第22話 背負うもの
地面に出たら、ドラゴンの開けた地下への入口はどこにもなく、普通の地面に戻った。ヨハンネスという名のドラゴンは依然としてそこに眠っている。イナリンがいないから、彼が何を考えているのがわからないが、笑われる気がした。
このいかにもロボット的な体は限った表情しか出せないが、ドラゴンの期待している無様な表情がバッチリと思う。
内心はとにかく曇っている。無力感を解消するためにヨハンネスのところへ来たはずなのに、より一層無力となった。
今なら痛感した。知らない方がいいことは本当に存在するのだ。
イナリンが私に残してくれたロボット用のバッテリーをポケットから取り出して、歩きながら二野の言葉を考えている。
二野は31世紀の使用したエネルギーはドラゴンと契約したことによって得たものと言った。さらにシュファニーからもらった詳細によると、例のエネルギーは魔力のもう一つの形式ということがわかった。魔法を使うと、魔力が消耗するが、魔法のために使うのではないのなら消耗しないらしいから、そこを狙って、魔力をエネルギー化した。要するに、このエネルギーは、
——魔法使いの命で作った産物だ。
二野の言った、私を殺したのも、救ったのも彼女である云々は確かにちょっと風刺なのかもしれないが、そんなの正直どうでもいいのだ。
自分の生は魔法使いの死ということから受けたダメージがもっと大きいから。
「何ってことだ……」
直接ではないが、アンドロイドとして生きることをあきらめない限り、私も加害者じゃないじゃないか?特に、事実を知った今、生きるだけで罪を犯した気分だ。
これからの
何もなかったのように暮らしているのがあまりにも図々しいけど。とはいえ、今すぐ
そこで、イヴァンの屋敷に戻った時やっと考え出した結論はこれだ。
「わたくし、早苗ミヨは、訳あって、今日から正式に魔法使いから退職して、これからロボット業一本で集中します」
庭に入った途端に、ちょうど出かけようとしたイヴァンに出くわした。十中八九私を探しに行くのだろう。イナリンが慌ただしくイヴァンの後ろについている様子から見ると、恐らく厳しく問い詰められたのだろう。
本当に悪いことをしたのね。私。
「本当に毎回毎回、森から戻る時どっかがバグらないと気が済まないんですね」イヴァンは一息をついた。私を見た時の安堵がすぐ呆れた感に塗り潰されたようだ。
「イナリンは君が地獄のような場所に入ったと言いました」イヴァンがそう言って、イナリンが隣で強く頭を頷いた。
「そんな大袈裟な。ただ二野アリーナに遭遇し、とんでもない事実を知っただけだ」私はあえて平然そうな顔で述べた。
「その言い方、省略しすぎたと思わないですか?」イヴァンはいつものようにツッコミしたが、少しは私の機嫌悪さを察したようだ。
再び一息をついて、イヴァンは「とりあえず中に入りましょう」と言った。
私はただ無言のまま頷いた。
加賀美さんはまだ戻らないので、イヴァンは自らお茶を入れて、簡単なお菓子を用意した。
「森で何があったのか、詳しい話を聞かせてもらえますか」イヴァンは三人分のティーセットをテーブルに置いてから口を開けた。
「それは——」
私は二野との話を含めて、その後シュファニーから聞いたより詳しい話をイヴァンとイナリンに教えた。
しばらく沈黙が続いている。イヴァンは情報を整理しているみたい。
「なるほど。要するに、君が排除された後、二野アリーナは全世界の魔力の再分配を図りました。彼女はまず次から次へと魔法使いたちを捕まって、彼らから魔力を奪い、学習派の勢力を一定の程度に拡大しました。そこで、トラブルが発生して、この世界から魔法使いが生まれてこなくなりました。それを知った二野アリーナは他の予測不能な事態を防ぐために、早くも2635年に大規模の再分配を行ないました。ところが、魔法使いたちの秘密の反抗によって、魔力は使い物ではなくなりました。それでも、消耗品となった魔力は人間にいくつかのメリットをもたらしたため、それを消えてなくならないように、二野アリーナは魔力を引き続き循環するようドラゴンと一緒に魔力のサーキュレーターとなりました。また、そうする前に、学習派の人、いわゆる当時現存の魔法使いたちから魔力を回収し、エネルギー化して、科学に貢献をしました」
「何か貢献?あの野郎を褒めないでくれる?」私はイヴァンのわかりやすいまとめを遮った。
