27 私と父 2

「ルクレチアは、お前を産んでから徐々に心を病んでいった。始めはそれでも子育てをさせようとしたのだ。お前の世話をすることによって、病が回復していくのではないかと思ったからな」


そこで父が沈痛な表情を浮かべる。


「けれど、彼女は全くお前の世話をすることが出来なかったのだ。赤子だったお前がいくら泣いても……ただ、ベビーベッドの中で泣きじゃくるお前を見つめているだけだった。そこでやむを得ず、乳母にお前を育てさせることにしたのだ」


「そうでしたね。物心着いた頃には既にお母様は側にはいませんでしたから。でも世話が出来なかっただけが理由ではありませんよね? 私の姿を見ると、母の精神状態が不安定になるからだと聞かされました」


そのことを知ったとき、私は母に対して負い目を感じてしまった。だからまだ小さかった頃は母から距離を空け……中学生になった頃から母と接するようになったのだ。


すると、その話に父が眉をひそめる。


「何? 誰がそんなことをお前に言ったのだ?」


「え……? 誰とは……よく私に親しげに話しかけてきたフットマンで、確か名前はゴードンという人でしたけど?」


「な、何だって? ゴードン……?」


途端に父の顔が青ざめる。


「そ、そんな……彼はそんなことまで……」


「お父様? 一体どうされたのですか?」


すると父は私の顔をじっと見つめてきた。


「レティシア、本当にゴードンという名のフットマンに言われたのか? お前がそばにいるとルクレチアの精神が不安定になると」


「はい、そうですけど……」


ゴードンさんは色々私に気さくに話しかけてくれる数少ない使用人だった。けれど、ちょうど二年前……イメルダ夫人とフィオナが屋敷に来てからは見かけることはなくなっていた。


「ゴードンというフットマンは……イメルダの実父なのだ」


父の顔が苦悩に歪む。


「え!? そ、そうだったのですか……?」


「ああ、そうだ。……何てことだ……あの男はそこまで……レティシアにまで……」


「お父様……」


すると再び父が謝ってきた。


「すまなかった! レティシア! やはり、こんなことになるなら……強引にでも、ルクレチアとお前をグレンジャー家に託せば良かった……そうすればお前たちを守れたはずだったのに……!」


父は俯き、肩を震わせた。

私は父の話を呆然と聞いていた。まさか、私に親切にしていたフットマンが……イメルダ夫人の父親だったなんて……あの人は意図的に私に近づいていたとは夢にも思わなかった。

私も父も、そして母もずっと監視されていたのだ。けれど何故今はいないのだろう?


「あの、お父様。それで今ゴードン氏はどうしたのですか?」


「私がイメルダとフィオナを屋敷に入れることにしたことが決まった途端、辞職を願い出てきたのだ。私としてはずっといなくなって欲しいと思っていたからな。承諾すると、その日のうちに辞めていったのだ」


「そうなのですね? では今はもういないのですね?」


「理由は聞いていないが……娘と孫がいる屋敷では働きたくなかったのだろう」


素っ気なく答える父。


「分かりました。それでは母が亡くなったときの話を聞かせて頂けますか?」


「ああ。分かった」


父は頷くと、再び話を始めた――

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