きに来たんだってさ。急いで登録したいからって。その時はサンプル品が必要ってことで出直しになったって。
重盛に疑われた後に、南部さん謝られてよくすぐに許したなとおもったけど、実は後ろめたかったんじゃないの?」
「ちょっとドロドロしてるな‥‥。」
「だよね。」
椎名としては重盛は同級生だけど、以前から仲は特に良くないし、南部さんも油断ならない印象があって近付かないようにしているそうだ。
「‥‥日本人同士だからって、皆仲間って感じにはならないよな。瑛太のとこなんて同級生40人もいれば、色々思う所が有っても当然だって思うようになったよ。」
瑛太と藍ちゃんは、最初から召還者を救出することに消極的だった。もちろん彼が提供してくれた動画や手紙が救出の決め手にはなっているけど。
俺も最初石倉に引っ張られて救出ムードになってたときは、消極的な彼らを見て「仲間を助けたいと思わないのか?」ってちらっと思った事はある。
でも自分の身を危険に晒して、気の合わない奴を助けたいかっていうと、どうかとは思うよな。
椎名との別れ際、土産を渡すのを忘れてたので、江角さん達に上げたのと同じ、クッキーとジャムとマスタードのセットを渡した。
椎名は喜んでくれたけど、「マスタード登録もお前達か」って呟かれた。
俺達が二人で話をしている間、柊さんはシグマさんと狩猟ギルドでの活動の話をしていたらしい。狩猟用のナイフも研いでもらったと喜んでいた。
椎名はツエット領に行かないという結論になっても、三日後の出発の時には顔を出すと宣言してくれた。
一緒にくればいいのになとは思う一方で、どういう生活が向いているかなんて人それぞれなんで、無理強いはできないとも思う。
まあ俺としては「農業」がいいかというより、「二度と食べられないと思っていたような物が食べられる生活」がいいか、「自由な狩猟暮らし」がいいかって選択なんだけど。
詳しく言えないしなぁ。
出発まで2日くらいあるから、ゆっくり出来るかと思ってたけど、商会の商品の配達を手伝ったりしていたらあっという間に過ぎる。
何とか時間を作って、瑛太に頼まれていた用事を済ます。
瑛太に頼まれたというか、俺も気になっていることだった。
孤児院でルースの近況を聞いてくるのだ。
商会でパンを頼んでそれを持って孤児院に向かう。その時もシグマさんが同行してくれてパンの他に土産のジャムを持ってくれている。
年齢的にルースはもう孤児院を出ているんじゃないかと思う。それなら狩猟ギルドで伝言を頼むのでもよかったかもとも思うけど、少し縁があったし食べ物の寄付もよいかと
思って行ってみることにした。
「まあまあ、遠い所から、ようこそ。貴方の事は覚えていますよ。元気にしてましたか?」
シスターは、まるで孤児院の出身者が帰って来たみたいな感じで迎え入れてくれた。
どうやら、当時見た目からして中学生だった俺達は、「親元を離れて頑張ってる子供達」というように見えていたらしい。
当時、と言っても一年経ってないけどね。
パンも喜んでもらえた。特にジャムはそれまでにこやかだったシスターの目を一瞬真剣にさせた。
「これは‥‥先にパンに塗ってしまいましょう。そうでないと独り占めする子がでそうです。」
スプーンにほんの少し味見をしたシスターが、パンの山と見比べながら、配布方法を考えているようすだった。ジャムの瓶は1ダース程持って来たんだけど
確かに自由に自分でパンに塗るようにさせたら、一瓶丸ごと使うことがないとは言えない気がする。
それはそれでシスターから大目玉をくらいそうだけどね。
砂糖がほとんど出回っていないから、甘いものはドライフルーツくらいで、それだってそんなに大量に出回っている訳じゃない。
甘いものを夢中で食べる子も出てきそうだ。
ジャムへの思った以上の反応にちょっとビビったけど、忘れないうちにルースのことは聞いておくことにした。
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