「褒めるつもりはないが、彼女が魔力をエネルギー化したため、アンドロイドだけではなく、今この世界を支えているあらゆるインフラ設備に莫大な変革をもたらしたから、あくまでその結果に対して、貢献という言葉を用いただけなんです」
「いや、だから彼女のやっとことをそんなにポジティブに言わないでよ!そんなの罪人の償いのような程度のものだけなんだから」私は強く抗議した、「それに、アンドロイドたちを発展するのも、人間を苦労させたくないから、大量の奴隷が必要という発想だよ、ひどくない?」
「まあ、科学の発展は常に人間の便利の上に立ちますね」イヴァンは少し苦笑した。
「笑う場合じゃないだろ!ちょっとは怒ってよ!」
「でも、実際に奴隷になって酷使されたことはないですね。確かに一時人間の雇員的な立ち位置にはいたものの、自らの福祉のために平等的な世界を推進して今のような社会に至りました」
「ほら、ちっとも二野のおかげじゃないだろ!イヴァンたちの努力なんだから!」
二野のやっとことは確かに世界が今のように発展してきたきっかけにはなったかもしれないけど、31世紀を形作る本当の人としてはどうしても認めたくない。悪事が奇跡的な結果をもたらしたことを褒めるなんて、そんなの理不尽だから。
「しかし二野アリーナは魔法使いなのに、人間のためにそこまでした理由は何でしょう?それに、魔法使いが大嫌いという発言もどこか違和感が感じますね」
さすがイヴァンだ。すぐ問題点を掴んだ。二野の仕業を知ったが、本当の動機が見えない。でも、たとえどんな理由があっても、彼女の所業は決して許されるものではないのだ。
「まあ、概ねのことはわかりました。それで、ずっと魔法を取り戻したいうちの大魔法使い早苗ミヨさんはなぜ魔法を放棄するのですか?」
子どもを宥めるようにイヴァンは改めて聞いた。
「二野のやつが言っただろ。魔法は本当に戻ったのではない、私はただアンドロイドのエネルギーを消耗したのだ。それを使い切った時私が死ぬ」
「理由にならないですね」
「なんで?」
「確かにコアにあるエネルギーを使い切ったら体を動かすことができないが、それはチップを取り出して、別の体に付けたら済む話なんでしょ?」
「そんなの……できない」
「なぜですか?」
「……だって、このエネルギーは魔法使いたちの残った大切なものだから、無駄に消耗するような真似はできない」
「そうしたら尚更気にする必要がないじゃないですか」イヴァンはちょっと困惑な表情を表した。
「どういう意味?」
「このエネルギーを使ったらどっかの魔法使いが死ぬのなら話は別だけど、 魔法使いたちはもういないでしょ。死んだ人はそんなことを気にしません。そんなことのためにわざわざ魔法を放棄するなんて無意味とわたしは思いますが」
「はあ?何でそんな非道なことが言えるの?ああ、わかった。イヴァンたちはこの状況に恵まれた者なんだから、でしょ?」イヴァンの発言を聞いて、急に頭にくる。
「わたしはただ使えるものを使わないのがもったいないと言ったまでです」
「もったいない?」
「この状況は君のせいじゃない。無理に罪悪感を背負う必要がないです」
「背負うのさあ。背負うに決まってるんじゃん!なんでわからないの?冷血なロボット!ポンコツ!」
小学生レベルの罵りしか発せない自分がちょっと恥ずかしいんだけど、感情が理性に上回ったせいで言葉が却って出てこなかった。
「アンドロイドはそもそも血を持っていません。ゆえに冷たくも熱くもありません。そして、君が忘れたみたいだから改めて言います。今の君はアンドロイドなんです。わたしはアンドロイドだから人間の感情が理解できないと主張したいのなら、今君のこの感情もあくまで一枚のチップで再生した人間の残存的な意識から由来した錯覚と言えるでしょ」
「それ、本気で言ってる?」
「わりと」
「もういい、わかった。あんたとなら分かり合えると思う私がバカだ。どうせ私はただ人間の残った意識だけなんだから、ほっといて」
私はそう言いながら、勢いで外に出ようとしたが、イヴァンはそう簡単に私を逃してくれなかった。
「本当は別の理由あんでしょ」海のような青い瞳がすべてを見抜いたように、私を見据えた。
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