盲点

山下の名推理も桧川ひらきのとぼけた一言で場の空気がゆるくなった。


桧川にシナスタジアについて、簡単に説明をする。


その上で改めて山下に同じ説明をもう一度させたときにはどうしてくれようかと思った。



「バレちゃあ、仕方ないな」



開きなおる桧川ひらき。



「そろそろ白状しちゃいなよ、なんで盗ったんだい、りえピン? 」



呆れた顔の山下に俺はハラハラした。



「その回答をする前に、ひらきちゃんの能力の特性が知りたいんだけど聞いてもいい? 」


「いいよ」



ひらきは二つの返事で快諾。そもそも、シナスタジアを隠す気もないのかもしれない。


ひらきの話をまとめるとこういう事らしい。



・物に付着した思念の色が見える

・手で触れた物が一番良く見える

・色で個人を特定できる

・色の明暗で感情を読み取る

・遮蔽物があっても強い色は見える

・接触時間で色の残存時間も延びる

・思いの強さも残存時間に影響する



「う~ん、距離が遠くても確認できるの?」


「その時の調子によるのかな…10m〜20mが限界みたい」



なるほど、俺のシナスタジアと違うようだ。俺の場合は音の届く範囲ならどんなに遠くても関係なく触ることができる。



「シナスタジアの感覚をオフにすることはできる?」


「意識的にはできないかな。でも、水の中だとオフになるね。だから泳ぐの好きなんだ」



と、ひらきは聞いていないことまで説明する。


山下はアイスティーのグラスからストローを少し持ち上げて、



「これは何色?」


「りえピンの黄色だね」



次に山下はハンカチを取り出し、ハンカチ越しに、俺のスプーンを手に持った。


……なんか、傷つくんですけど。



「このスプーンは何色?」



そう言いながら自分のアイスティーをソーサーからどかして、その上にスプーンを置いた。



「青と緑で、割合は9:1くらいかな?」


「えっ!?」



ひらきと自分の声のタイミングが被った。


スプーンには山下の黄色の思念は混ざっていなかった。


因みに青はマスターの色らしい。



「悟くんもそうなんだけど、自分の能力を過信しすぎて、抜け道があることを考慮できてないんだよ」



一口、アイスティーを飲んでから山下は話を続けた。



「私は確かに悟くんの腕時計を拾ったよ。廊下に落ちていたから悟くんの机に入れておいたの」


「よく、悟くんの腕時計って分かったね」



と、ひらきが言った。



「見たことのある時計だったし、何より時計盤の裏側に特徴的な傷跡があったからすぐに分かったよ」



付き合いが長いだけあって、山下はこの腕時計のことはよく知っている。


話に矛盾は無いし、声の感触もほどほどに柔らかく嘘をついている様子は無い。


ただ、それだとロッカーに腕時計を隠したのが、別人ということになる。



「ごめんなさい。短絡的だった。」



桧川ひらきが頭を下げた。ハッとして俺も頭を下げる。



「ごめん。山下、疑って悪かった」



山下が犯人じゃなくてよかった。


でも普通に考えて犯人と疑われて良い気分はしないだろうことは容易に想像がついた。


今更ながらさーっと血の気が引いてきた。


俺たちは最低じゃないか。


でも、山下は穏やかな声で言った。



「二人は心配して私に声をかけてくれたんだよね?」



そう言うと、ふふっと少し笑いながら、



「まあ、アイスティーを奢ってくれるなら……許してあげようかな?」



チラッとこちらを見る。


『喜んでお支払いします』と言おうとする前にひらきが言った。



「分かった!藤井くんが全額負担します!」


「おい!」



もう、ひらきとは今日でさよならだな。冷めた目でひらきを見つめた。



「……なんか、2人は良いコンビだね。」


山下がそんなことをポロッと言う。



「そう思うでしょ」


ひらきが要らんことを言う。



「一時間前までほぼ会話もしたことなかったのに良いコンビもないだろ」


俺は素っ気なく返す。


もう既に桧川ひらきのキャラクターに食傷気味だ。


山下は少しうつむき、アイスティーの氷をカランカランとかき混ぜながら、こんな事を言った。



「私が話したことは…嘘じゃないし、腕時計を隠してもいないけど、犯人の候補から外れたわけでもないよね」



俺とひらきは顔を見合わせた。


山下に向き直ると、



「そういうところが過信しているって話」


「私が嘘をついていて、ロッカーに隠したのが私という結論が一番自然だと思わない?」



確かにそうだ。


犯人は腕時計をハンカチ越しに掴んでロッカーに入れるなんて手間のかかることをするだろうか?


当然、普通に隠す可能性の方が高い。


だが、ハンカチもしくは何か別のもので掴んで隠す可能性もゼロとは言えない。



「なぜ自分が不利になる話をしたんだ。俺もひらきも山下が犯人だとは思いたくないし、そうでないならそれで良かったのに……」



山下は俺の顔を見つめながら言った。



「悟くんとひらきちゃんは犯人を見つけたい。まずこの認識はあってるよね?」


「あってる」


と、ひらきが答えた。



「俺は……別に興味がない。犯人なんてどうでもいい。山下以外が犯人なら、これ以上深入りしたくない」


山下やひらきと目を合わせないように、俯いてテーブルを眺めながら淡々と話した。


山下は少しだけ間をおいて言った。



「悟くん……私はまだ容疑者なんだよ」



ここに来てやっと気がついた。完全にイニシアチブを山下に握られていた。



「ここからは私からの提案。私はきちんと身の潔白を証明したい。そのために、二人と一緒に真犯人を探したいと思ったの……どうかな?」



特に断る理由がない。


ひらきも同じらしく、



「こちらからよろしくお願いしたいくらいだよ!」



と、心なしか嬉しそうであった。


むしろ、ブレーンを得て本格的に犯人探しができるようになった。



「犯人探しを手伝ってくれるのは助かる。助かるけど……」


ただ、一つ気になることがあった。



「単純に不思議なんだけど、山下もひらきも、俺の腕時計が盗まれた程度で、そこまで一生懸命に犯人探しをする必要があるのか?」


今度はひらきと山下が顔を見合わせた。



「もしかして、学校で起きている遺失物事件を知らないの?」


えっ、何それ?


どうやら、俺が俗世と縁を切って徒然なるままに生活した結果、時代の流れに取り残されたようだ。

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