第15話 魔法は天下のもの

 (あれは……私?)


 目の前に今ミヨになる前の自分——元ミヨがいる。元ミヨは見覚えのない廊下でこそこそ何やっている様子だ。


 (これはいったい?)


 声が出られない。その前、自分は実体がないことに気づいた。ということは、自分はただの意識そのものである。


 この感覚から推察すると、どうやら、自分はとあるメモリーの中にいるらしい。しかし、目の前のことについて、何の覚えもない。


 (あれ?私は確か、ドラゴンの焔に……)


 元ミヨはある部屋の外に止まった。彼女は人差し指でドアノブに軽くタッチして、青い光が錠の穴に入って、ロックが解除された。


 (魔法だ!……いや、当たり前か)今ミヨになってからずっと魔法と無縁の生活をすごして、魔法のある自分を見てついテンションが高まった。


 「ふふ、チョロすぎ」元ミヨは得意気に言葉をこぼし、部屋に入った。真っ暗な部屋だ。指パッチンして、部屋のでんきを点ける。


 そこで、テンションが一気に下がった光景が見えたのだ。


 「何これ……」

 (何これ……)


 ほぼ同時に、元ミヨと私がそう言った。外から見るよりずっと広い部屋の中に、何百人が床に仰向けの姿勢で並んで、焔に包まれている状態で寝ている。


 本物の焔とはちょっと違って、光替わりになれないし、手を少し焔に接近しても、熱気を感じない。これは魔法の作った焔だった。


 「みんなの魔法が……」元ミヨが驚愕きょうがくのあまり、話が途切れた。


 元ミヨが言いたいのは、みんなの魔法が徐々に消えていく。なぜ知っているかというと、人を覆った赤い焔の中に、青い光が断続的に光っているのが見えた。あれは魔力が人々の体から外へと吸い取られた証拠だ。


 元ミヨにとってこれは一度も見たことのない魔法だ。焔はみんなの魔法を奪うことがわかるが、その原理にはわからなかった。しかし、私は一瞬でわかった。多少差があるが、私はまさに今、同じようなを受けている。思わずゾッとした。


 なるほど、学習派の魔法はどこから来たのかとずっと考えてたんだけど、そういうことか。


 ——許せない。


 他人から魔法を奪うなんて、こんな恐ろしいことが許されるわけがない。


 早くこのことを……


 部屋の外から足音が聞えた。人が来る。アイツら……とつい歯を食いしばった。とりあえずでんきを消して、カギを再びかかった。そのまま通りかかったのはベストだが、万が一の場合に備えて、私は先に手を打った。部屋内の一隅で横になって、仮の焔を作って自分を包んだ。


 このまま逃げ出すのもいいが、もし運よくここでバレないのなら、もっと調べたいことがある。確かな証拠がない限り、学習派を取り締まることが難しいと思うからだ。ここ最近、彼らの勢力せいりょくはどんどん大きくなって、他のコミュニティcovenは極力関わりたくない様子ばかり。みんなを動かすには、私みたいな若い魔法使い一人の言葉じゃ足りないのだ。


 事実、私は何度も学習派を調べようと提言したが、誰も乗ってくれないのだ。一人でここに潜り込んだのは軽率だったが、こんなことを発見した以上、そうする甲斐かいがあると信じている。


 足音がドアの前に止まったが、誰にも入ってこなかった。とはいえ、離れた足音も聞こえなかった。向こうは何を企んで——!


 と思った途端、足がふっと捕まれた。そして逆さまの状態で一気に宙に上げられた。何だこの怪力!


 「捕まえた」と、男の声がした。指パッチンの音の後、室内が一気に明るくなった。


 「ドアを開かずとも入れるよ、バカだね」

 

