冤罪

正樹部長が部室に入ってきた男子生徒の方を振り向く。



「……高見、これはどういうことだ? 」



高見と呼ばれた男が答えた。



「どうもこうも、船場くんが裏サイトの管理者ってタレ込みがあったんで、現物抑えにきたんですわ」



正樹部長は如月の方を見た。



「如月……それは何処からのタレ込みだ? 見に覚えがない」



如月がふっと冷笑すると言い放つ。



「嫌疑がかかっている人間に出どころを教えると思いますか? それに……裏サイトの管理者である証拠ならあります」



呆気に取られている内に話が悪い方向へ進んでいく。



如月の声にも高見の声にも嘘の感触がない……。



そして、正樹部長の声にも嘘の感触がない。



何が起きているんだ?



如月が正樹部長とパソコンの間に強引に割り込み操作を始めた。


後ろに押し出された正樹部長は呆然と画面を見つめる。


画面共有はされたままなので、如月が操作する様子が映し出されていた。


如月はデスクトップに配置されたフォルダを開き、その中のファイルの一つをダブルクリックした。



すると、裏サイトが表示された。



「船場先輩のお使いになっているマシンに、裏サイトの環境があることが証拠です」



言葉にならない


正樹部長は唇を噛んだ


以前、正樹部長に裏サイトを擬似的に再現したものを見せてもらっている。


当然、正樹部長のパソコン以外から、この疑似裏サイトを検索することはできない。


おそらく……嵌められてた。



くそっ……。



何でいつも嫌なタイミングで問題が起きるんだ?


そして、必ずどこかで生徒会が絡んでくる。



やはり、芳川なのか?あいつが裏で何かをしているのか?



「待ってよ、如月ちゃん。この件は中上先生も知ってるし、それは裏サイトを調べるために作った偽物のサイトだよ」



ひらきが正樹部長に助け舟を出す。だが、それも如月が切り捨てる。



「中上先生も共謀の疑いがある。学校側で事情聴取を行っている最中だ。そんな人間の証言など当てにならん」



ゴクリと唾を飲む。


中上先生まで嫌疑がかかっているのか?


このままだと正樹部長と中上先生が冤罪で裁かれてしまう。



何か、何か手はないか?



もう、誰かが不幸になるのを見たくない。


俺のシナスタジアを今使わなくて、いつ使うんだ。



だが、焦りと不安、怒りと恐怖。


混ぜこぜになった感情が鼓動を早めていく。


心を焦がす程の灼熱が全身に広がって行く感覚があった。


だが、僅かに残った理性がその延焼を押し止めていた。


駄目だ、この感情は身を滅ぼす。



飲まれるな。落ち着け、落ち着け。



その時、手のひらにひんやりとした感触があった。


手のひらから伝わる冷たさが全身を覆う灼熱から熱を奪い去っていく。



隣にいるひらきが俺の手を強く握り、こちらを真っ直ぐに見ていた。



小さく深呼吸をする。



全体を見渡すと教壇席に如月、少し後に正樹部長、そして如月の左隣に高見がいるのが見えた。


安井は俺の右隣にいて状況を静観の構えのようだ。



さっきまで部屋の広さも皆の顔も見ていなかった。でも、今は見える。



魂のバディ……か。



ふっと笑ってしまった。ひらきの手を少しだけ強く握り返す。



ありがとう。



まず整理しよう。



この状況が何者かによって仕組まれたものと仮定するなら、そいつはどうやって正樹部長のパソコンの中身を確認したのか?



遠隔操作?


いや、正樹部長が気が付かないはずがない。


別の部屋から画面共有を見ていた?


今日は裏サイト自体は映していない。リアルタイムに監視していたとは思えない。


なら、今日よりも前に疑似裏サイトの存在を認識していたということか?


つまり、知っていたけど敢えて今日まで放置していたと考えられる。


では、何故今日なのか?



