第16話 久しぶり、地上

 あれからいくつか情報を交換すると、メールは力が尽きたらしく、にこにこ手を振りながら女神像の中に消えていった。

 信者が一人(俺は認めていないが)だけであるため、霊体で短時間顕現するだけで精一杯らしい。


「なんか滅びかけたとは思えないほど明るい神だったな……」


 それはともかく、気を取り直して脱出だ。

 礼拝所の上にぽっかりと空いた大穴から、ワイヤーを使ってあがるのだ。


 初級バックに魔石やドロップアイテム(特に大量の『シャープスパイダーの蜘蛛糸』)を詰め込み、左手にカスタム銃を持つ。

 右腕に装着した≪刺双天甲≫でワイヤー機動をするためだ。



 糸で覆われた穴に魔力弾で隙間を作り、ワイヤー糸を地上付近の壁に貼り付けて縮める。



 瞬間、景色が開けた。





「————――うおおおおおっっっっ、きゅ、急に、高、たか、たぁっっか!?」



 十数mの高低差をあっさり飛び越し、気づいたら木々の上にいた。



 目に入るのは、周囲を覆う木々。青い空と太陽の光。遠くにわずかに見える尖塔。 

 久しぶりに見る地上の景色。

 喜びを覚えたのもつかの間、すぐに俺の身体は重力につかまり、落下を始める。


「おおおおおおおおおおおぉお、おちる、落ちるぅ!?」


 粘着しなくなる、縮む――で女王糸を戻して、次にえーと落ちる前に木とかに糸を張り付けて――伸ばす、粘着する――ですぐに――縮む――でほどよく落下速度を殺して、って縮ませすぎたぎゃああぁあああああ!?


 とんでもない勢いで糸が縮み、木に向かって思いっきり引き寄せられる。


「ぶべらっ!?」


 当然、その末路に待っているのは、木との熱烈なキス。

 そしてその後の落下。

 コメディ映画ばりの無様さで地面に帰ってくる。


「いっってぇ……」


 でも幸いにも落下の勢い自体は殺せていたので、ダメージは控え目だ。

 DEFステータスくん、ありがとう。


「ボスに勝って落下で死んだらダサすぎるぜ、ほんとに……」


 女王糸は魔力波に応じて「伸びる」「縮む」「粘着する」「粘着しなくなる」という4パターンの反応を起こす。

 この魔力波のコントロールによって女王糸の伸縮を操作するのだが、まだ精密な操作は俺には難しいようだ。まあ、カオスグランツでは実質生まれて2日目のバブちゃんだしな。魔力の扱いよくわからないばぶ。


 安易に使ったら身を滅ぼしそうだ。

 女王糸のワイヤー機動に関しては要練習だな。


「草木のにおいもなんだか久しぶりだ。地下には一日と少ししかいなかったのに」


 だが、久しぶりの地上である。

 小鳥のさえずりや、木々のざわめき。生い茂った木々の奥に、動物やモンスターの気配がある。


 まだモンスターの多い『黒森』の中ではあるが、縦穴に落ちる前に比べると気配は少なくなっている気がするな。

 ここら一帯を縄張りにしていたシャープスパイダーを一掃したためだろう。

 今なら黒森でも比較的安全に移動できそうだ。


「王都はあっちの方向だったな。MAPにマーク付けておくか」


 さっき上空に飛び上がった時、木々の上にチラッと王都の尖塔が見えた。あの方向に王都セクタムがあることは間違いないだろう。


 閉塞感から解放されて清々しい気分だが、今度は狩りに夢中になって迷わないようにまっすぐ進もう。また油断して追い詰められたくない。


 初期地点からそこそこ歩いてきた分、初めは真っ黒だったMAPも、俺の通ってきた道が表示されている。現在地から王都セクタム(予想地点)までは、昨日半日で歩いたのと同じくらいの距離がある。

 

