⑧

 交番を後にした俺達は、民宿かみやへの帰路についていた。正木巡査への質問を終えた俺達は時間が十八時過ぎということに気付き、怜夜の宿に帰ろうという提案を素直にうけいれることにした結果だ。怜夜いわくかみやの主人のつくる料理は絶品とのことなので、なんとしても食べたいとのこと。楽しみである。かみやは村から少しはずれた場所にあるので、歩くことにはなるが日が完全に沈み切っていないところを見ると、夏の訪れが近いことを感じさせた。


「怜夜いいかしら?」


 前を歩く俺と怜夜の後方を歩いている絆が問いかける。


「なんだ?」


 歩きながら軽く振り返り、怜夜は答える。


「さっきの正木さんに私たちが質問をしている中で、あなたは何もしなかったのはどうしてかしら?」


 それは、俺も気になった。あの場において怜夜だけがどこかその輪の外にいた。確かに怜夜は以前からこの地に赴いているし、正木巡査とも顔見知りだろうからある程度のことは聞いていることは想像できる。だが、それにしてもどこか違和感といっていいのだろうか、いつもの怜夜らしからぬというか、図書館では何も判らないと口にしていたのに、何も質問をしなかった。そのことがあるからなのだろうか。


「僕はすでにある程度正木さんから話を聞いているから、改まって聞くような話はなかっただけだよ」

「あそこに私達を連れて行ったのは、失踪事件を間接的にではなく、実際に体験した人かあら話を聞く為に行ったということね」

「その方が良いと思ったからな。実際事件を担当した人から話を聞くのは有意義だったろ」

「ええ。でも、私が気になるのはあなたの口数の少なさね」

「……」


 やはり絆もそのことが気になっていたのか。ということは、日葵の方も首を縦に振っているところを見ると、同様に感じていたらしい。


「確かに、あなたは事前に話を聞いていたのかもしれない。それを踏まえてもあなたからほとんど質問がないというのは、いつものあなたらしくない」

「そうだよね。怜夜って基本自分の気になったことに関してはとことん調べるよね。今日だってと図書館で調べものしていたぐらいだし」

「それなのに、何の疑問も抱かずに正木巡査のとこに行って、いくら俺たちに事件の情報を与える為とはいえ、怜夜自身から何も質問がでないというのは、おかしい」


 俺たちの言葉のリレーに、怜夜は前を向いてはぁとため息を吐く。


「お前たちが俺を一体どういう目で見ているのか気になってきたよ…」

「馬鹿」

「暴走列車」

「変人」

「聞くんじゃなかった!」


 絆、日葵、俺の評価に怜夜立ち止まり大声でかき消す。いや、お前が気になるというから俺たちは親切で教えてやろうかと。


「はぁ、別に特に理由はないよ。実際僕から今の段階で正木さんに聞くこと何もなかった。それに、お前たちが聞いた内容はもう俺自身ある程度正木さんに聞いていたからな。だからあの場で俺から何かというのはなかった、ただそれだけだよ」


 ため息を大きく一つ吐くと、怜夜はそう言う。そういうと、また歩みを再開する。どこか納得していない、絆はそれに続くように歩み始める、俺と日葵もまた続く。


 すると前方から一台の軽自動車が来るのが見えた。俺たちは、道路の横に寄る。かみやまでの道は舗装されているが、道幅は車がギリギリ2台通れるか通れないかぐらいの幅しかない、なので必然的に俺たちは横にズレるわけだが、その車は通り過ぎたりはせずに横に避けた俺たちに近づくにつれて徐行すると、止まった。そして、サイドウィンドウが下がると、運転している人物は俺たちの知っている人だった。


「先ほどはどうも」


 そう言って、車の中から頭を下げるのは、図書館の司書さんこと薬地さんだった。


「あれ、図書館は逆の方向ですよね、どうして向こう側から?」


 俺は疑問に思った事を聞いた。そう、図書館からの帰り道だとするならばこちらから来るのは方向的におかしいのだ。

 俺の疑問にああと薬地さんは言うと、


「かみやに用事があったから、図書館での仕事が終わってまっすぐ来て、今はかみやでの用事も済んでその帰りなの」

「なるほど」


 ならば納得だ。


「どんな用事だったのですか?」

「ちょっと失礼よ、人のプライベートな事を聞くのは」


 怜夜は意外な所で意外な人物に会ったからなのか、質問するがそんな怜夜を絆が嗜める。まあ、俺も気になっていたから、怜夜が聞かなければ俺が聞いていた。危ない。


「構いませんよ。特に秘密にするほどのことでもありませんから。かみやのご主人、神谷さんから今日は山菜を取りに行くから、そのお裾分けをいただけるというので、それを貰いに行っていただけですから」

「ああ、なるほど納得です」


 車の助手席にはビニール袋に入った食材がちらりと見えている。怜夜も納得したようだ。その袋の隣にはミニカーがいくつかあり、その中の一つはタイヤがいくつか欠けていた。俺も昔はああいうのを持っていたな。などと思い出に浸っていると、


「それでは…」

「はい。お気をつけてお帰り下さい」


 軽く礼をすると、サイドウィンドウを閉めて車を発進させた。去る車を見ながら、怜夜がポツリと呟いた。


「今日は、もしや天ぷらか…」


 そういえば、お女将さんがそんな事を言っていたな。そして、俺たちの足は自然と早くなったのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る