RDW+RTA +SDTG(T―SIM) ~鈴木の育てゲー(育成シミュレーション)~

相生蒼尉

1 プロローグ 鳳凰暦2020年4月19日 日曜日 小鬼ダンジョン 1層ほか


 本当に、どうすればいいの……。


 小鬼ダンの1層を折り返して、ペアの酒田さんと歩きながら、あたし――高千穂美舞は、答えの出ない自問自答を繰り返していた。






 本来なら基本となるパーティーは4人だ。これにはいくつか理由があるけど、一番は、ボス部屋に同時に入れる人数が4人だから、というもの。

 しかし、国立ヨモツ大学附属高等学校ダンジョン科は、ひとクラス35人。4人パーティーを組んでいくと、最後にひとつ、3人パーティーとなる。

 命を懸けるお仕事であるダンジョンアタッカーにとって安全面は最優先。基本的に、3人より4人の方が絶対に安全だ。だから、クラスにひとつだけの3人パーティーなんて、そんな立場になりたがる人はいないか、いても少ない。


 本当なら、それは他人事になっていた、はずだった。

 それが他人事ではなく、自分事としてあたしに降りかかってきたのは、あたしの入試の順位が附中37席になったから。


 ヨモ大附属高は各学年4クラスで、附中出身者は48人。各クラスに12人ずつ、1組から成績順に割り振られていく。

 附中37席のあたしは、1年4組へと割り振られた。それだけなら、まだ良かった。

 問題は、附中37席は、4組の附中首席になることだった。そして、各クラスの附中首席は担任から学級代表に指名されて、附中出身者が外部生をサポートする初期パーティーの編成を進めなければならない、という伝統がある。


 それが附中首席で、かつ、1組附中首席となるモモ――平坂桃花のような人なら、クラスの人たちに話を通せるかもしれない。

 だけど、あたしは附中37席であって、4組では附中首席と呼ばれても、実力は他の4組の附中出身者とほとんど差もなく、推薦入学者が相手だと運動能力でも劣っている可能性があった。

 あたしにはモモのように、クラスの人たちに話を通せる訳がなかった。たまたま附中生の37番目だっただけのあたしに、リーダーの素質や才能があるはずがない。


 どうして、成績優秀者を均等に分けずに、上位から割り振るのか、と心からヨモ大附属高の仕組みを恨んだけど、あたしごときに制度改革ができる訳がない。


 それに、常に順位付けされて生きていくダンジョンアタッカーを目指すのなら、今からこれを受け入れろ、というヨモ大附属高の方針は、あたしも仕方がないと思っていたはず。このポジションになるまでは。


 結局、学級代表として、クラスの人たちに相談してパーティーを決めようとしてみたけど、あいつは嫌だ、こいつはやめろ、と、わがまま放題で手に負えない。

 あたしの苦しい立場を理解して、協力してくれるかもしれないと思っていた附中生でさえ、そんな感じだった。


 そもそも附中ダン科出身者はエリートかのように言われているけど、附中生が中学時代にダンジョンへと入るのは、夏休み前の初ダンとなるゴブイチを除けば、どの学年でも夏合宿と冬合宿だけなのだ。

 まるで中学3年間ずっとダンジョンに入っているかのように勘違いされているけど、事実は違う。


 確かにスタート時点の今は有利かもしれないけど、そのリードは1か月半程度のもの。それに、今と中1の時とでは体格からしてもはや別人で、4組所属のあたしたちなら、高校生として初ダンを迎える外部生にすぐに追い抜かれるような、その程度の差しかない。

 実際、あたしは学級代表なのに完全になめられている。

 それどころか、学級代表として口うるさく言うので嫌われてすら、いる。あたしだって好きでやってるんじゃない。できれば代わってほしい。

 うまくいかないクラスのまとめ役という立場に困ったあたしは、附中の1年生の時、いろいろなところで助けてくれたモモを頼った。努力家のモモのことは尊敬してるし、モモを頼ることに迷いはなかった。


 外部生の初ダンとなるゴブイチの終わりにクミ――外村久美子に声をかけて、モモのところへ行った。


 特に、4組の附中生が誰も受け入れようとしない、補欠合格者で、入学時の順位が学年最下位だと確定している岡山さんをどうするべきか、相談したかった。


 岡山さんは入学式が終わった後に倒れて保健室へ運ばれ、そのまま寮の自室で休養、翌日も欠席して、クラスの親睦会となったファミレスエンドレスドリンクバーパーティー――4組の附中出身者にはカラオケのようなお高い親睦会を開くと月末支払不能による退学が近づくので、外部生をファミレスへ誘った。ちなみに1組はカラオケだったらしい――にも当然、不参加。