 今のステータスなら、寄り道せずに進めばすぐに着くだろう。









 ――森をぬけた。

 ――茂みをぬけたそこは、異世界だった。


 なんて、思わず『雪国』を引用したくなるほど、そこは異世界だった。


 なだらかな丘陵に一面の芝生。

 遠いところに見える馬車道。

 その先には白亜の城壁が厳然とそびえ立ち、数々の尖塔が突き出している。


「……王都セクタム」


 王都と言うだけあって視界に収まらないほど雄大で、都市の全貌は一見しただけだと分からない。

 王都のさらに先には小麦色の畑が一面に広がっているようだ。雄大で、異国情緒のある風景である。


 ふと横を見ると200mくらい離れたところに、森から続く舗装路がある。

 黒森を歩いていて気づかなかったが、開けた交易道路が森を通っていたらしい。


「整備された道あったんかい! あっち通ってたら1日もかからずに着いてたんじゃないか……?」


 ガラガラと馬車が交差するのを見て、俺は半目になった。


 舗装路はかなりの大きさで同時に馬車が何台も行き交っている。

 MMO的には本当はまっすぐ王都に入ってから、周囲を冒険するのが正道だったんだろうな……。


 俺はマップに配置されてる宝箱は全部回収しないと気が済まないタイプのプレイヤーなのだ。美味しそうなアイテムや面白そうなものを見つけるとフラフラつられてしまうんだよなぁ。


 ま、まあ。

 ゲームの醍醐味は寄り道にこそあると俺は思っているから、それでいいのだ。


 〝ゲーム〟の部分を〝人生〟と変えてもいい。




 ——人生の醍醐味は寄り道にこそあるのだ。

                      雨露望


 結構いい感じだ。

 これを俺の名言ということにしよう。


「なんだい、いきなり名言だとかいいだして。そういう年頃かい? そういうのは歳取った後で忘れたくなるよ」


「うわぁ!?」


 誰もいないはずなのに突然くぐもった声がして、俺は飛び上がった。


 近くの木から人の足先が突き出している。

 木のうろにすっぽりと上半身がハマっているのだ。


 いつからこうなってたんだ。全く気が付かなかった!?


「しかも百人いたら十人は思いつきそうな内容だね。発想力がたりないよ」


 しかも内容にまでダメ出ししてきやがる!


「……失礼ですが、大丈夫ですか!? というか、私は声に出していましたか!?」


「それはもういい声で出してたよ。真似してやろうかい? ――人生の醍醐味とは寄り道にあるのだ。……いや違うね、もっとこんな感じだったね、人生の、んんっ、人生の醍醐味とは」


「ああああああああああああああああ、繰り返さないで結構です!!! というかそれはハマってるんですか? 私は助けた方がいいんですか!?」


 木のうろの女性――声的に老婆――は微動だにしないまま、平然と声真似でイジってくる。


「いったん引っ張り出しますね!?」


 ぷらーんと垂れた両足を掴んで、女性をうろから引っ張り出す。

 そこから現れたのは土まみれになったしわくちゃな老婆だ。

 その手には銀色に光るキノコがいくつも握られている。


「イッヒヒ。助かったよ」


 紫のローブを雑に一枚羽織った老婆だ。

 頭にはトンガリ帽子が乗っているが、ボサボサでとんでもなく長い髪に巻き込まれて、埋まっていると言った方が正しいかもしれない。

 腰は深く折れており、鼻は長いが目は大きく、口元は意地悪そうに歪んでいる。


 まるで童話にでてくる魔女だ。


「大丈夫ですか、ご婦人?」


「うろの中にこれを見つけたはいいものの、思ったより深くて一人じゃ出れなくなってね。モンスターに遭ったらどうしようかと思ってたら、足音が聞こえてきたもんだから焦ったよ。まあ、幸いなことにそれはモンスターじゃなくて、名言らしきものを言い出す若者だったんだけどね」


