異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。
暁月ライト
帰還する勇者
魔王は死んだ。邪神も殺した。つまり、俺の役目は終わった。
「……終わり、か」
無理やり顕現させた邪神が滅び、粒子と化して世界に溶けていくのを見ながら俺は独り言ちる。
「女神サマ、予定変更だ。やっぱり、ここでもう帰してくれ」
黒紫色に染まっていく大地。きっと、この地は暫く人が住めなくなるだろう。だけど、ここからは俺の仕事じゃない。凱旋をする気力も無いし、皆に別れを告げるのも、やめた。
『――――よろしいのですか?』
天から声が聞こえる。今まではただの会話さえ勿体ぶってた癖に、今はこうも簡単に答えてくれるのか。文句を垂れようとも思ったが、それさえ億劫だ。
「……あぁ、帰してくれ」
歳を取ったな、と思う。というか、若さを失ってしまったんだろう。一応、俺は二十二だが地球に帰ってから活力を持って生きられるんだろうか。
「……このまま黙って俺を消し去っても、文句は言わないぞ」
地球に俺を返すのに莫大なエネルギーが必要なのは分かっている。それは、例え神であろうと余裕で出来ることではないのだろうと知っている。
『いえ、約束は守ります。私まで悪神に堕ちてはいよいよこの世界は滅びてしまいますから』
女神の言葉に思わず乾いた笑いが漏れた。約束を守るのは俺の為じゃなくて、飽くまでこの世界の為らしい。徹底してる、本当に。
「……いや」
俺が許可してる以上、契約は破棄できる筈だ。それでも、約束を守るってことは……
「なんだ、アンタにも人の心はあるんだな」
『……分かっているのなら、素直に感謝して下さい』
返事はせずに、俺は無言で空を見上げた。
「いつでも良いぜ」
星が綺麗だ。もう、夜か。僅かでも力を削ぐ為に朝に始めたのは、結局意味が無かったってことだな。
『……最後に忠告しておきます。向こうに帰っても、気を抜かないように。貴方が変化しているのと同じように、世界も変化しています。きっと向こうの世界では今までと違う景色が見えることでしょう』
「あぁ、肝に銘じとく」
向こうに帰ったら何をしようか……先ずは、コーラでも飲みたいところだな。
『それでは、お疲れさまでした。この先、私だけは貴方の苦労と旅路、その上の偉業を忘れることはありません……良い人生を』
意識が揺れる。白い光が、視界を覆った。
♦
目を覚ました。それから直ぐに、そこが地球だと分かった。日本だと分かった。
「……あぁ」
路地裏から出ると同時に、声が漏れた。
「ぁ、あ……ぁぁ……かえって、きた……」
自動車の音、立ち並ぶビル、全てが、全てが……
「ぁ」
久し振りに、涙が零れた。頬を伝う一筋の涙に、忘れていた感傷が溢れる。
「……五年、か」
それだけの年月が経っている。
「これ、意味ないよな」
俺は虚空から学生証を引っ張り出した。十七歳の俺が写っている。これから異世界で戦わされるなんて知らない、呑気な顔だ。
「……待てよ」
別次元に飛ぶってことは、時間のズレがある筈だ。完璧じゃなければ空間のズレもある。女神様ならそこら辺も考慮してくれたって可能性も無くは無いが、難しいはずだ。あの女神はそういうのは専門じゃない。実際、ここが何県かすら俺には分からないしな。
「あの、すみません」
「えッ、は、はい……何ですか?」
俺が声をかけると、少し驚きながら会社員らしい若い男は足を止めた。
「すみません、今って西暦何年ですか?」
「あ、タイムスリップ……みたいな設定ですか?」
「は?」
思わず顔を顰めてしまったが、冷静に考えれば茶化されて普通な質問だ。それと同時に、男が最初に驚いていた理由も分かった。俺の格好だ。向こうの世界の装いだから当然だが、現代にはそぐわないだろう。
「あぁ、まぁ、そんなもんです。それで、何年ですか?」
「2057年ですけど」
三十年、だ。俺が飛ばされてから、この世界では三十年経ってる……そう、か。
「……コーラ、まだあるか?」
独り言ちる俺をちょっとニヤつきながら見る男の視線に気付いた俺は頭を下げてこの場を去ることにした。
「つーか、地球にもちゃんと魔力ってあんだな」
理論的に地球にも魔力が存在するのは知っていたが、向こうとそこまで変わらない濃度で魔力が存在しているとは思わなかった。この濃度で魔物が湧いたりすることは無いのかと疑問が沸くが、取り合えずこれなら魔術の行使も問題ない。
「まぁ、魔術なんてあんまり使う機会も無いだろうけどな」
と、言葉に出してから魔術を使えば幾らでも金を稼げるだろうことに思い当たる。
「……こっちでの生き方も考えないとな」
下手に混乱を招くのは本意じゃない。けど、楽に稼げるならそれが一番良いかも知れない。
「いや、普通に働く方が良いかもな」
楽に稼げるってことは、暇な時間が多いってことだ。仕事に忙殺されるのはキツいが、今の俺にはそのくらい余裕がない方が良い気もする。余計な考え事ばっかりしてると、きっと良くないことになる。
「……見られてるな」
結構な視線が俺に集中している。ここがそこそこの都会だってこともあって、人が多い。その分の視線の多さは、割と煩わしかった。
「金は、一応まだある」
「一万二千円、か」
取り合えず、今日は疲れた。なんせ、さっき邪神を倒してきたばっかりなんだ。一日くらい何もせずに眠ったって誰も文句は言わないだろう。
「……身分証、要るのか?」
スマホは向こうで研究材料にされてから返ってこなかったからな、調べることも出来ない。
「まぁ、無いなら無いで野宿で良いか」
俺は地球の誰よりも野宿が得意な自信がある……いや、どうだろうな。向こうでの野宿は割と魔術や道具によるゴリ押しだったからな。実はそうでもないかも知れない。
とはいえ、向こうでの野宿よりこっちでの野宿のが安全なのは明らかだろう。安心して寝れるな、浮浪者として。
「しかし、三十年も経ってる割には景色が変わらないな」
科学の進歩は行き詰まってしまったのだろうか。変わり果てた景色になってるよりはマシだが、これはこれでちょっと残念だ。
「……あった」
ホテルだ。ビジネスホテルだ。
「行くか」
ちょっと気後れする気持ちもあるが、行かない選択肢も無い。頼む、俺をベッドで寝かせてくれ。
「……意外と、質素でも無いのか」
ビジネスホテルに入る。意外にも高級感のあるエントランスに俺は視線を彷徨わせる。異世界に行く前は高校生だった俺にとっては縁の無い場所だった。
「一泊で。相部屋は……いや、なんでもありません。一番安い部屋で」
言い慣れた言葉が思わず出てしまった。相部屋が当たり前にあった向こうの宿屋とは違う。ここは素晴らしき現代だ。お一人様につき一部屋、これが当然だ。
「……はい。一泊の料金はこちらとなります。それでは、こちらの機械に指を差し込んで下さい」
「はい、分かりま……は?」
小さな機械。いや、機械に見える物。一目見れば分かる。それは、機械ではない。
「……魔道具?」
この地球に存在する筈のない物体が、確かにそこに存在していた。
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