4 レオナルド・グレンジャーの事情 ④

 あれほど、一目会ってみたいと切望していたレティシア相手になんて酷いことを言ってしまっているのだろう……。


だが一度冷たい態度を取ってしまった以上、簡単に覆すわけにはいかなかった。何より彼女は、あのカルディナ伯爵の娘なのだから。


「そうですよね……妙なお願いをして申し訳ございません」


レティシアは悲しげに目を伏せると、背を向けた。その姿に胸がズキリと痛む。

駄目だ……! やはりこのまま彼女を帰すわけにはいかない!


「待てよ」


立ち去ろうとするレティシアに声をかけた。


「何でしょうか?」


「折角ここまで来たんだ。せめて馬車代くらいは払ってやろう」


本当はもっと優しい言葉をかけてやりたいのに、突然手のひらを返すような真似は出来なかった。

すると意外な言葉がレティシアから返ってくる。何と自転車でここまで来たというのだ。ひょっとすると清楚に見えるが、意外と活発なのだろうか?


だが、少しは友好的な態度を取れるチャンスかもしれない。それにどんな自転車で来たのか興味もあった。


「何? 自転車で来たのか? 女性でありながら?」


「はい、そうですが……よろしければご覧になりますか?」


良かった……。これをきっかけに少しは友好的な態度を取ることが出来る。


「そうだな、見せてくれ」


案内された先には赤い自転車が止めてあった。この島では自転車を乗る者はまだまだいない。まして女性の身で乗るのは、恐らく誰もいないだろう。


レティシアの様な可憐な少女が自転車に乗って島を走る……さぞかし目立ったに違いない。

事情を尋ねると、この島で暮らしていくために自転車に乗れるように訓練したというのだから驚きだ。


一体誰に自転車の乗り方を教えてもらったのだろう……興味があったが、踏み込んだ話など出来るはずもなかった。


「それでは、お暇させて頂きます」


今にも帰りそうなレティシア。だが、このまま帰すわけにはいかない。彼女が来たことは祖父母に相談しなけば。

そこでレティシアを引き止め、今はどこに居るのかを聞き出した。

すると『サンセット』通りの一番街のホテルに滞在していると教えてくれた。


なるほど、港からほど近い場所にホテルを借りたのか。それで、ここまで自転車にのって訪ねてきたということか……。


挨拶を終えたレティシアは自転車に乗って漕ぎ出すと、一度だけこちらを振り見いて走り去っていった。


「レティシア……」


見送りながら、彼女の名前をポツリと口にする。


初めて見たレティシアは俺が子供の頃から想像していた以上に美しかった。

しかもただ美しいだけじゃない。清楚で可憐な女性だった。


確か年齢は18歳、高等学校を卒業した頃ではないだろうか?

進学はどうするつもりだったのだろう? 婚約者はいるのだろうか……?


気づけば、レティシアのことばかり考えていた。


「祖父母に会いに来たといっていたな……」


だとしたら、何故今まで一度も会いに来たことが無かったのだろう? それに手紙の返信をしなかったのは?


レティシアが冷たい人間には見えなかった……いや、見たくなかった。

ひょっとすると、 何かこれには裏があるかもしれない。


やるべき仕事はたまっていたが、レティシアの件を優先したほうが良さそうだ。


「少し、調べてみるか」


口にすると、自室へ足を向けた――

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