「それはもういいでしょう!? いつまで擦るんですか!?」


「イッヒヒヒ! あたしゃを見て、『婦人』と呼んだことに免じてここらで許してやるよ。おまえさん、旅人だね。この辺の村人だったら、王都にこんな初々しい反応はしないものね」


「おっしゃるとおりで……」


 異世界の街並みに興奮したところを見られた、という聞かれていたらしい。


「ご婦人は王都のお住みですか?」


「ヨルベでいいよ。口さがのない者はヨルベ婆と呼ぶが、ヨルベお姉さんでもいいさね。王都の外層で『万緑の調合所』という店をやっているよ」


「そうなんですね」


 地元の人のようだ。

 俺にとってはメール以外で、この世界の住人とのファーストコンタクト。

 こんな恥ずかしい感じになるとは思わなかったが。


「森へはアイテムの採集のためですか?」


「そうさね。黒森は探せば色々と採れるからね」


 こういう時は、二言三言雑談してさっさと別れるに限る。

 人間万事逃げるが勝ち!


「そうですか。私は王都へ向かっているので、この辺で失礼しますね」


「こら待ちな。おまえさん、こんな老婆を置いて行く気かい? 年寄りをいたわれない男はモテないよ」


「ぐっ……」


 だが、止められてしまう。

 一言多いが、もっともではある。


 まぁ、見たところ軽そうだし、王都までならいけるだろう。


「……では背中にどうぞ。街まで連れて行きます」


「なにをおぶろうとしとるんじゃバカタレ。馬車に乗るんだよ」


「は?」


 老婆が指笛を鳴らすと、森を突っ切って颯爽と一台の馬車が現れた。

 一頭の逞しい馬(馬だよな……?)に牽かれた、頑丈そうな拵えの馬車。


 馬車には黒森で採集されたと思わしき収穫物が色々とつまれているが、やはりそれよりも目を引くのは――馬だ。


 俺の知っている馬より一回り精悍で、頭には小ぶりな五つの突起。タイヤのチューブのような足の関節を持ち、呼吸するごとに周囲の気流が揺さぶられている。

 俺の知っている馬ではないな。というか気流を動かしているの魔力だろ。


「これモンスターでは!?」


「あたしゃの馬だよ。なんだい、テイムされたモンスターが珍しいかい。『駿風馬ソニトラ』なんてどの国でも人に育てられているけどね。おまえさん、とんでもない田舎からでてきたみたいだね」


「……ああ、なるほど。……というか移動手段あるじゃないですか」


 要は家畜化しているのか。

 モンスターといえど、食事はするし、繁殖もする。人に慣れるなら飼うことができるのも道理だ。


「御者兼護衛役に駆け出しの冒険者を雇ったんだけどね。最近の若い奴は根性がないね。『黒森で採集するなんて聞いてない! 騙された!』なんて言って逃げ出してね。あたしゃ、一人で取り残されたというわけさ」


 要は御者に冒険者を雇ったが、無茶ぶりをしすぎて逃げられたってことだろ。


「ちょうどいいから、おまえさん御者やりな。王都まで一緒に連れてってやるよ」


「私には御者の経験はないのですが」


「必要ないよ。うちの馬はおまえさんなんかより賢いからね。手綱だけ握っておけば勝手に進むよ」


 ヨルベ婆はそう言って、サッと荷台に乗り込んだ。

 人をこき使うのが堂に入ってるなぁ……。嫌な老人だよ。


 仕方なく俺も御者台に乗り込む。

 実のところ少しワクワクしてる。馬車に乗るのも、手綱を持つのも初めてだ。


 俺が手綱を持つと、『駿風馬ソニトラ』は自然に歩み始めた。

 なだらかな芝生を踏みしめ、ひとりでに程よい速度で舗装路の方へ駆けてゆく。

 向かう先は王都セクタムの城門だ。

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