質問と質問

 俺は静かに女の目を観察した。敵意は無い。純粋な疑問、か。


「その前に一つ聞かせてくれ」


「はい。良いですよ」


 綺麗な緑色の短髪だが、ところどころ跳ねている。容姿に気を使うタイプではないようだが、髪は染めたのか? 顔立ちは整っている。多少童顔だが、見た目だけで男には好かれそうだ。


「アンタは、優秀な部類の人間か? 魔術やそれに類する分野において、だ」


「はい。一般的に見たら優秀な部類に入ると思いますよ」


 躊躇なく答える女。なるほど、こいつには日本人に受け継がれた謙遜の心を忘れたらしい。まぁ、別に良いが。


「そうか……俺の魔力を隠蔽しているのは服の能力じゃない。俺自身がそうしているだけだ」


「なるほど……それ、食べ終わったらで良いので私のラボに来てもらえませんか?」


 どうやら、この返事で興味を持たれてしまった。だが、問題ない。


「良いが、対価として色々と話を聞かせて欲しい。俺が質問した内容は他の誰にも口外しないというのも条件の一つだ」


「ふむ……良いですよ」


 まぁ、最悪色々と都合の悪いことがバレたら記憶を消してやればいい。取り合えず、俺はバーガーとコーラを楽しむことにした。


「……あの、少しは急いで食べるとかしないんです?」


 相変わらず俺の横に立っている女はそう宣った。


「五年ぶりなんだ。味わって食べるくらい許してくれ。それに、席は空いてるだろう」


「五年ぶり……」


 洞察するように俺の目を見る女。どうやら、情報を一つ落としてしまったらしい。だが、この程度はどうせ後で質問するときにバレる。問題は無いだろう。


「ところで、その服はどこで手に入れたものなんですか?」


「ん、覚えてな……いや、貰い物だった。友人から貰った」


 バーガーを食い終わった俺は、コーラをちびちびと飲んでいく。


「なるほど……因みに、その友人さんと会わせていただくことは出来ます?」


「いや、無理だな」


「一度、その本人にお伺いを立ててもらうことも出来ませんか?」


 お伺い、立てられたら良いんだがな。


「無理ってのは、不可能って意味だ。ランドの奴は、もう死んでる」


「……すみません」


 俺はひらひらと手を振った。話に出した人物が故人だったなんて向こうじゃ良くあることだ。一々暗い顔をするもんじゃない。


「ランドさん、ですか……」


 俺の言葉を反芻する女。後で調べたりするのだろうか。まぁ、どれだけ調べても絶対に出ないけどな。ただ、ランドって名前自体がヒントではあるか。明らかに日本人の名前じゃない。


「あ、お名前を聞いても良いです?」


「イサミ……老日 勇だ」


 俺の名前を聞いてから直ぐにスマホっぽいものを取り出して調べ出す女。目の前でそれをやるのはどうかと思うが、ランドのことは直ぐに調べなかった辺り、本当に最低限の配慮はあるのだろう。


「……三十年前に、行方不明?」


「あぁ、しまったな」


 そうか。そういうこともあるか……日本だからって気を抜きすぎるのも良くないな。


「……随分、お若いですね」


「若作りだ」


 記憶、消すか? 消さない理由が無いよな。


「条件に今の話も口外しないというのも含む、というのはどうですか?」


「冷静だな」


 直ぐに口止めされる可能性に思い至ったのは冷静だ。平和な日本で殺されるなんて有り得ないと楽観的な考えにならないってのも冷静だ。


「自分のことを、優秀だと言ってたな」


「……」


 実際、それは事実なのだろう。私のラボに来てくれませんか、これを言葉通りに取ればこいつは自分のラボを持っているのだろう。そうでなくても、そのラボ内である程度の権限を有している筈だ。確かに、優秀だ。だからこそ、俺は甘い判断が許されないって訳だ。


「まぁ、そうだな……命とか、健康は保証する。今まで通りに生きていける、その保証はする。安心しろ」


 記憶は消そう。女神は言っていた。気を抜くな、と。相手が女でも、学生でも、油断はしない。実際、この状況になっているのは、さっきまで俺が気を抜いていたせいだ。


「……じゃあ、分かりました。貴方が何をするかは分からないですけど、それで構いません。ただ、私が貴方の質問に答えてからにしませんか? 貴方がどんな質問をするのか、気になるんです」


 そう言って、女は俺の目の前の席にやっと座った。二人用の席だったんだから、さっさと座っておけばよかったのにな。


「……分かった。俺としても都合がいいしな」


 質問した後に記憶を消す。これが俺としても最良の形だ。願ったり叶ったりではある。


「その前に、さっきのスマホを見せてくれ。録音されてたら意味ないからな」


「はい、どうぞ」


 俺は差し出されたスマホを確認する。俺の居た頃とは違う型だが、大体は変わっていないスマホだ。ただ、魔力を感じるので魔道具としても色々な役割を果たせるのだろう。


「……問題ない」


 録音はされてないように見えた。が、一応電源は落としておく。


「じゃあ、質問しても良いか?」


「はい、なんでもどうぞ」


 女の魔力に動きは無い。記憶を保持される心配も無いだろう。俺はフッと息を吐き、質問を思い浮かべた。


「先ず、そうだな……この地球で、魔術が発見されたきっかけを教えてくれ」


「魔術が発見されたきっかけ……というか、地球の魔力濃度がここまで上昇したのは異界接触現象によるものです」


 異界接触現象。聞いたことのない単語に俺は眉を顰めた。

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