第10話 夢に見るのは
その日は家に帰ると…、父がそわそわしていた。私にアレやコレや聞きたいんだろうに、それを我慢して、お仏壇の前に正座して母の写真とにらめっこをしていた。私の方を見たり、また仏壇に見入ったり、立ち上がろうと膝を立てたかと思うと、また星座し直したり。私よりも弟の方が「あれは浮き上がりこぶしじゃなかったらなんて余分だ」と言って、興味深そうに眺めていた。当の私はというと、なにをどう説明したらいいのか、説明する気にもならず、そのまま父を放置しておいた。
海の家を出た後、車中での紫さんはやけに物静かだった。考え事でもしていたのか、ずっと外の景色を眺めているようだった。家まで送ってくださったのだけれど、私がご挨拶をしてもどことなく上の空で「じゃあね」とだけだった。
ああ、これか。私はこのとき、「また来週に」とか、誘っていただけるのを期待していたんだ。そんな気がする。だって、一週間も過ぎたのになんの連絡もないのだもの。十日経っても、二週間が過ぎても、紫さんからも、もちろん貴一さんからもなんの連絡もなかった。メッセージも、電話も…。父さんもあきらめがついたようで、最近は以前と同じく落ち着いた様子で過ごしていた。私のことをチラチラみることもなくなった。私自身も、さすがに二〇日も過ぎるとあきらめがついた。というか、なにを期待していたんだろうかと愚かしくさえ思われる。だってあの藤堂グループの御曹司が私なんかとどうのなんて、あろうはずがない。一度お目にかかれた幸運をありがたく思わなくっちゃね。だって、きっと、あの社長さんにしたって、炉端の石ころも拾って見てみるくらいの価値はあるって程度のことだったんでしょう。手に取って拾って見て、多少興味は覚えたけれど、ダイヤモンドじゃなかったら持っておこうとは思わないんでしょうね。石ころは石ころだもの。どう転んだってダイヤモンドにはなれないわ。
貴一さん、もう一度会うことができれば、もう少しお話をお聞きしたいというか…、あの優雅な指の動きをもう一度眺めたかった…かな。私が最近ショパンの夜想曲ばかりを弾いてしまうのは、こんなことばかり考えてしまうからだろう。貴一さんの演奏を少しでもお聞きしたかった。この気持ちは否定できないものであることは確かだった。
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