18 フィオナ 1
思えば、私は生まれたときから不遇な境遇に置かれていた。
学校では同級生たちから無視や嫌がらせといった様々な嫌がらせを受けた。近所では白い目で見られて肩身の狭い思いで息を殺すように生きてきた。
それらは全て私が『妾の子供』という不名誉な立場に置かれていたからだった。
私には何も非がないのに、なぜこんな理不尽な目に遭わなければならないのだろうか?
これも全て母親のせいだと言うのに……
それなのに脳天気な母親は、私達が世間でどの様に見られているのか全く気にもとめない人間だった。
私の受けている苦しみも知らず、自分のことしか考えない母が大嫌いだった。
こんな母親の下で自分の人生を棒に振るわけにはいかない。
そこで私は、時々我が家を訪ねてくる父に一生懸命媚を売ることにしたのだ。
何しろ父親は名門の伯爵家。この人に媚びていれば絶対に悪いようにはなるはずはないのだから。
父であるカルディナ伯爵はとても優しい人だった。
私と同じ年でレティシアという名前の娘がいるという話は聞いていたけれども、母の話では親子関係はうまくいっていないそうだった。
だから、私は自分から父には決してレティシアのことを聞くような真似はしなかった。父の機嫌を損ねるようなへまだけは踏みたくは無かったからだ。
私は父に良い娘と思われるため、心の中で母を嫌悪しながらも仲の良い母娘を演じ……家庭円満の様子を父に見せつけるように努力した。
いつか、父が私を正式な娘としてカルディナ家に引き取ってもらえるその日まで。
そして……ついに願いが叶う日が訪れた。
私が十六歳になった年にレティシアの母親が亡くなり、正式に私と母はカルディナ家の家族として屋敷に迎え入れてもらえたのだ――
****
「あ、あの……はじめまして。私はレティシア・カルディナと申します。ようこそ、おいでくださいました」
初めて会ったとき、レティシアはオドオドした様子で私に挨拶をしてきた。その姿を見て、私はすぐにピンときた。
やはり、父とレティシアの関係はうまくいっていないのだと。
だとしたら、これはチャンスだ。
私が父にどれだけ愛されているのかをレティシアの前で見せつけ、どちらがこの家を継ぐのにふさわしいか父に見極めてもらうのだ。
「はじめまして、レティシア。私はフィオナよ。あなたのことはお父様からよく聞かされていたわ。とても勉学が得意なのですって? どうぞこれから仲良くしてね」
私は自分から笑顔を見せて、レティシアの手をギュッと握りしめた。
「え、ええ……こちらこそ、どうぞ仲良くしてね?」
すると一瞬レティシアは困った表情を浮かべたものの、ぎこちなく返事をする。
苦労知らずのお嬢様になど、絶対に負けるものか。
レティシアと握手を交わしながら、心のなかで誓った――
****
父が用意してくれた部屋はとても素敵で自分好みだった。
「ここが今日から私の部屋になるのね? とっても素敵だわ。広くて日当たりも良いし……まぁ、なんて素敵なドレッサーなのかしら」
自分の容姿に自信があった私は、これみよがしに鏡の中の自分に微笑んだ。
鏡には私以外にレティシアの姿も映り込み、私を羨望の眼差しで見つめている。
フフフ……どう? 羨ましいでしょう? 私はあんたみたいに平凡な容姿をしていないのよ。
この瞬間は、自分が美しく生まれたことを母に感謝した。
その後、少しだけ会話を交わすとレティシアは部屋から去っていこうとした。
「それではフィオナ、私はもう行くわね。今夜は四人で夕食会を開くそうだから、それまでゆっくり休んで頂戴」
「え? もう行ってしまうの? やっと姉妹が出会えたのだから色々お話がしたいのに」
冗談じゃない。ようやく会えた異母姉なのだ。もっと色々話をして相手のことを知っておかなければ。
「え、ええ……まだ学校の課題が残っているから……」
「そうだわ! ねぇ、レティシア。貴女の部屋はどこにあるの?」
なら、私がレティシアの部屋に行けばいいのだ。そうすれば、もっと色々な情報を手に入れられるに決まっている。
食い下がってお願いすると、レティシアは部屋に招いてくれることを承諾した。
「ええ、いいわ。それでは私の部屋に行きましょう」
「ありがとう! レティシア!」
そして私達はレティシアの部屋に向かった――
****
レティシアの部屋は私とは対象的に水色で統一されていた。
「まぁ……ここがレティシアのお部屋なのね? レティシアはもしかして水色が好きなの?」
「ええ、水色は落ち着く色だから好きなの。それじゃ、ごめんなさい。課題を終わらせなければならないから、フィオナは適当に過ごしていてちょうだい」
そしてレティシアは机に向かってしまった。
ふ〜ん……優等生タイプってわけね。女なんだから勉強なんか程々にしておけばいいのに。
それとも、カルディナ家の後継者になるために勉強を頑張っているのだろうか?
レティシアが勉強を始めてしまったので、手持ち無沙汰になってしまった私は部屋の中をぐるりと見渡し……あるものを発見した。
それは本棚に飾られている写真だった。
「誰の写真かしら?」
ポツリと呟き、手にとって見る。
するとそこには私達と同年代と思しき少年が写っていた。
平凡な、どこか気の弱そうなタイプの少年……
でも大切に飾ってあるということは、レティシアにとって特別な存在なのかもしれない。
それなら、試してみよう。
「ねぇ! レティシア! この人誰? とっても素敵な人ね!」
私はわざと大きな声でレティシアに声を掛けた。
「え?」
レティシアがこちらを振り向いたので、私はさりげなく視線を彼女に向けた。
「フィオナ……」
困惑顔でこちらを見るレティシア。
その姿に確信した。きっと、この写真の人物はレティシアにとって大切な相手に違いない。
するとやはり思ったとおりだった。セブランは単なる幼馴染だったが、レティシアが想いを寄せていることは一目瞭然だった。
何しろ、二人はお似合いだと思うと口にするとレティシアは頬を赤く染めたからだ。
その瞬間、私は思った。
必ずレティシアからセブランを奪い、私が今まで受けた分の苦しみを彼女にも与えてやるのだと――
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