7節 あくまでも、ディナーの後で
『いやぁ、良かった…… 非常に良いものだ。満たされた、実に…… 満たされたぞ』
電飾に包まれた、ファストフード店を後にした。僕としては、少し不服だ。こんな時間に、こんな多量のカロリーを摂取して大丈夫なのかと。
『そう、細かいことを気にするな。百も千も変わらないだろう。リョウ、お前は変なことにこだわるな……. 』
まぁ、でも良いか。ゼウルの機嫌が良くなったから。まだ彼女は僕の体を、制御できるはずだ。あまり、怒らせたくないのが、本音だ。
『その本音……. 聞こえておるぞ』
おっと、聞いてたみたいだね。心の声も聞かれてしまう。これじゃ、隠し事もできそうにない。不便な体になったもんだ。
「なぁ、ゼウル…… 魔族は普段何を食べてるんだ?ハンバーガーとかポテトなんて、魔界にないんじゃない」
『—— その通りだ。そもそも、魔族は食事を必要とするほど脆弱ではない。周囲から必要なエネルギーを吸収できるからな。だから、呼吸も必要がない。…… 本来はな』
「なんか、僕が、弱いみたいに聞こえるね。出てってくれても構わないんだよ。…… いつでも」
『まぁ、そう悲観するな…… 脆弱なお前の体だからこそ、味覚を感じられたのだ。む、何というのだ………… これだ、美味しいだ。そう、味を感じ、美味しいという、気持ちになることができる。これはこの体でしかできぬことだ。感謝するぞ』
「離れる気はないんだな…… 余計なことを教えてしまったよ」
『余計ではない、この感覚はもう……忘れられないかもしれないな。あぁ、また何か味を感じたくなってきた……. 』
「いや、流石に…… もうダメだ」
このデンジャータイムに、これ以上食べるのは危険だろう。お金もそんなにあるわけじゃないし…… 。
『良かろう、次の機会の楽しみにでもしておこう』
ようやく、落ち着いてくれた。でも、楽しみにしてる。…… 意外と、可愛いとこあるな。
「さっき言ってた、この世界に来た目的って結局どうなってるの?」
今聞いておかないと、忘れそうだ。僕じゃなくて、ゼウルが。…… あと僕も。
『あぁ…… そうだな。それについては正しく、説明しておかなければならないな。お前にも、まぁまぁ関係あることだからな』
いや、大アリだ。自分自身の問題だからね。半分は違うけど…… 。
『我はこの人間界に、—— 食事をしに来たのではない。—— 人間と体を共同で使うわけでもない。—— この世・界・の・秩・序・を・守・り・に来たのだ』
…………悪いけど、もっと具体的に言ってもらえると助かるんだけどね。なんか、壮大すぎてわからないかな。…… 僕では。
『むむ、そうか。では、細かく説明するとだな……. 五年ほど前に、下級魔族たちのグループが反乱を起こした。そのグループは、前に説明したいわゆる…… 少数派のほうだ。だか、少数といっても何百体も、居たからな。かなり骨が折れたぞ…… 仲間の協力も得て、何とかなったがな。—— だか、半数は逃亡した。調べるとな、公国を離れ—— 三、四年前、この世界に辿り着いていた。ほとんどがな…… 』
この世界に、魔族がいる?…… それも大勢。知らなかった。そして、今、それを知ってるのは僕だけかもしれない。周りにいる人間たちは、そんなことを知らずに暮らしている。
『そうだ。そして、そやつらに対処するために我は来たのだ。本来ならば、すぐに……と思ったのだが、その反乱には我らのような、上級魔族や普通に暮らしている魔族も色々絡んでいてな。三公も疑心暗鬼になってしまったのだ…… 無論、我自身…… 誰を信用していいのか、わからん。—— だからわざわざ—— こうしてやって来たのだ』
少し、興奮しながら続けるゼウル。こんなにも真剣なんだから、本当なのかもしれないと思わされる。たしかに、彼女は悪事を働いたこともなかった。一週間無断で人の体を借りただけだが、誰かに危害を加えたりなど、はしていない。…….少なくとも僕がいる時は。
