第243話 帰宅

 アナスタシアと別れた後、僕らはアイザムに立ち寄り、ミレアのいるバベルの門を訪れる。

 約十五年ぶりに再会を果たしたラウラとミレアは涙を流して抱きしめ合っていた。


 僕はアナスタシアと同じようにミレアにも僕の国で一緒に暮らさないかと誘ってみたが、見事に彼女にも振られてしまう。

 僕のハーレム計画は遅々として進まない。


 だけど、近いうちに遊びに行くと言ってくれた。誘ったときの彼女は、まんざらでもなさそうな感じだった。これは押せ押せで攻めればワンチャンあるかもしれない。

 うむ、遊びに来た時に泣き落としで引き留めてみよう。


 ミレアと再会の約束をしてアイザムを出た僕らは、次にアルトに会うため妖精の里を訪れた。


 アルトは前回リザと会っていたため、感動の再会というものは特になく、レイラを見た彼女は「あれ? 髪型変えた?」とタモさんみたいなノリで「あれ? なんか形変わった?」と言っていた。


 僕は一緒に暮らそうとアルトを誘うも、やはり彼女は立場上、里を離れられないそうだ。それでも、そのうちこっそり遊びに行くと言ってくれた。


 妖精にとっての『そのうち』がどれくらいの感覚なのか判り兼ねる。できるだけ僕から出向くようにしようと思う。転移すればあっという間だしね。


 その後、カインを訪れた僕は到着して言葉を失う。

 レイラが言っていたとおり、聖都は壊滅状態だった。都市の南側半分が消滅して中心に存在した枢機教聖堂も跡形もなく消し飛んでいる。


 生き残った神官や兵士たちが負傷者の手当や瓦礫の撤去作業を行っていた。

 人的被害も甚大で、多くの住民に加えて騎士団は壊滅、最高神官も爆発に巻き込まれて行方不明のまま、まだ見つかっていない。


 僕らはしばらくカインに留まり負傷者の救護に加わった。勇者レイラの帰還に疲れ切った人々は表情に活力を取り戻していった。



 それから数日後、今ではカイン北側に領地を構えていた暫定国家ローレンブルク王国が、聖都復興の中心を担っている。

 落ち着いてきた頃合いを見計らい、僕はレイラのお義父さんとお義母さんに挨拶を済ませた。


「突然ですがお嬢さんをください、それから明日、ペルギルス王国に連れて行きます」


「うむ、よかろう!」


 そんなことはもちろん言われるはずもなく、お許しが出なかったため、僕らは前世同様に逢引してカインから逃げ出した。


 駆け落ちである。


 僕らを追ってくる者はいない。追ってきたとしても、この世界に僕らを止められる者は存在しない。



 で、「来週の月曜日、ラウラを連れて帰るね」とクラリスに手紙を送っておいた僕はペルギルス王国に帰ってきた訳だが、僕とレイラは実家近くの裏山のブッシュで息を潜めていた。


