9 慰めてくれる人
正午――
ボーッ……
私達を乗せた蒸気船が『リーフ』の港を出向した。
私はデッキに立ち、ゆっくり遠ざかっていく町を見つめていた。
乗船すると、すぐにレオナルドとシオンさんに船室に入ろうと声を掛けられたけれども少しの間潮風に当たりたいからと言って丁重に断ったのだ。
蒸気船は人々が投げた紙テープを風になびかせている様子を見つめながら、私の胸には言いようもない感情が込み上げていた。
あんなにつらい思い出しか無い家だったのに、父からは殆ど愛情をもらえたことは無かったのに……。
何故、去り際の父の悲しげな顔が脳裏にこびりついて離れないのだろう?
この世でたった一人きりの父を最後は捨てた罪悪感からなのだろうか?
「お父様……」
気づけば一筋の涙が頬を伝っていた。
そう、きっと私はひとりで泣きたかったのだ。レオナルドは父に対して負の感情しか持っていない。
だから彼の前ではこのような感情を現してはいけないのだと自分に言い聞かせて……
そのとき。
「レティシア」
背後でふと名前を呼ばれた。その声はシオンさんだ。
こんな泣いている姿を見られるわけにはいかない。急いでゴシゴシと目を擦って涙を拭うと笑みを浮かべて振り向いた。
「シオンさん、どうしましたか?」
「いや、まだ船内に戻ってこないのかと思って心配になって……」
シオンさんは途中で言葉を切り、息を呑んで私を見つめている。
「シオンさん?」
「レティシア……泣いていたのかい?」
「え? あ、あのこれは……目にゴミが……」
ゴシゴシこするも、シオンさんに涙を指摘され……堪えていた物が溢れ出てくる。
「す、すみませ……あ、あの泣いていたことはレオナルド様には黙っていて……!」
次の瞬間、私はシオンさんに強く抱きしめられていた。
「シ、シオンさん……?」
「泣きたいなら無理に我慢せず、泣けばいい。その方がすっきりするよ」
「……は、はい……ありがとう……ございま……」
最後の方は言葉にならなかった。
私はシオンさんの胸に顔を押し付け、嗚咽が漏れないように泣いた。
さようなら、お父様……
折角差し伸べられた手を振り払ってごめんなさい……
シオンさんの腕の中で、私は声を殺して泣き続けた――
****
「大分、すっきりしたんじゃないか?」
デッキに置かれたベンチに腰掛けた私にシオンさんが声をかけてきた。
「は、はい。そうですね……」
私は男の人の腕の中で、さんざん泣いてしまったことが恥ずかしくて俯いたまま返事をした。
「レティシア」
名前を呼ばれて顔を上げると、押し花のしおりを差し出された。
「あ……この花は……」
その花には見覚えがあった。私がカルディナ家で大切に育てていたカスミソウだった。
「レティシアは花が好きなんだよね? 綺麗に花壇も手入れされてたし……それで押し花にしてしおりを作ってみたんだ」
「よく分かりましたね? 私がカスミソウが好きだってこと」
しおりを見つめながらシオンさんに尋ねた。
「何となくだよ。レティシアはカスミソウが似合いそうだったからね」
そしてシオンさんは笑顔を見せた。
きっと、この人は私を元気づけてくれているのだ……その気持がとても嬉しかった。
「ありがとうございます、シオンさん」
「少しは元気になれたようだね? それじゃ船内に入ろう。レオナルドが心配しているよ」
「はい」
私は笑みを浮かべて返事をした――
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