30 港での別れ

 ガラガラと走り続けるグレンジャー家の馬車の中で私は父と向かい合わせで座っていた。



「レティシア、本当に良かったのか? 私の見送りをしてくれるなんて……」


父が心配そうに尋ねてきた。

祖父は私が父の見送りに行くことを最後まで反対していたが、結局祖母に納得されて首を縦に振ったのだった。


恐らく、父は渋々承諾した祖父のことを気にかけているのだろう。


「はい、是非お見送りさせて下さい」


「そうか……ありがとう」


父が口元に笑みを浮かべる。


「!」


初めて父に笑顔を向けられ、驚いてしまった。


「どうかしたのか?」


「い、いえ。何でもありません」


その後、馬車の中で父と私は少しずつぎこちないながらも会話を交わした。もっとも会話の内容はどれも父の私と母に対する詫びの言葉ばかりだった。

けれども私にとっては新鮮な時間に感じられた。


やっぱり、私はこんな風に父と過ごせる時間を心の何処かで望んでいたのかもしれない……



**


 やがて馬車は港の直ぐ側にあるホテルに到着した。

ふたりでホテルに入ると父はすぐに自分の宿泊している部屋に荷物を取りに戻った。

その間、私はフロントで父が戻ってくるのを待つことにした。


 大きな窓からは青い空に美しいエメラルドグリーンの海。その景色を眺めていると、ふとヴィオラたちのことが脳裏に浮かんだ。


今頃、皆は観光を楽しんでいる頃だろうか……?


そこまで考えたとき――


「待たせたな、レティシア」


名前を呼ばれ、振り向くと父が立っていた。その手には旅行用のボストンバッグが握りしめられている。


「いいえ、お父様」


「フロントマンに尋ねたところ、十三時に『リーフ』に出港する船があるそうなんだ。それに乗って帰ることにするよ」


「分かりました」


「出港までに後1時間半ある。ここのホテルのカフェテリアで一緒に食事でもしないか?」


「は、はい」


父とふたりきりで外食……何だか緊張する。


「それでは行こう」


「はい、お父様」


そして私は父と一緒にカフェテリアへ向かった。



****


 私と父はふたりで同じシーフードパスタを食べ……今は食後の飲み物を飲んでいた。


「どうだ? レティシア。美味しかったか?」


パッションフルーツのジュースを飲んでいた私に父が尋ねてきた。


「はい、とても美味しかったです。そう言えばまだ聞いていませんでしたけど、お父様はいつ『アネモネ』島へ着いたのですか?」


「え? あ、ああ。数日前だ」


父は何故かバツが悪そうにコーヒーを飲む。


「数日前……? そうだったのですか?」


てっきり昨日到着したばかりだと思っていたのに。


「ところでレティシア……養子に入った彼とはどのような関係なのだ?」


「もしかしてレオナルド様のことでしょうか?」


「そう言えば、そんな感じの名前だったな」


「どのような関係と言われましても……そのままの関係です。あの方は今の当主であり、私にとっては血の繋がらない親戚です」


それ以上に答えようが無かった。


「そうか。……それではもうひとりの男性はレティシアとどんな関係なんだ?」


「彼はイザーク・ウェバーという名前で高校時代のクラスメイトです。私のことを心配した友人のヴィオラに付き添って、『アネモネ』島に来たそうです。


「もとクラスメイト? そうか……彼が……あのときの……」


父が口の中で小さく呟いている。


「どうかしましたか?」


「いや、何でも無い。それよりもそろそろ行こうか。出港の時間が近づいてきた」


はめていた腕時計を見た父が声を掛けてきた。


「はい、お父様」



****


 12時50分――



私と父は向かい合って港に立っていた。


「それでは元気でな。レティシア……一週間後にまた会おう。


「はい、お父様もお元気で」


すると父はフッと笑った。


「お父様?」


「いや。……こんな風に誰かに見送られて船に乗るのは……良いものだ思ってな。やはり船旅は、どこか物悲しさを感じられてしまう」


「その気持、良く分かります」


何故なら自分が『リーフ』を出港する時、すごく寂しさを感じたから。だから居もしない父に向かって私は船の上から手を振った。


その気持が分かるから、父を見送りたいと思ったのだ。



ボーッ……


港に出港10分前の合図を告げる蒸気船の汽笛が鳴り響いた。


「それでは行くよ」


「はい、お父様……え!?」


そのとき父の腕が伸びてきて、気づけば私は強く抱きしめられていた。

それは生まれて初めての父からの抱擁だった。


「……レティシア。一週間後……全てが終わる。待っていてくれ」


それだけ告げると、父はすぐに身体を離して地面に置いたボストンバッグを手に取った。


「は、はい……」


頷くと、父は私の頭を一度だけ撫でると船に乗り込んでいった――




****



船に乗り込んだ父がデッキの上に立ち、私をじっと見つめている。

私も船を見上げて父の姿を見つめた。


――やがて


ボーッ……


港に蒸気船の汽笛の音が鳴り響き、船はゆっくりと進み始めた。


すると父が大きく私に手を振る。私も大きく手を振った。



大海原に父を乗せた船が水平線の彼方に消えるまで――


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