5 大切な存在
十七時半――
私とレオナルドは今、応接室で二人向かい合わせになって紅茶を飲んでいた。
「うん、流石話していたとおりだ。とても美味しいよ」
笑みを浮かべながらレオナルドが紅茶を褒めてくれた。
「ありがとうございます。父も、私の淹れてくれた紅茶を美味しいと言ってくれるんです」
すると何故かじっと私を見つめるレオナルド。
「レオナルド様? どうかされましたか?」
「……いや。もしかしてカルディナ家に帰ってきて里心がついてしまったのじゃないかと思ってね」
「いいえ! まさか、そんなことはありません」
慌てて首を振った。
「そうなのか?」
「はい、そうです。何しろ、あまり大きな声では言えませんが……この屋敷には良い思い出は、殆ど無いのです。母は毒のせいでおかしくなって死んでしまいましたし、父にも愛情を注いでもらったことはないので。私は父に振り向いてほしくて、背中ばかり追っていた気がします」
「レティシア……」
不意にレオナルドの手が伸びてきて、私の頭を撫でてきた。
「え? レオナルド様?」
「あ、ごめん。ただ……寂しそうに見えたから慰めてあげたくなったんだ」
「いえ……ありがとうございます。気を使って頂いて」
「勿論だ。レティシアは祖父母に取って大切な孫だし、俺にとっても大切な存在だからな」
レオナルドの気持が嬉しかった。
「フフ……どうもありがとうございます。おじい様とおばあ様の愛情はとても感じています。私のいるべき場所はここではありません。『アネモネ』島です。この屋敷を出たときから、もう決めていましたから」
「そうか。きっとその言葉……祖父母は喜ぶよ。だが、島に戻ったらルクレチア夫人の死の真相は説明するつもりだ。ふたりには真実を知る権利があるからな。……構わないか?」
「はい、私は少しも構いません」
「……そのことによって、父親が糾弾されても?」
「はい」
きっと、祖父母は父のことを許さないだろう。縁を切ると言ってくるかもしれない。だけど私は祖父母の意見を尊重したいと思っている。私は今一番優先したい相手は父ではなく、愛情を示してくれるグレンジャー家の人々だから。
「分かった。それじゃ、明日……一緒に『アネモネ』島へ帰るか?」
「はい。もうセブランには婚約破棄を告げることが出来ましたし、カルディナ家にいる意味は無くなりました」
そこまで話したとき、扉越しに声が聞こえてきた。
『中に入ってもいいかい?』
その声はシオンさんだった。
「シオンか? 入ってくれ」
レオナルドが声をかけると、すぐに扉が開かれてシオンさんとチャールズさんが姿を現した。
「ご苦労だったな、シオン」
「お帰りなさい、シオンさん」
「ただいま。ふたりとも」
シオンさんは部屋に入ってくるとソファに座った。するとそこへチャールズさんが声を掛けてきた。
「十八時半に食事を用意させて頂きますので、それまではこちらでお待ち下さい。旦那様は本日のお帰りは遅くなるそうです。なので食事は皆様だけで召し上がって、先にお休み下さいとのことでした」
チャールズさんはそれだけ告げると、足早に去っていった。
「お父様……一体どうなさったのかしら」
「それが、警察署にカルディナ伯爵が来たんだよ。ルーカスたちを連行する際に、後で署に来て欲しいと声を掛けられていたようだ」
「シオン、カルディナ伯に会ったのか?」
レオナルドがシオンさんに尋ねた。
「ああ、カルディナ伯にも色々捜査に協力して貰いたいと警察署の人たちが話していたからな。きっと帰りは遅くなるんじゃないか? 何しろ十八年分の話があるからな。いや……それ以上過去の話も出てくるかもしれないし」
「それ以上の過去の話……ですか?」
「カルディナ家は闇が深そうだからな。探ればまだ他に色々出てきそうな気がする。俺はそう思うんだ」
私の言葉にシオンさんは神妙そうな顔で頷く。
「まぁ、俺は今更どんな話が出てきても驚かないけどな。それでシオン、明日も警察の捜査に協力するのか?」
レオナルドがシオンさんに尋ねた。
「いや、俺の捜査協力はもう終わったよ」
「そうか、なら早速だが明日皆で『アネモネ島』へ戻ろう」
「え? レティシアも戻るのかい? 折角……実家に戻ってきたのに?」
シオンさんが驚いた様子で私を見る。
「はい、そうです。私の居場所は……ここではありません。『アネモネ』島が、今の私が帰るべき場所なのです」
私はきっぱり頷くのだった――
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