第13話 ロマンス

 林太郎は子どもの方へ真っ直ぐ駆けつけた。私とアカサは少し視線を交わしたあと、林太郎の後ろを追っかけた。

 

 「林太郎」アカサは後ろから林太郎を引き止めた。


 「私が先に見ていきます」


 もし私とアカサの考えは正しかったら、いくら心が頑丈とはいえ、一般人がを見て多少の衝撃は受けるはず。もちろん私も含めて。もしだったら、近づけるのはかなり抵抗がある。


 だからアカサの優しさを受け止め、一旦彼女に任せた。


 林太郎もアカサの言動から不穏な気配を察して、足を止めた。少し遠いところで、アカサの偵察を見守っている。


 「よかった。アンドロイドです」アカサがそう言うのを聞いて、私と林太郎はほっとしたように息を吐いた。


 ——アラームは一旦解除。


 でも、そこに倒れていて動かないというのは、電源が切れたということだ。そこがおかしいのだ。なぜなら、イヴァンの言うには、アンドロイドの電源は切らないはずだ。


 私がそのことを聞いたら、

 「恐らく何かの故障なんでしょ」とアカサが言った。


 彼女も原因がわからないようだ。


 「しかし珍しいなあ。子ども型のアンドロイド、今はほとんど見ないなんじゃないの?」林太郎は考え込んでいる様子だ。


 そう言われてみれば、私も確かに今まで子どものアンドロイドを見たことがない。


 「何でいないの?子ども型のアンドロイド?」


 「えっ、なんでだろう……俺にもよくわからないね。生まれる前の話だったから」私と林太郎は自然に視線をアカサに寄せた。


 「サービス停止されたのです」そして、期待通り、アカサはその原因がわかっている。


 「子ども型アンドロイドはいわゆる旧モデルです。当時はベビーシッターのような役割でお子様のいる家庭内に導入されています。最先端な思考機能が備えないため、我々最新型アンドロイドが誕生した後、間もなくサービス停止が発表され、次から次へと世から姿をなくしてしまいました」


 アカサがそれを言った時、私は思わずゾッとした。


 話を聞けば、当時、アンドロイドはまだ人間の支配下のようだった。いらないと判断されたら、すぐさま存在が消されるのだ。よく考えれば、私はその時代のアンドロイドでなくてよかった。


 アカサは子どもに覆った土や葉っぱを優しく振り払ったら、林太郎はちょっと驚いたように、あっという声をあげた。


 よく見たら、その子どもには、なんとキツネの耳が付いている。


 「はじめて見た。獣耳のアンドロイド!」


 「お子様とペットのおられる家庭に特化したバージョンですね。何も動物とコミュニケーションを取ることができるらしいと聞いていました」アカサは早速脳内のデータベースで資料を調べた。


 実際にコミュニケーションが取れるかどうかは知らないとアカサが補足した。


 「この子の資料はあるか?私みたいに、その身分証明ってやつ?」


 「あいにく、旧モデルの資料が存在していません。旧モデルのほとんどはすでに消滅されたから」


 よくもそんなに平然的に「消滅」という怖い響きの言葉を言うのね……


 アンドロイドは人間の90パーセントの感情を理解している。残り10パーの差はこうやって、時々浮上ふじょうする。


 「とにかくイヴァンのところに連れていきましょう」アカサが言った。


 「イヴァンのところ?」


 「はい、彼は医者ですから」


 急に前イヴァンの話したことがよみがえった。あれが本当だったの?でも、私の記憶では、彼はまったく医者らしい仕事をしなかった。毎日読書三昧の人生をすごしている。さらに今は魔法のデータベースを作ろうとしている。全然医者とは関係ないじゃない?


 いや、待って。


 そういえば、今ミヨになる前に、イヴァンは確かに毎日私に壊されたパーツを修理していたのね。医者というのは、アンドロイドの医者なのかな?


 ——ところが

 「何でアカサがそれを知っているの?」


 私の知った限り、林太郎と出会う前に、イヴァンとアカサはお互いのことを知らな

いはずだが……もしかしてそうじゃなかった?


 「前短い間に付き合ってましたから」アカサはさりげなく驚いた事実を言った、「それに、厳密的にいうと、すべてのアンドロイドはお互いのこと知っていますから」


 「つ、つ、つ……つき」林太郎の脳はしばらく故障したらしい。


 「林太郎、落ち着いて!!」


 やれ、やれ、後半部分だけ言えばいいじゃないか?


