14.『著作権放棄作品』




「ひとつの素晴らしいアイデアを元に、たくさんの人間が知恵を出し合えば、より素晴らしい作品が、「本」ができあがるだろう――そう思いながら起こした企画だったのに、結果としては、自分で文字を書くことがめんどうくさい人やら、書ききるだけの忍耐がない人、ちょっと思いついたことがあるんだけど、これで上手くいったら大もうけ、といったふうにしか考えていない人の応募ばかり……」


「じゃあ、これって、コジマさんが考えた企画だったんだ」

「そうです。君は、何年生ですか?」

「小五だよ」

「そうですか。じゃあ、企画案が立ち上がったのは、君が生まれる前ということになりますね。しかし、さきほど言ったような感じで、思うように企画作品は集まらず……」

「苦労したんだね」

「それはもう……ですが、ようやく運命の日が訪れました」

「運命の日?」

「そうです。――あれは、プロジェクトが開始して、丸二年ほど過ぎたころ、計画に関わっていた全員が諦めはじめていて、もういい加減、プロジェクトそのものを打ち切りにしようかという声が、ちらほら出始めていた矢先でした」


 コジマさんの目が、初めて会った日のように、強い光で、ギラリと輝いた気がした。


「――水無月みなづきリンから、我々のところにアイデアが持ち込まれたのは」

「水無月……リン?」

「君が読んだ、コミックス『Myth』の原作者ですよ」

 コジマさんは、さっきの赤い本を元の位置に戻してから、また一冊、別の本を抜き取った。今度は白い本。さっきと同じように、またパラパラとページをめくる。

「水無月から持ち込まれたアイデアは、二つありました。まず一つ目が、『著作権放棄作品』をつくること」


「なに、それ」


「英月堂の中で、完全著作権放棄をする作品を作るのです」

「つまり――それってどういうこと?」

「ふつう、出版物には作者の著作権というものがあって、他人の作品の文章を、許可なく勝手に自分の本の中に書き込むと罰されます。もしどうしても必要な場合は、作品の末に『参考文献』という形で、引用した事実を書き入れなくてはなりません」

「ややこしくてよくわかんないけど……つまり、他人の文章をパクっちゃだめってことでしょ?」

「そうです。水無月が提唱したのは、つまり、その著作権を著者が完全に放棄してしまい、パクリ自由、パロディ自由な作品を作ってしまおうというものでした。そして、そのパロディ作品を出版することもできる。――ただし、パクリ作品の出版は、絶対に元々の『著作権放棄作品』を出版した社でしかできない――という厳密な規定を設けた上で、ですが」

「それって、今当たり前にどこでもやってるじゃん」



「そう。ですね。水無月が、当たり前のことにしたのです。いわゆるキャラクター・プール制だとかも、この『著作権放棄作品』の考え方を元にしたものです。水無月がこのアイデアを出さなければ、今の状態はありえなかったんですよ」



「へええ……水無月って、スゴイ人だったんだ」


 コジマさんは、満足そうに口髭をいじった。


「現在では、どんな作家でも大抵一作は『著作権放棄作品』にしていますね。初期の作品ほど、著作権放棄する傾向が高い。デビューしたての作家は、特に話題性のためにも、よく著作権放棄をします。ちゃんと出版社を通しているから、人権問題に関わるような問題表記が出て物議をかもすこともない。本当に、よく考えたものです、水無月は」


 パタン、とコジマさんは本を閉じた。


「そして、二つ目ですが――これこそ、今日あなたに来ていただいた理由です」


 その時、またコジマさんの目がギラリと光った。


「八年前、我々の元にアイデアを提供した水無月は、開口一番に、まずこういいました。――『私は、難しい病気にかかっていて、余命一年もありません』と」

「え」



「そう。水無月は、すでにこの世にいないのです」



 ソウの心臓が、どきん、と大きく跳ね上がった。

 驚いた。まさか、死んでいるとは思いもしなかった。


 ソウが、水無月原作の『Myth』のコミックスを読んだのは、つい先日のことだから、あたりまえに、あの画面の向こう側に、生きた作者の呼吸を感じていた。だけれど、それはソウの思い込みに過ぎなかったのだ。


 今更だけれども、あの世への隙間を垣間見たような気がして、首筋を冷たいものがつたう。


「水無月は、続けてこう言いました。自分は今二十二歳だ。だから、若くして死んだ作家の遺作ということで、まず一つ目の物語を出版してくれ。つまり、そうすれば自分の「死」を、話題性として使える、と」


 ソウはまだ十歳だから、二十二歳というはるか未来の年齢が、若いのかどうかはわからなかった。大人からすれば、それは若いうちに入るのかも知れない。けれど……、


「――信じられない神経してるね、その水無月って人」


 それだけは、はっきりといえる。

 コジマさんも苦笑した。


「でしょう。最初話を聞いた時は、私も耳を疑いましたから」



 コジマさんの話を要約すると、つまりは次のようになる。





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