爆死ガチャと落ちこぼれ

Sダーマ

第1話

 俺はガチャが好きだ。人生を対価に捧げるほど好きだ。

 ガチャ。それは人間が発明した、容易く人の一生を破壊しうる甘い罠。よくそれは底なし沼に形容される。一度足を取られれば抜け出すのは困難を極める。俺は哀れにも足を取られ、頭の天辺まで吞み込まれた一人だ。

 レアな景品を手に入れるという一時の快楽のために、苦労して稼いだ金も貴重な時間もドブに投げ捨てる行為こそが俺の唯一の生きがいだった。そんな俺に天罰が下ったのは必然のことだったのかもしれない。


「助けてくれー!助けてくれー!」

「ええいうるさい!騒ぐな暴れるな抵抗するな!」


 拝啓、親愛なる先生、そして顔も知らない父さん、母さんへ。俺は今外国人(?)の女の子に拘束されています。どうしてこんなことになってしまったんだ。


 ◇◇◇


 俺は美術品に関する知識も審美眼も持ち合わせていないため、応接間と思われるこの部屋に置かれた調度品の数々に対して、綺麗だなぁとか幾らかかったんだろうとか、そんな程度の低い感想しか出てこなかった。そんな自分に失望感を抱くも、今に始まったことではないと頭を切り替える。そんなことよりも今は自身の置かれた奇妙な状況をなんとかする方が先だ。


「……で、本当にキサマは約定派のスパイでも智慧教団のイカレポンチでもないんじゃな?信じるぞ?」


 そう言って机を挟んだ向かいから訝しげな視線を投げかけるのは、金髪赤眼の美少女だ。右腕が青白い筋繊維をぐちゃぐちゃに束ねたかのような異形であるという点を除けば、精巧な人形めいた冷たい美貌の持ち主である。


「だから、俺はそんな奴らは知らないし、どうしてここに来たのかもわからない。そのなんとか魔法ってやつで俺が嘘をついてないって確認したのは君自身じゃないか」

「それはそうじゃが……」


 魔法。そう、魔法だ。明らかにただの人間ではない少女の存在然り、どうやら俺はいつの間にやらファンタジーな世界に迷い込んでしまったようだ。尤もこの先に待ち受けているのは剣と魔法と心躍る冒険ではなく、血と陰謀と凄惨な殺し合いであるようだが。


「しかしにわかには信じられんのう。別の世界からやって来た客人か。それが真なら実に、実に興味深い……!」

「人体実験とかそういうのは勘弁してください本当にお願いしますこの通りでございます」


 20代も後半の成人男性(スーツ姿)の渾身の土下座が決まる。見た目10代のうら若き少女相手に情けないなどと、笑いたい者は笑うがいい。疑念の色が抜けた彼女の眼に次に宿ったのは獲物をつけ狙う捕食者(プレデター)の色だった。さながら幼子が新しい玩具を見つめるかのように純粋に、獅子が逃げ惑う縞馬を品定めするかのように獰猛に。嗚呼、その真赤な視線の恐ろしさと言ったら!俺は冗談抜きに命の危険を感じた。

 やはり俺が別世界からやって来たであろうことを馬鹿正直に話したのは間違いだったか?そうするより道はなかったとはいえ、ほんの少しだけその選択を後悔した。どうやら彼女は、オブラートに包んだ言い方をすると、非常に好奇心が旺盛な性質であるらしく、俺はそれを大いに刺激してしまったようだ。


「くくく、安心しろ。殺しはせぬよ。キサマは貴重な検体だからのう……!」

「あの、ちょっと?」

「喜べ異界の客人よ!キサマをこの偉大なるリリアン・フォン・ローゼンダール様の初めての召使い、兼助手にしてやろう!光栄に思えよ、わっはっは!」

「ひえっ」


 悲報、俺の人生終了のお知らせ。最初はあれだけ警戒心を露わにしていた彼女も、今ではすっかり俺をモルモットにするつもりでいます。

 別に何かやり残したことだとか、なにかしらのご立派な目的もない。元の世界に帰りたいとも思わない。そんな搾りカスみたいな人間が俺だが、でも、もうこれ以上苦痛を感じながら生きていたくはない。痛い思いをしたくない。


「さっき軽く検査した時からずぅっと気になっておったんじゃ。キサマの中に眠る”力”の種。覚醒させればきっと、わらわを次なる次元へ導いてくれる。わらわを無能となじる奴らに目にもの見せてくれる!」

「わっ、ちょっ、何をする!?」

「安心するのじゃ。キサマはわらわにその身を委ねればよい。なぁに、苦痛は一瞬よ」


 まるで悪役のような台詞を吐きながら、彼女がパチンと指を鳴らす。すると、何処からともなく2体の化け物が現れ俺を無理やり立たせる。青白い肉の塊のような人型の化け物は両脇から俺を拘束すると、彼女、リリアンの方へ向き直る。


「あ、あの、せめて、せめて痛いのは一瞬で終わらせてくれたりは、なさりませんか……?」

「さぁのう」


 悪戯っぽく微笑む彼女は俺の胸に異形の右腕を向ける。手の平に不可視の、悍ましいエネルギーが圧縮されていくのが肌で感じられる。全身が総毛立つ程の暴力的な力の奔流を、俺に流し込もうとでもいうのか。


「やっ、やめろぉ、やめてくれぇっ!」

「さぁ、解放せよ……!」


 俺のみっともない悲鳴を無視し、ついに嵐の如きうねりをまとった彼女の右手が胸に触れる。


 一瞬の静寂の後、全身が沸騰したかのような熱量が全身を駆け巡った。


「ぐっ、がっ、あああああああああああっ!?!?」


 まるで全ての血管の中身が煮えたぎるマグマに置き換わったようだった。体の細胞の一つ一つを残らず、丹念に、執念深く灼き潰し溶かされていく。体液が蒸発し、内臓が溶け、骨が焼け焦げ砕ける。

 正しく地獄の責め苦としか形容できない苦痛をたっぷり味わわされた俺は、ついに耐え切れず意識を手放した。

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