第1章
1 私の事情 ①
私の本当の母……ルクレチア・カルディナはかなりの財産を所有していた名家の伯爵家出身で、二年前に亡くなっている。
父であるフランク・カルディナ伯爵とは政略結婚であったのだが、実は母はデビュタントのときに出会った父にずっと恋をしていたそうだ。
そこで自ら両親に訴え、父と結婚することが出来た……らしい。
一方の父には恋人がいた。その女性こそがイメルダ夫人だった。
彼女は準男爵家であり、貧しい家柄だった。それでも二人は結婚しようとしたが家柄のことで周囲の猛反発を受けた。
そこへ追い打ちをかけるかのように母との縁談話が浮上し……二人は泣く泣く別れさせられたのであった。
二人は結婚したものの、当然結婚生活は恵まれたものではなかった。夫婦関係は冷え切っていた。けれど、双方の親たちからは子供を要求され……母は父を説得し、何とか子供を宿すことが出来た。つまり、それが私である。
母は私を妊娠したことをとても喜んだのも束の間、一気に地獄に叩き落された。
何故ならほぼ同時期にイメルダの妊娠が発覚したからだ。
父は母と結婚生活を続けていたものの、イメルダとの関係は切れていなかった。
父は彼女の為にこっそり別宅を買い与え……二人はそこで逢瀬を重ねていたのだ。
そして残酷なことに、二人はほぼ同時期に子供を宿した。更にあろうことか、父はそのことをすぐに母に報告したそうだ。
おぞましい事実を知った母は……心を病んでしまったのだった――
****
父にイメルダという名の恋人の存在を知ったこと……そして妊娠を知った母の怒りと悲しみは計り知れなかった。
何しろ妊娠の時期がほぼ同じなのだから、余計にショックは大きかったはずだ。
精神的に追い詰められた母は何度も私を流産しそうになったそうだ。けれど、今にして思えば父は母が流産するのを願っていたのかもしれない。あえて恋人の存在を明かし、同時期の妊娠まで告げたくらいなのだから。
激しい衝撃を与えれば妊娠に悪影響を与えるのは良くないことは分かりきっていたはず。それなのに父が残酷な行動にでたのは、おそらく私に生まれてきて欲しくは無かったのだろう。
けれど、私は激しい難産の上に無事に生まれてくることが出来た。母の精神の崩壊と引き換えに。
私を産んだ母は狂気に囚われ、廃人同様になってしまった。人の世話が無ければ何もできなくなってしまったのだ。
そんな母を見兼ねた父は母を屋敷の一番奥の部屋に押し込め、世間から隠してしまった。
そして母の実家には出産により気が触れてしまったと説明した。
娘の変わり果てた姿に絶望した母の両親は、父に全てを託して見捨てたのだった――
狂気に囚われ、子育てができなくなってしまった母の代わりに、父はメイドに交代で子育てをさせた。父は私がひとりで食事ができるようになるまで、一切私に関わろうとはしなかったのだ。
私に名前をつけたのは父ではあったけれども、私はまともに父から愛情を注いでもらった記憶はない。
一人で食事ができるようになり、朝食と夕食こそ父と一緒にとるようにはなったものの、会話は殆ど無かった。
それでも私は父の愛情がほしかった。そこで必死で話しかけた。けれど父の返事は「ああ」とか「うむ」と言ったものばかりでまともに会話が成り立つことはなかった。
そしてついに私は父との関係改善を諦めて距離を置くことに決めた――
****
とても寂しい子供時代を過ごしていた私。
母は狂気に囚われ、母娘の会話など成り立たない。父はまるで私から目を背けるような態度を取り、相手にもしてくれない。そんな両親から見捨てられた私を救ってくれたのが、幼馴染のセブラン・マグワイアの存在だった。
彼は近隣に住む同じ伯爵家の令息だった。同い年で家も近所だったということもあり、私と彼は一緒の時間を過ごすことが多かった。私が彼に淡い恋心を抱くようになるには然程時間はかからなかった。
マグワイア家は、冷たいカルディナ家とは違ってとても温かな家族だった。セブランの両親はまるで実の娘のように私を温かく受け入れてくれて可愛がってくれた。
『レティシア、将来はセブランと結婚してお嫁においで』
セブランの両親からそのように言われ、当然私は将来は彼と結婚することになるだろうと夢を抱いていたのに……
私の夢はもろくも崩れ去ることになる――
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