「でも、それがどうして、この世界の秩序を守るってことになるの?だってそれは、ぜんぶ魔界の問題なんじゃない?」
『—— この世界の均衡—— 秩序が崩れるとな、…… 我々の公国も崩壊するからだ。それが何故かは、説明してもわからないだろう。…….今はな。だから、我は自分の国を—— 居場所を守るためにも、この世界の調和を守らねばならんのだ』
ゼウルにも本人なりの、理由がある。これはわかっていた。でも、ここまで壮大なものだとはわからなかった。自分の居場所を守るために、戦う。そんな彼女の方が僕よりも立派に思える。体を使う資格は、彼女にあるのかもしれない。日々何もせず、同じ日常を繰り替えし、それに甘える僕なんかよりも。
『そう、深刻になるな…… それは、あくまでも最悪のケースだ。実際はもっと簡単なことだ。そして、お前にも協力してもらいたいことがある』
「僕に…… ?一体…… 何をすれば」
『我の代わりに—— 下級魔族たちと戦い奴らを倒してもらいたい』
僕が戦う? 人間を超えてる、魔族と…… いやいや、無理でしょそんなの…… 。
「ゼウルは、強い魔族なんでしょ? 自分でやった方がいいんじゃないの? だいたい僕は、喧嘩だってしたことないんだよね」
『勘違いするな…… お前などに期待などしてないわ。だいたい、お前の体は脆弱で未熟で、どこかに閉じ込められていたのか? ふふっ、実験動物のようではないか』
「実験動物って…… そんな悪口言われたこともない。だいたい、人間は君たちみたいな—— 悪魔と比べて全部、貧弱なんだよ」
『貴様…… また、悪魔と呼んだな!!いや、今度は—— わざとだな。—— そうに違いない。失礼なやつだ。』
「失礼なのはそっち、先言ったのはゼウルの方だからね。で、僕はどうすればいいのかな」
『ふん、覚えておれ…… まぁいい。我の力をお前に少し渡した状態で、戦ってもらうぞ。体の反射神経や動体視力などは、お前の能力だからな。我のとりたい行動に、体がついてこないのだ』
つまり、僕は魔族の力をかりながら、魔族と戦わなければならないわけだ。自分が戦ってる姿は考えられない。
「ところで、…… 拒否したらどうなるのかな?なんか、強制って感じだけど。断る権利はないよね……」
『当たり前だろう。我の国とお前の世界の問題でもあるんだからな。断ろうなんて—— 考えるなよ。—— 絶対に。そうだ。全てが済んだら、お前の体は返してやる。—— 我が出ていこう。だが、断ったら、お前の魂を消滅させて…… 』
「あぁ…… 協力するよ、手伝う。だから……そんな怖いこと……言わないでよ。やるからね。絶対、約束守ってよ」
『勿論だとも、これから頼むぞリョウ。では、今日はもう休むがいい。腹も満たされたし、明日は忙しいぞ、色々やることがあるからな。さぁ、早く帰って眠れ』
確かに、今日は色々あった。一週間経ってたし、バイトもクビになった。自分の中に、悪…… 間違えた。魔族のゼウルがいることが判明し、そして彼女と共に魔族と戦うことにもなった。これから、大丈夫かな…… 。
『そんなに、気にするな。どうにかなるだろう。ふっふっふ…… この我がいるのだからな』
確かに、考えてもどうにもならない。彼女のどうにかなるに、賭けるしかない。でも、明日が心配だよ。そう考えながら、リョウは家路についた。
…… とりあえず、明日からしばらくは大学休もう。
ビルの上からそんな、リョウとゼウルを見つめているものがいることに本人達は気づいていない。その女は、左手に刻印されている羽根のような紋章を静かに輝かせていた。強く、気高く、そして美しく。
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