計略①
船着き場の中はほんのり薄暗かった。
カウンターは灯りが落とされていたが、奥のテーブルには明かりが灯っていた。
「正樹部長、お待たせいたしました」
「待っていたぞ」
そう言うと、テーブルに向かって歩き始めた。すると、テーブルに近づくにつれて良い香りが漂ってきた。
ナポリタン、ペペロンチーニ、トースト、オニオンスープ、サラダ……マスターが用意してくれたそうだ。
「中上先生も飯食べませんか? 腹減ってると気分が滅入りますよ」
「俺はいい……飯が喉を通らん」
そこにマスターが飲み物を運んできた。
中上先生の顔を見ると踵を返し、バーカウンターに入る。
暫くすると、赤茶けた液体にバターを浮かべた飲み物をマグカップに入れて持ってきた。そして、中上の前に置いた。
シナモン特有の香りと僅かに漂う甘い匂い。
「せめて、これだけでもどうぞ。温まりますよ」
そういうと、マスターは奥に下がっていった。
中上がそっと一口つける。
「ラム酒か……ホッとする味だな」
正樹部長が補足する。
「親父がたまに寝る前に飲んでるやつですね。たしか、ホットバタードラム……とか言ったかな」
ラム酒にお湯、角砂糖、バター……そしてアクセントにシナモンなどの香辛料を少々……だそうだ。
このお酒が効いたのか、中上は少し元気を取り戻したようだ。
「すまん、あらぬ嫌疑をかけられて、少々自暴自棄になっていたみたいだ」
中上は普通に良い先生なんだろうと思う。
「先生、俺も共犯らしいですから、仲良くやりましょう」
正樹部長が楽しそうに言った。
とりあえず、腹ごしらえする。腹が減っては戦えない。
………
腹も膨れて落ち着いてきたので、本題に入る。
正樹部長が部室で話しそびれた独自調査で分った事を教えてくれた。
「4月に落として壊れた山井先生のノートパソコンだが、大分前に修理から返ってきていた」
あまりに前のことで一瞬何の話をしているのか分からなかったが、そう言えば、そんな話があった。
「旧裏サイトのバックアップがこのノートパソコンにとってあった。だから、完全復旧をしたんだ」
ひらきが素朴な疑問を質問する。
「今更、旧裏サイトを復旧しても意味なくないですか?」
「そうだな、裏サイトの表向きの情報に関しては今更必要がないものばかりだな」
素直に正樹部長が認める。では、その意図はなんなのか?
「ただし、裏サイトの管理者向けの情報は別だ。以前、コレクターという人物の掲示板を見せたことがあったが、覚えているか?」
「コレクターは覚えてますけど、内容は朧気ですね」
そういうと、正樹部長はノートパソコンにそのときの内容を表示してくれた。
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更新日:2/11
作成日:2/11
更新者:匿名(72.1.5.132)
_____________
1.匿名(72.1.5.132)
この腕時計と交換で、とある
人物の身辺を調査して欲しい。
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2.コレクター(62.45.33.114)
>>1
良い時計だ。受諾。
腕時計と依頼内容をいつもの
場所に置け。それとこの後、
この掲示板は削除しておけ。
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「管理サイト側でわかったことなんだが、まず匿名の方はmyPhone12 miniを使っている」
「そして、コレクターは……分からなかった。情報が消されていた。なかなか、用心深いヤツのようだ」
「それ、どうやって調べたんですか? 」
ひらきが質問をする。
「管理コンソールには、裏サイトを閲覧や入力に使われたスマホの機種を確認する機能がついていた。そこでわかったんだ」
なるほど、そんな事ができるのか。つまり、個人の特定ができるといいたいのだろうと思うが……。
「でも、myPhoneを持ってる人は結構いるし、この情報の価値がよくわからないんですけど……」
「myPhone12 miniは……人気がなかったんだ。画面が小さいから自撮りや動画配信サイトが見辛いだろ?そういう意味で高校生うけも悪かったからな」
つまり、所有している人間が少ないから特定もかんたんと言うことか。
その時、ひらきが立ち上がった。
「ねぇ……如月ちゃんのスマホ、myPhone12 miniだったよ。さっき、技術室でスマホ取り出した時に見たんだ」
何か、頭の角にひっかかる。このスマホの機種名、どこかで見たような……。
「正樹部長、部室棟の写真……い、イグ……なんて言いましたっけ?」
正樹部長がピンときたのか、部室棟の写真データを確認する。
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ファイル名: IMG_20220923_173.jpg
カメラメーカー: rApple
カメラモデル: myPhone 12 mini
ソフトウェア: 15.3.1
撮影日時: 2023/9/23 07:03:24
シャッタースピード: 1/120 sec
レンズ開口値: F/1.6
露出補正値: 0 EV
ISOスピード: ISO-32
焦点距離: 26 mm (35mm換算)
フラッシュ: フラッシュ未使用
メータリングモード: パターン
露光プログラム: プログラムAE
ホワイトバランス: オート
GPS座標: 35.****° N, 139.****° E
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正樹部長がボソッとつぶやく。
「EXIF(イグジフ)情報も myPhone 12 miniだ」
断定はできない……断定はできないが如月が遺失物事件の容疑者の可能性が高まってきた。
如月はコレクターとも繋がりがあることはほぼ間違いないだろう。
中上が小さな声で言った。
「如月は真面目で責任感も強い。そんな悪事に手を染めるとは思えない。あいつは違うと思う」
……確かに、そんな印象はある。だが、今日の如月を見ると、とてもそんな風には思えなかった。
正樹部長は神妙な顔をしていた。
「勿論、他にも所有者がいる可能性は否定できません。……話は変わりますが、俺が持っている最後の情報をお話します」
正樹部長が強引に話題を変えた。如月が容疑者だと認めたくないのかもしれない。
「山井先生のパソコンにはキーロガーが仕込まれていたようです」
中上が驚いて反応した。
「それって、もしかしてキーボードで入力した情報を記録するやつか? 」
「そうです。削除されていましたが復元ツールを使って復元しました」
キーロガーはパソコンで入力された情報を記録するだけのソフトだ。
当たり前だが、文章は勿論、パスワードまで全部記録されるのでたちが悪い。
この手のツールを山井先生が自分で仕込むはずもないので、第三者がいることは間違いない。
……恐らくは新裏サイトの管理者だろう。
「調べた結果、陽芽高校の公式サイト、裏サイトの管理サイトの情報もありましたし、メールアカウント情報や各種パスワードも……もろもろ丸裸でした」
中上が左目を覆うように手をあてた。
「はぁ……仕方ない、せめて公式サイトの管理パスワードだけでも今すぐ変えてもらおう」
そういうと、立ち上がりスマホを片手に店の角へいってしまった。
正樹部長に質問してみた。
「あの……俺たちが裏サイトの調査を始めたばかりの頃に見た、山下とひらきを高い位置から撮られた写真ってありましたか? 」
「それがなかったんだ……。このパソコンからアップロードしたわけじゃないのかもな」
そうだ、あの画像は保存されていたはず。
「部長……山下とひらきの画像のEXIF情報をみてもらえますか?」
正樹部長はすぐに調べてくれた。
「……myPhone12 miniで撮られている」
犯人が如月なのか……は置いておくとして、おそらく共通の人物だろう。
「正樹部長、キーロガーはデータを通信で何処かに送られたりしてますか?」
「これはマシンにしか残らないソフトだ。送信先から身元がばれるのを警戒したのかもしれんな」
その時、どこかからSNSの通知音が聞こえてきた。
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