 このゴブイチには参加したが、ここでパーティーを決めるとは思ってなかった……いや、そのことを知らなかったようで、終わって探してみると既に姿を消していた。前もって話しかけなかったあたしが悪いとは思うけど……。


 そんな思いをモモにぶつけて相談した。


「私は、1組の一般最下位と転科最下位との3人パーティーで予定してたけどねー。それをミマちゃんにもやりなよとは言えないかなー。あ、それに、1組はね、ソロがいいって言い出した人がいて、いろいろあって、結局、私も3人パーティーじゃなくて4人パーティーになったし。ただ、学級の附中首席で学級代表になってしまったら、附中生が最初はサポートするって伝統は、やっぱり守らないと」

「そうよね……」


 あたしはあきらめの境地で、モモのように最下位二人とのパーティーを組むことにした。






 ところが、その夜。

 寮の自室でそろそろ岡山さんを明日のダンジョンに誘いに行くか、と思っていたら――。


「ちょっと、美舞。アンタのクラスの、なんていったっけ、あの倒れた補欠の子。先輩がギルドで見たって言ってたけど、ゴブイチの後、小鬼ダンに入ったらしくて、そこで武器ロストしたって! ショートソードで5万円のロスト! 気合が空回りし過ぎでしょ!」


 附中の頃から成績が似たような位置にいて仲がいい3組の五十鈴――伊勢五十鈴があたしの部屋に入ってきて、岡山さんの噂を教えてくれた。


 武器ロスト。それは武器破損と並んで、ヨモ大附属高のダン科の生徒にとっては恐怖の象徴。レンタル武器は無料で借りられるけど、それを壊したら半額弁償、失くしたら全額弁償となる。


 そして、ヨモ大附属高のダン科は、『ダンジョンで稼げぬダンジョンアタッカーになるべからず』という科訓があって、毎月、来月分の寮費五千円と生徒会費千円が月末に支払い不能になった場合、退学になる、という厳しさがある。

 もちろん、それ以外にも修学旅行費など、支払うべきものが増える月もあるから、本当に退学になる可能性がある。その月に向けてしっかり貯金して、プリペイド機能があるダンジョンカードの利用は計画的に行うよう、ガイダンスブックには書いてある。


 レンタル武器の破損やロストの弁償は、その月末支払に追加されるので、普通は親が最初に入金したお金があるから退学にはなりにくい4月であっても、今は稼ぎも少ないため、武器ロストで5万円の支払いとなったなら、まず間違いなく――。


「先輩、史上最速の退学RTAって言ってた。4月末の退学者は、ヨモ大附属ダン科創設以来いないって。その子、終わったね。かわいそうだけど……」


 あたしはその子が自分のパーティーメンバーになる予定だと、五十鈴に言えなかった。


 そこからあたしは考え続け、悩み続けた。

 ――どうせ、退学になる子じゃない。もう、関わらなければいいだけ。

 ……自分の中に、そう囁く自分がいる。

 ――退学になるとしても、パーティーメンバーはペアの2人より、3人の方がいい。どうせ、退学は避けられないんだから、4月の間はその子のこと、利用すれば?

 ……もっとあくどいことを考える自分がいる。

 ――メンバーにしてどうするの? あなたが退学にならないように一緒に頑張るからって、そんな偽善を口にする気なの? できもしないのに。

 ――偽善を口にしてでも、2人より3人の方がいいに決まってるし。あの子だって、ソロよりは可能性があるかも。退学にならない可能性は小数点以下だとは思うけど。


 頭の中で、あたし自身が醜い議論を繰り返す。悩み疲れたあたしは寝てしまって、その夜のうちに岡山さんのところに行けなかった。正直、行けなかったのか、行かなかったのかは、あたし自身にもわからない。






 翌朝、痛む頭を触りながら起きたあたしは、食事の前に岡山さんを誘おうと考えて、岡山さんの部屋へと向かった。偽善だろうが、何だろうが、岡山さんにとってもソロよりはマシなはず。あたしにとって3人パーティーはペアよりはマシだ。そう割り切って、余計なことは考えずに、岡山さんを誘う。


