4-2 イメルダの憂鬱 2

 朝食が終わり、ついに我慢ができなくなった私はフランクの元を訪れる事にした。


彼の書斎へ続く長い廊下を歩いていると、私の天敵ともいえる執事のチャールズの姿。彼は無言で私の方へ近づいて来る。


どうせ、いつものように私を追い払おうとするのだろう。

年の割に背筋が伸び、眼光鋭いところが苦手だった。あの目で見つめられると、何故か委縮しそうになる自分がいる。


この私が……ありえないことだ。


特にレティシアがいなくなってからは、より一層態度が顕著になってきた。

けれど、もう怯んでいてはいけない。何しろ私はフランクの正式な妻。これ以上可愛い娘のフィオナを悲しませたりするものか。


どちらの方が立場が上なのか、この際はっきりさせてやらなければ。


「イメルダ様ではありませんか」


チャールズはまるで道を塞ぐかのように私の前で立ち止まった。


「ええ、そうよ。フランクの妻であり、あなたの雇用主でもあるイメルダよ」


「これは中々面白いことをおっしゃいますね? 私の雇用主はフランク様ですが?」


そして、何処か蔑んだ視線で私を見る。その態度にますます苛立ちが募ってくる。


「お、おだまりなさい! いいこと? 私はここの当主、フランクの妻なのよ! 彼に従属する者は私にも従うのは当然のことでしょう! さっさとそこをどきなさい! 私はフランクに用があるのよ!」


いつもならここで「フランク様は不在です」「お仕事が忙しいので無理です」など、様々な理由で追い払われた。

けれど、もう絶対に引き下がるつもりは無い。


そのはずだったのだが、意外な言葉がチャールズの口から出た。


「それは都合が良かったです。丁度イメルダ様を呼びに行くところでしたから」


「え? 何ですって?」


「一緒に参りましょう。フランク様がお待ちです」


「え……ええ。分かったわ」


その様子に少し拍子抜けしながら、チャールズの後に続いた。




――コンコン


「旦那様。イメルダ様をお連れしました」


フランクが扉をノックすると、くぐもった声が聞こえてきた。


『ああ、入れ』


「失礼いたします」


フランクは扉を大きく開けると、正面にこちらを向いて仕事をしている彼の姿が目に入った。


「来たか、イメルダ」


私に視線を向けることなくペンを走らせるフランク。


「ええ、そうよ。私の要望を伝える為にね」


「そんなものはどうでもいい。それよりイメルダ。お前に大事な話がある」


そんなもの……?

その言葉にカッと顔が熱くなる。文句を言ってやろうと思ったが、ここで踏みとどまる。チャールズがこちらを凝視していたからだ。


「い、いいわ。そ、それではその大事な話とやらを聞こうじゃないの」


「本日、十五時の船でレティシアが戻って来る」


淡々と語るその言葉に耳を疑う。


「何ですって? 今何て言ったの?」


「レティシアが『リーフ』の港に十五時に戻って来ると言っているのだ」


そんなことも分からないのか? とでも言わんばかりの口調に怒りが込み上げる。


「レティシアが戻ってくるですって!? 一体どういうことなの! まさか……あなたは初めからあの娘が何処に行ってるのか分かっていたの!?」


「心当たりのいる場所に行ってみたら、見つけただけだ」


「心当たりって……」


そこでハッとした。

そう言えば、フランクはレティシアがいなくなってすぐに、数日間家を空けたことがあった。


まさか、そのときに……


「あなた……ひょっとしてレティシアを探すために家を空けていたのですね?」


「いなくなった娘を探し出すのは親として当然のことだろう?」


「あの娘は勝手にここを出て行ったのでしょう!?」


大きな声で叫んだ途端、チャールズが口を挟んできた。


「言葉を慎んでください」


「な、何が慎めよ! 私たちは夫婦なのよ!」


「夫婦……?」


その言葉に、フランクの口角が上がった。


「何よ? 何がおかしいのよ?」


しかし、フランクは私の質問に答えずにチャールズに声を掛けた。


「チャールズ。それでは私は出掛けてくる」


「はい、承知いたしました」


「後は頼む」


フランクは立ち上がると、部屋を出て行こうとした。


「ちょっと! 無視する気なの!」


追いかけようとすると、突然チャールズに腕を掴まれた。


「は、離しなさい! フランク‼ 待ちなさい!」


フランクは私の訴えに耳を貸さず、部屋を出て行ってしまった。


「使用人の分際で! なれなれしく私の腕を掴むのをやめなさい!」


「いえ、私の主人はフランク様です。あなたに雇われているわけではありません。お部屋にお戻りください」


その声は‥‥‥静かだが、ぞっとするくらい冷たいものだった。それは今まで見せたことも無い態度だ。


「……分かったわ。……戻ればいいのでしょう?」


私の苛立ちは限界に達していた。


いいわ。ふたりとも私にそのような態度を取るなら、こちらにだって考えがある。

何処へ行っていたのか知らないが、レティシアが戻って来る。


あの生意気な小娘をじっくりいたぶってやろう。どうせこの男は仕事が忙しいので、私を監視する余裕など無いのだから。


「分かったわ。その代わり、レティシアが戻ってきたら知らせなさい。出迎えの準備をしないといけないからね」



それだけ告げると、私は足早にフランクの執務室を後にした。



**



「え!? レティが戻ってくるの!?」


私はすぐにフィオナの部屋へ行くと、レティシアが戻ってくることを伝えた。


「ええ、そうよ。15時半には屋敷に戻ってくるはずよ」


「そうなのね……レティシアが……」


フィオナの口元に笑みが浮かぶ。


「そんなにレティシアが戻ってくるのが嬉しいの?」


「え? ええ、当然よ。だって私の姉妹なんですもの。それにセブラン様のことでお話したいこともあるし」


「そうね……彼との問題もあったわよね。では迎えの準備をしておきましょうか?」


「はい、お母様。これで私はセブラン様の家に連絡を入れられる口実ができたわ」


今日のフィオナはいつになく楽しそうだ。


「それでは準備を始めましょう?」


「はい」


こうして私たちは浮かれた気持ちで、レティシアを迎える準備を始めた。

それぞれの思惑を胸に。


それにしても、フランクは何処へ行ったのだろう? レティシアが戻ってくると言うのに……この時間に家を出たということは迎えに行ったわけでもなさそうだし。


「でも、いないほうが好都合よね」


気付けば、私の口元にも笑みが浮かんでいた。



****


 十六時半――


そしてついに、レティシアがカルディナ家に戻ってきた。


予想もしなかった人物たちを引き連れて――




※ 次話、レティシア視点に戻ります

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