 いきなり僕のフィアンセたちに会うのは緊張するから、離れた場所から姿を見ておきたいと彼女が言ったのだ。

 意外とラウラもレイラも人見知りなところがある。


 フィアンセの件については、事前に説明してあり、彼女に納得してもらっている。

 記憶が戻った後でクラリスと関係を持ったことを打ち明けたときは、けっこう空気がピリついたけど、その後も徐々にフィアンセが増えていくと半ば諦めて呆れていた。


 さらに「よっ! 第一夫人さま!!」と担ぎ上げると彼女はまんざらでもない顔をしていた。


 相変わらずのチョロインである。

 だがしかし――、


「……どういうことですか、これは?」


 双眼鏡を目に当てたまま彼女は言った。


 この双眼鏡はミレアが保管してくれていたじーちゃんの形見である。


 さきほど僕が双眼鏡を覗いて確認したとき、フィアンセたちは庭でお茶をしているところだった。

 どこにもやましい事象など存在しないが、なぜか大気が怒りのアトモスフィアに覆われている。発生源は何を隠そう第一夫人さまだ。


「な、なにが?」


「それでは確認します。あちらの獣人族の可愛らしい娘が、クラリスさんですね?」


「うん、そうそう」


「あの凛々しくも愛らしい金髪の彼女が、ロイの妹のガブリエラさんですね?」


「はい、そうです」


「それから銀髪の可憐でたおやかな少女が、ソフィアさんでしたね?」


「いかにも!」


「では、あの金髪ツインテールの淑女はどなたですか?」


「へ?」


 僕は藪の中から眼を凝らして見た。

 

 彼女たちがお茶をするテーブルに人がひとり増えている。さっきまでいなかった金髪ツインテドリルの綺麗な女性は――、グロリア会長!? なぜ会長が僕の実家に!?


「がっ!?」


「それからあちらの眼鏡を掛けたロングヘアの女性はどなたですか?」


 ――シャリー先生まで!


「それから、あの下着みたいな格好をしている女性は?」


 ――冒険者のお姉さん!?


「それから、あそこのロングスカートの女性は?」


 ――街角の花屋のお姉さん!?


「それからあちらの――」


 その後もレイラの指摘は続いた。

 どういう訳か、ヴァルの妃たちが集結している。


 なぜだ!? そんな話は聞いていない! どうしてこうなった!? とにかく誤解を解かなくてはッ!!


「……いや、違うんだ……これは――」


 放たれた殺気に背筋が凍りつく。


「……なぁーにぃーがぁー、違うのでしょうかぁ?」


 レイラの双眼鏡を持つ手が震えている。


「そ、それは……」


 正直に話そう、彼女たちはヴァルの妃だと。だけど僕の体で肉体関係を結んだことが知られたら――。


「彼女たちとは一切関係ないと?」


「な、ないとも言えない、かなぁ……」


「つまり関係あると?」


 周囲の温度がどんどん上昇していく。


「あ、あるとも言えない、かなぁ……」


 さらに温度が上昇して周囲の木々がメラメラと燃え出した。それはまるで彼女の怒りを具現化するかのように燃え盛っている。



 ――その山火事は三日三晩燃え続けたという。後にナイトハルトの大火として歴史書に記録されることになった。



 さて、話を戻そう。無事にクラリスたちと再会を果たした僕は彼女たちにラウラを紹介した。


 現役勇者を連れて帰って来た僕に、誰も彼も度肝を抜いていた。あのときの彼女たちの顔を写真に撮って残しておきたいくらいだ。


 それから魔王ミルルネは約束どおり、魔王軍を武装解除して解体した。移住を希望する魔人たちが魔境からローレンブルクに移り住み、共和国の住民となる。

 念のために僕はゼイダを僕の代理としてローレンブルクに送り込んだ。


 ついでに先日、ローレンブルク王家から手紙が送られてきた。彼らもカインからローレンブルク共和国に一国民として引っ越すそうだ。もちろんレイラは僕と一緒にいる。


 近々、ローレンブルク共和国大統領を決める選挙が予定されている。


 本命ゼイダ、対抗ローレンブルク王、大穴ミルルネ、無印でエルガルといったところだろうか。誰が初代大統領になるか楽しみである。


 そして、これからは戦争がなくなると困る連中たちとの駆け引きが続くのだろうけど、後のことは知らん。


 何もかも放り出した僕はフィアンセたちを連れて東方大陸にお引越しすることにした。

 その際に名前をロイ・ナイトハルトからユウ・ゼングウに改める。郷に入っては郷に従えである。

 

 さて、僕の物語はここでお終いだ。

 ここから先は特段に特筆すべきことは何ひとつない。


 これからはありがちなハーレム展開がダラダラ繰り返されるだけで、漫然とした毎日が続いていく。

 だから、真のエピローグは後世に委ねることにしよう。


 そう、あれから何年後――、というやつだ。


 それじゃあ、よろしく頼んだぞ。


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