 「俺、そんな話全然聞いてないぞ!」


 あっ、意識が戻った。


 「もう2百年前の話だから、特に言う必要がないかと思いました」アカサは戸惑った顔をした。


 2百年前?!何このリアリティのない数字だ。大袈裟の言い方だと一瞬思ったが、アンドロイドの寿命から考えたら、全然ありだね。つまり、2百という数字はただの誇張法こちょうほうじゃない可能性が高い。もし本当にそうだとしたら、確かにいうかどうかは微妙だね。


 どうしよう。


 私は今、すごく気になることがある。林太郎の心臓のために、この場では聞けないが、いったい誰か誰に告ったの?そこめっっっっちゃ気になる。


 「まあ、でもあの付き合いは実験のようなものですね」アカサは言いながら、子どもを背負った。


 決して、林太郎が拗ねているから、力仕事を私たちに投げてしまったんじゃない。アンドロイドは外見よりずっと重かったから、一般人に背負わせるのが無理な話だ。体格のいい林太郎でさえもそうだ。


 「といいますと?」


 興味津々の態度を何とか隠して、さも冷静沈着に続きをそれとなくうながした。


 林太郎にはお気の毒だが、私はそのことをめちゃくちゃ聞きたい。


 「当時イヴァンはアンドロイドの感情について研究していました。だから私に人間のように付き合ってみないかって提案してみました」


 そうきたか。


 まさかあのイヴァンはこういう方法を選んだのね。下心見え見えだよ。相手は天然アカサじゃないのなら、すぐバレただろ。


 下手くそだね……


 林太郎の顔もそう言っている。まるで「何か研究なんだよ」って、完全に下見されたのね。


 「それで?」


 「正直、思ったよりつまらなかったですね」アカサはちょっと眉を寄せて、微妙な表情をした。


 言葉という名の凶器はいつも何の前兆もなく突然に訪れた。イヴァンはここにいなくてよかった。


 当然、林太郎は浮かんでいるが、意地でわざと顔を背けた。


 「つまらないの?」


 「そうですね。イヴァンは毎日ガゼボで読書していて、私はその隣でオペラを歌ってました。ただそれだけだったですね」アカサは本当にそれ以上のこともう思い出せないみたいな顔。何もかも覚えているアンドロイドにとって、回想すら面倒くさく思わせるのなら、本当にだいぶつまらない記憶なのだろう。


 ——イヴァン、お前マジ下手だなあ。


 マジ何やってんの?


 まあ、でもおかげさまで私は今推しカップルをおがめることができたから。そこには感謝する。


 「林太郎といる時のほうがずっと楽しかったですね」アカサが何か思い出したように、ふと笑顔を出した。


 「だろ!」それを聞いて、林太郎が沈黙を保てなくて、つい声をあげた。


 「そう考えると、付き合うとか全然必要ないですね。今のままで楽しいですから」アカサはまた何かを悟ったようにスッキリした顔をしている。


 ——アカサ、やめて!


 救い上げらればかりの林太郎はすぐさま失恋という海に沈んでしまった。


 このままの状態でイヴァンのところに行ったら、修羅場に突入してしまって、イヴァンが抹殺されたかもしれない。先に注意のメールでも送ろうか?


 とあれこれ考えた時、突然ゴゴゴゴゴゴゴという地鳴がして、大地が大きく揺れている。


 「地震か!?」


 「違います。速報がないです」アカサが警戒して、周りを見ている。


 「これは何か大きいものが地面に落下した現象に近いです」


 そしてまた地鳴した。


 ——接近アラーム、衝突まで:10秒


 私たちの行く方向から、樹木が倒したような音がして、どんどん接近している。


 アカサのところにもきっと同じアラームが届いたはずだ。

 

 「一旦逃げましょう」アカサが指示を出したと同時に、子どもを私にあずけた。その意図はわかっている。


 次の瞬間、私が獣耳の子、アカサが林太郎を持ち上げて森の中にハイスピードで走り出した。


 ——接近アラーム、衝突まで:10秒


 もう随分とスピードアップしたが、謎のものとの10秒の距離はずっとあけられない。目の前に突然に空き地が現れた。正確にいうと、また森の中だが、その場所だけ周りの樹木がすべて倒れていて、一つ広々とした場所を作った。


 私たちがそこに着いた時、接近アラームがふっと止まった。でも、気配はまだある。何かを待っているように、しばらく森の中に潜伏せんぷくしている。


 これでやっと思考の時間があったと思いきや、周囲をよく見たら、たくさんの人、いや、たぶんアンドロイドがさっきの獣耳の子のように、地面に倒れている。


 「何これ!?」


 その光景はまるでのようなものだ。

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