 彼はドアの隙間をちょっと指した。変身の魔法か!油断した。


 「てッめぇ、放して!」


 「いいよ」と言ってそのまま放した。突然すぎて、地面に強くぶつかった。さすがに痛かった。


 「くッそ……」


 私は怪力男を睨んでいる。


 「口汚いね。勝手に人んちに入ってよ、謝り一つもできないか?」


 「謝る?私か?笑わせんなよ」私は立ち上がって、向こうの襟を強く引き締めた。


 「まず貴様がここの人々に謝れよ!早くこのくそ魔法解除しろ」


 「それはできない」男はニコニコしながら、私の手を振り払った。


 「皆さんは世界をよりいいところになるためにここに集まったんだ。謝りはしないが、感謝はするよ」


 「頭おかしいじゃねぇか」


 「貴女あなたこそ、目先のことしか見えない、世界のために自分のなすべきこと少しもわからないね」男は笑顔を収めて、目を大きく開いて、口が多少歪んでいる。


 「そこまでです」と、部屋の外から女の声がした。


 左右から一人ずつ手で支えられて、若い気品の高い女が部屋に入ってきた。


 「二野様!」怪力男は慌てて後ろに下がった。


 なるほど、これはあの有名ななのか。想像とは違って、そのか弱い姿からいつ倒れてもおかしくない印象が見うけられる。


 「早苗ミヨ様」彼女はなぜか私の名前を知っている。


 「……」


 「うちのモノが失礼しました」


 「お世辞は結構。早く魔法を解除しろ」どんなに文明ぶっても、魔法を解除しない限り、悪党である何よりの証だ。


 「これはきっと何かしらの誤解かと思います」二野アリーナは上品な笑みをこぼし、「ここにいる皆さんはすべて我が学習派の立派な一員です。わたくしはただ彼らの意志を尊重して、彼らの望んでいることを叶えてあげただけです」


 「ばかばかしい。それはどんな望みとでもいうのだ?」


 「魔法を天下のものにしよう」彼女の笑みはさらに輝かしくなった。


 「ふざけんな……あれはあんたの望みだろ!仲間を利用してるなんて、最低なクズ野郎な」


 「あら、本当に口汚いですね。利用なんてとんでもございません。これはみんなの本望ですから」


 少し斜めに向いて、目で合図をしたら、外からさらに二人が入って来て、おまけに怪力男が後ろに虎視眈々こしたんたんしている。


 「さて、早苗ミヨ様には二つの選択肢をご用意しております」


 「何で私の名前を知ってんの?」


 「まず、我が学習派の一員になり、世界のためにその素晴らしい魔法を捧げましょう」


 彼女は私の質問を無視した。


 「このご立派な組織カルトの一員になるのはごめんだ」


 ここまで至ったら、すべてが明らかだ。学習派は間違いなく訳アリの組織、いわゆるカルトだ。そして二野アリーナはその教祖である。こんなところ、一歩も踏み込みたくない——すでにド真ん中に踏み込んだけど。


 「それでは、我が学習派の一員にならずに、世界のためにその素晴らしい魔法を捧げましょう」彼女の笑顔は上品のものから、無邪気な子供が悪戯しているようなものとなった。


 「何か二つの選択肢だ。ほぼ同じじゃなぇか、このくそばば」思わず白目をむいた。


 「ひどいなあ、ばばはないでしょ」彼女は傷つけられたように、犬のような目つきをした。


 「あんたのその若返りの魔法をすでに見破った。人の魔法を奪いやがって、こんなくだらない魔法のため?見てらんない」


 「ほら、時間稼ぎしないで、大人しく降参しな」


 「ただの時間稼ぎじゃねぇ、バぁカ」私は鼻で笑って、次の瞬間地面から穴が開いた。私の作った瞬間移動の魔法だ。これをするには脳内でルートを正しく描かなければいけないから、少々時間をかかった。何しろ、ここはこの建物のかなり深いところだ。


 ところが、予想とは違って、私は建物の外には行かなかった。知らない廊下で立っている。


 「無駄ですよ。この建物に入るのは簡単だが、わたくしの許可なしには離れないのですぅ」後ろから二野アリーナの声がした。


 くそ、建物自体が魔法にかけられたんだ。


 振り向いたら、二野アリーナがこっちに向けて輝かしく笑いながら、手を振った。

まるでサヨナラを言ったように。


 次の瞬間、赤い焔が廊下に現れて、襲いかかってきた。さっきの部屋で見た焔とは違って、こっちのものは遠くからでもその熱気が感じられる。心拍数が物凄いスビートで上昇して、行動を促す。


 でも……


 「どうしたら……」


 もう考える時間すらない。肌に這い上がっているとてつもない熱さと痛みが……ない?


 意識が急に真っ二つに戻って、私は元ミヨであると同時に今ミヨでもある。元ミヨが二野アリーナの焔に包まれたように、今ミヨは今ドラゴンの焔に包まれた。元ミヨは人間の肉体だから焔に耐えることができないが、今ミヨはアンドロイドで、エネルギーが全部吸い取られるまでまだ考える余裕が残っている。


 元ミヨの苦しんでいる姿を見て悔しくてたまらなかった。助けてあげたい。自分を。


 意識が二つの体中に行き来しながら、私はそっと手を上げて、


 「やめろ!!!!!」と叫んでいた。


 そして、今ミヨに包まれた焔から奇妙な感覚がした。


 ——これはまさか……魔力!?


 本来吸い取られるはずのものがなぜか逆流して、今ミヨの体に注ぎ込んでくる。


 ——今ならいける。


 自分を助けることができる。


 「行ッけ!!!!!!!!!!」


 私の手から青い光が強く光って、焔を丸ごと覆って、その赤色を乗っ取った。青色になった炎がドラゴンの方へ返し、力強くぶつかった。その瞬間、青い光の帯びた衝撃波が放射され、輪のように森全体に拡散していく。


 ドラゴンは悲鳴もあげず、地に倒れている。

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