4-15 もう一つの断罪 3

「何も知らないとは一体どういう意味ですか? まだこちらからは何も尋ねてはいませんが?」


イメルダ夫人に声を掛けるシオンさん。


「そ、それはそうかもしれないけれど……でも父の話をしているってことは私に尋ねているのも同然でしょう!?」


「自分の立場がよく分かっているようだな。なら私から聞こう。イメルダ、お前は自分の父親がこの屋敷の花壇で毒花を栽培していることは知っていたのか?」


「知らないわよ! 知るはずないでしょう!? 大体私が植物に何の興味も無いのはあなたが一番良く分かっているはずよ! 私はねぇ、庭師なんて仕事をしている父親を軽蔑していたのだから!」


ヒステリックな夫人の言葉が部屋に響き渡る。

すると……


「ハッ! 親を軽蔑しているなんて……まるで私と一緒ね? 私があんたを軽蔑しているのと同じだわ」


もはや、性格の悪さを隠そうともしないフィオナの言葉に夫人は驚愕の表情を浮かべる。


「な、何ですって……? フィオナ……まさか……母親である私のことを軽蔑していた……の……?」


「当然でしょう!? あんたが愛人なんて立場になったから、私が世間で蔑まされてきたのよ! 挙句の果てに……あの人が私の本当の父親じゃなかったなんて、笑い話にもならないわ! 私の一番の不幸はねぇ、あんたの娘だってことよ! いっそ、母親だって違っていればよかったのに!」


「なんですって!! フィオナ!」


「やめないか!!」


母娘の争いに、とうとう我慢ができずに父が声を荒らげた。


「そんな話はどうでもいい。今は何故、この屋敷で毒花が栽培されていたかという話だ! 本当にイメルダ、お前は何も知らないのか?」


「知らないと言ってるでしょう!」


父の問いかけに首をふるイメルダ夫人。


「理由なら、容易に検討がつきますよ。恐らく、ゴードンという男は自分で毒花を育て……レティシアの母親にずっとずっと……恐らく十年以上に渡り、少量ずつ与えて徐々に弱らせていったのでしょう」


「「何だって!?」」


同時に驚きの声を上げたのは父とアンリ氏だった。私は既に、それらしき話をシオンさんに仄めかされていたので黙っていた。

もっとも……私も最初にこの話を聞かされたときはショックのあまり、泣いてしまったのだけれども。


「……」


一方のイメルダ夫人はその話を聞いても、とくに驚いた様子は見せなかった。

そしてフィオナはじっと、夫人を観察している。


「……随分と余裕の態度ですねぇ? イメルダさん」


レオナルドは「夫人」と呼ばずに名前で呼ぶ。多分、彼の中では既にイメルダ夫人をこの屋敷の者として認めていない表れなのかもしれない。


「何よ? 大体、仮にそうだとして証拠でもあるって言うの? もうルクレチアだって二年も前に死んでいるのよ? 毒を飲まされていたっていう証拠でもあるのかしら?」


「……確かに、これは全て憶測で証拠となるものは何も残ってはいませんが……」


シオンさんがおもむろに話を始めた。


「そうでしょう? 毒花が育てられていたということが、何故ルクレチアに毒を飲まされていたという話になるのよ? バカバカしいわ」


「だが、ルクレチアが心を病み……徐々に身体が弱っていったのは確かだ。それは毒のせいではないのか!? イメルダ!」


父が怒りを露わにした。


「そんなのは知らないわよ!」


そこへシオンさんが二人の会話に割って入ってきた。


「まだ方法はあります。カルディナ伯爵、この屋敷の専属主治医はいらっしゃいますか?」


「……もうだいぶ高齢ではあるが、この屋敷に今も常駐している」


「ルクレチア様のことも診ていましたか?」


「勿論だ」


「なら、その方にも同席して頂きましょう」


シオンさんの言葉に父は頷くと、再び部屋に控えていたフットマンに主治医を呼んでくるように命じた。


……そう言えば、いつのまにかチャールズさんの姿が無い。一体何処に行ったのだろう?


「ところで、この屋敷の主治医を連れてくるのも大事だが……一番手っ取り早いのはイメルダ! お前の父親をここに呼ぶのが一番なのではないか? ゴードンは何処だ? この場へ呼び寄せろ!」


父がイメルダ夫人に命じた。


すると……


「クッ……アハハハハハハ……ッ!」


突然夫人が笑い出した。


「何だ? ……何がおかしいのだ!」


父は怒りを顕にし、私達は突然笑い出した夫人に呆気に取られる。


「そう言えば……まだあなた達は何も知らなかったわよねぇ……」


イメルダ夫人はまるでおかしくてたまらないといった様子で私達を見渡す。


「何よ? 勿体つけずに早く言えば」


もはや母親を母親とも思わぬ態度を取るフィオナ。そんな娘の態度を気にする素振りも見せず、イメルダ夫人は驚きの言葉を紡ぎ出した。


「父なら死んだわよ。二年前にね」


それは……まるで、勝ち誇ったような態度に見えた――

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