第5話 ふたりのお茶会

そして、次の土曜日、私は藤堂家へ赴いた。同伴しない父の方が緊張していたのではないかと思う。

ゆかりさんにお茶にお呼ばれしたのだから着物が必須かとも思ったのだけれど、ここのところ初夏の陽射しが気持ちはいいけど蒸し暑さも感じられるし、思い切ってラベンダーの薄手のワンピースで行くことにした。

「着物じゃなくていいのか?」、「やっぱり着物にしないか?」、「まだ着替える時間はあるだろう」なんて、五回くらいはお父さんに聞かれたけれど、まぁ、もう、私としてはこのお気に入りのワンピースで行くことに決めてしまった。

時間通り、お昼すぎには運転手さんが迎えに来てくれた。先日と同じ滑らかな運転。今日は後部座席に私一人だけだけれど、無駄話をすることもなく小一時間の快適なドライブで藤堂家に着いた。


海岸沿いの通りを抜けた閑静な住宅街。なだらかな坂道の上の方にある、ひときわ背の高い壁に囲まれた大きな家。立派な門の前で運転手さんがドアを開けてくれると、お勝手口と思われる小さな扉から品の良さそうな小柄なお手伝いさんが出てきた。

「お待ちしておりました、綾子さん。」

お手伝いさんは手入れの行き届いた中庭を抜けて茶室へと私を案内してくれた。


開け放たれた障子の向こうですでにお茶の用意をしている紫さんは、私を見るや少し、ほんの少し、一瞬だけ意外そうな顔をした。そして笑顔で私を茶室に迎え入れた。

「いいわよ、関口。」

そういうと、お手伝いさんは深々とお辞儀をして音を立てずに障子を閉めて、行ってしまった。


紫さんと二人だけ?

私はなにを勘違いしていたのだろう。なんにんも人がいるとは想像しなかったけれど、お茶会が二人だけとも思っていなかった。だから紫さんがお茶をたて始めてくれたらなんだか緊張してしまった。持参したプレゼントさえまだ渡せずにいた。


そんなことを考えているうちにお茶の用意ができたため、いただかなくてはならなかった。

こういうとき、自信なさそうな素振りを見せると返ってお相手に失礼だから思い切った方がいい。多少お作法を間違えてしまっても、思いっきりの方がいいのよね。えーと、お茶碗を右手で取って、左の手のひらに乗せて、右手を添える。それからお茶碗を両手で抱えて押し頂くようにして、感謝の一礼をする。それからお茶碗を時計回りに二回廻して、正面は避けて、お抹茶をいただく。決して「ズッ」とは鳴らさず、「スッ」と音を立てて吸い切りをする。そしてお茶碗の飲み口を左から右に一回右手の指で清めて、さらにこの指を懐紙で清める。それからお茶碗を反時計回りに二回廻し戻しをして、畳の縁外へ置くと。


「上出来ね!」


心の声が聞こえてしまったのかとハッと紫さんを見上げてしまった。紫さんに私の気持ちが通じたのか、ふたりとも顔を見合って、そのあと…爆笑してしまった!二人して!!

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