山下ならどう考えたんだろう。



考えろ、考えろ、考えろ。



その時、山下が以前言ってことが頭をかすめた。




「そのタレ込み……コレクターか? 」




高見は細い目をさらに細める。



「何て?コレクター? 」



外したかと思ったが、如月は一瞬だが目を見開いた。


だから、駄目押しする。



「如月さん……タレ込みの元ネタはコレクターなのか? 」



答えろ、如月。



数秒の間が長く感じられた。



如月は動揺も刹那に消し去り、冷淡に見えるその表情は何かに絶望しているようにも見えた。



一言でもいい、喋ってくれ。



「すまないが、何を言っているのかわからないな」



ヌメッとした感触。



黒だ。



如月はコレクターとつながりがある。そして、コレクターから何らかの情報のやり取りをしている。


カマをかけてみた。



「知らない筈ないでしょ。腕時計と引き換えに欲しい物を何でも提供してくれるって芳川から聞きましたよ」



如月の瞳孔が開いたかと思うと、凄い剣幕で声を荒らげる。



「芳川さんがあなたにそんなこと教えるはずないでしょ!大体……」



如月ははっとして、口を閉じた。



肌を刺すような刺激、身体の周りの空気が重くなったと錯覚するほどの圧力。


悲しみと苦しみ、憎悪、後悔。


彼女を動かしている原動力が全て負の感情だと、気がついて少し恐怖を覚えた。



如月はうつむくとブレザーのポケットからスマホを無言で取り出し、正樹部長のパソコンをカメラで撮り始めた。



「如月ちゃん、止めて。パソコンの押収が目的なら写真を撮る意味がないでしょ」



ひらきが駆け寄り、如月の右腕を掴む。



顔を上げた如月の目は漆黒で塗りつぶされたみたいに光が無かった。


彼女から狂気を感じた。


改めて見ると、以前の如月よりも身体が細く、頬も少し痩けていることに気がついた。



「……如何なる理由があろうとパソコンは回収する。異論、反論は認めない」



如月は高見の方を見た。


高見は無言で頷くと正樹部長のパソコンの電源を切り、電源ケーブル以外のケーブルを抜く。


パソコンも電源ケーブルを回収するとそそくさと去っていった。


如月が部室のドアの前で、こちらを一度振り返った。



「船場先輩の処分については、学校から追って連絡が入ります」



如月はそう言い残すとドアをピシャリと閉めて去っていった。


終始黙っていた安井が軽口を叩く。



「如月会長様はいつから風紀委員に鞍替えなすったんですかね」



終始楽しそうに一連のやり取りを見ていただけの安井の発言にイラッとした。



「なんで終始だまってたんだ、安井?」


「藤井、熱くなるなよ。あの場で何を言ったところで如月が話を聞いたと思えんがね」



そう言うと、安井に軽く背中を叩かれた。



そうだ、そんなことより正樹部長に声をかけないと流石に裏サイトの管理者扱いされて気落ちしているかもしれない。



「正樹部長、元気出してください。明らかに言いがかりだし、証拠をそろえて……」



ところが、安井と同様に正樹部長もニヤニヤしていた。



「悟、お前が如月を煽ってくれたお陰で助かったぞ」



そう言うと左手の親指と人差し指に挟むようにUSBメモリを持っていた。



「あのパソコンの中身は空っぽだ。パソコンに繋がっていた電源以外のケーブルは全部置いていってくれた」


「どういうことです? 」


「高見はUSBハブに挿入されていたUSBメモリに気が付かなかったんだろう。あいつはパソコン苦手だからな」



USBメモリからファイルを操作していたなら空のパソコンを持っていったことになる。


ひらきがポロリと核心を突く鋭いことを言った。


「でも、さっき如月ちゃんはデスクトップにあるフォルダからファイルを開いてましたよね?」


「そうだな」



さらっと正樹部長が答える。



「それ、駄目じゃないですか!?」



思わず大きい声を出してしまった。だが、正樹部長はどこ吹く風だ。



「さっきまでは俺のUSBメモリに入ったOSを起動していた」


「だが、今PCを起動すると、あのマシンに元々インストールされている別のOSが立ち上がる」



正樹部長が何を言っているのか微妙にわからないところもあるが、つまり証拠は押収されていない……ということだけわかった。



「もし、如月が冷静だったら危なかったがな。あいつはシステムに詳しい。こんな初歩的なミスはしなかっただろう」



話しぶりから正樹部長は高見とも、如月とも知り合いのようだ。



「とりあえず、逃げるぞ。気づかれると面倒だ。続きはうちの喫茶店でいいか?」



安井がにべもなく返す。



「俺は行きませんよ。用事がありますし」



安井らしいとしか言いようがないが、それにしたって素っ気ない。


そして、安井がこちらを振り向くとポロッと不思議な事を言った。



「それに藤井、お前も病院に山下の様子を見にいくんじゃなかったのか? 」



思わず、首をかしげた。

確かに行くつもりではあったが……?



「ああ……ちょっと山下のおばさんに用事もあるし、病院に顔出したいと思っていたんだが……」


「正樹部長、その後でもいいですか?」



正樹部長は首を縦に降る。



「俺は構わんぞ、ひらきはどうする?……というか、藤井と一緒に行くんだよな? 」



ひらきは首を縦に降る。



「はい、藤井くんと病院に行きます」



……なんか、正樹部長と安井がニヤニヤしているのが気になった。視線の先を見て、我にかえった。



ひらきと手を繋いだままだった。しかも、ひらきの右手の指と俺の左手の指を絡めて固く握っていた。



恥ずかしくなって、慌てて手を振りほどく。



「いや、あの、これはそういうんじゃなくて……」



「いいから行ってこい。待ってるぞ」



その正樹部長の掛け声をきっかけに散開した。



ひらきは無理矢理に手を振りほどかれたので少し不貞腐れていた。



「別に手を繋ぐぐらい、いいじゃん」



「また、機会があればな……」



俺は今回の一件である違和感に気がついた。



ただ、確証がない。



そのためには山下のスマホか遺失物一覧の確認が必要だ。



ひらきを自転車の後に乗せて、陽芽中央総合病院に向かった。

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