 ところが、ドアをノックしても無反応だった。

 まさか、ショックで引き籠ったとか――。

 あたしは強めのノックを繰り返した。するとそこへ、隣室の子が食堂から戻ってきた。同じ4組の子だ。


「あー、その部屋のあの子ねー。なんか大変みたいだね。朝イチでごはん食べて飛び出して行ったみたい。必死にもなるよね……あたしも気を付けないと……」


 それを聞いて、ああ、一人で行ってしまったんだ、と、どこか安心している自分に気づいて、あたしはまた苦しくなった。


 そこからは4組の附属普通科からの転科組で最下位の酒田あぶみさんと一緒に寮を出て、小鬼ダンへと入った。ペアアタックだ。


「……岡山さん、なんか、大変みたいだね」

「そうね。朝、誘いに行ったら、もうとっくに出てたみたい。あせる気持ちは痛いくらいわかるけど。明日、また、誘ってみようと思う」

「……何て声かければいいんだろ?」

「ほんと、それ、悩む……」


 あたしと酒田さんは、そんな悩みを共有した。それが岡山さんの悩みとは比べものにならないくらい小さな悩みでも、悩むのは苦しい。


 二人で1匹ずつ倒して進み、5匹ずつ倒したところで折り返す。帰りも1匹ずつ倒していき、合計9匹ずつ倒し、魔石は9個ずつ、等分した。酒田さんはあたしがタンクをして、あたしは単独戦闘で倒した。


「……あんなにサポートしてもらって、高千穂さんと半分ずつは、ちょっと心苦しいかも」

「まあ、そういうものだから、これは」


 あたしはそう答えながら、頭の中で、ゴブリン9匹という、ぎりぎりの数になったことを怖れていた。

 思い出し、頭に浮かぶのは、倒れて、呼吸もままならない、まだ小さなモモの姿。中1の夏、初めての夏合宿での、初日の出来事。今では附中首席として輝かしい存在のモモがまだ中1で、スタミナ切れになった時の記憶。

 ――明日は、4匹ずつで折り返そう。

 そう結論を出して、酒田さんと並んでギルドへと歩く。


 ……ギルドを出たら、酒田さんに断って、ソロで少し、入った方がいいのかも?


 あたしだけなら、まだダンジョンで戦える。でも、酒田さんは初心者だ。自分が世話されてることは理解していても、それをまざまざと見せつけられるのは、どうだろう?

 あたしがタンクだったとはいえ、確実に自分で倒した数の魔石でさえ、受け取るのを心苦しいと言った子だ。あたしがまだダンジョンで戦えるのに、自分のために時間を使ってると、はっきりとわかるように見せつけるのは……。


 あたしはそのまま、酒田さんとギルドへ行き、さらには訓練場で武器の扱いを練習して、学食で昼食を一緒に食べた。


「おい、昨日のロストの子、今日もロストしたってよ」

「マジか! それ、ヤバ過ぎだろ!」

「いや、かわいそーを通り越して、募金、集めてやりたくなるな……」

「募金だとダンジョン収入じゃねぇから。意味ねーし」

「そっかー」


 食堂で聞こえてきた先輩たちの噂話に、あたしと酒田さんは真っ青になった。

 ――あたしが昨日の夜に、もしくは今日の朝、もっと早くに声をかけてたら!

 この夜。あたしは昨日以上に、悩み、苦しむことになった。






 翌朝の日曜日、起きたくないと訴えてくる頭と体をベッドから引きずり出して、あたしは岡山さんを誘いに行ったけど、またしても朝イチで出て行ったらしく、ノックに返事はなかった。


 はっきりと、どこかほっとしている自分があたしは嫌になった。


 この日、あたしと酒田さんは4回ずつゴブリンを倒して折り返し、帰りに倒した分も合わせて、一人7個ずつ、魔石を手にした。これなら安全圏だ。


 ギルドへ向かうあたしと酒田さんの会話は極めて事務的なものになった。

 そうすることで二人とも岡山さんの話題が出ることを避けていた。酒田さんの顔色を見れば、酒田さんもあたしのように昨日の夜は悩んでいたとわかる。

 打ち解けるような会話はないけど、あたしたちは共感できていたと思う。






 そして、月曜日。

 この朝も、岡山さんには会えなかった。岡山さんは寮の食事を開始時間の7時半に食べて、すぐに寮を出たらしい。

 あたしが朝早くに行動しないのは、会いたくないからか、何を話せばいいかわからないからか。うまい具合に、頭やお腹が痛くて、朝早くに起きられない。人間の心と体は、本人にとって都合よくできているのかもしれない。


 しかし、今日からはそうはいかない。月曜日なのだから、教室には岡山さんがいる。あたしと同じクラスだ。もう逃げ場はない。


 そう考えると、朝食を前にしてもはしが進まず、部屋に戻る足取りも遅く、かばんに荷物を詰める作業ももたもたとしてしまう。


 こんなことなら金曜日の夜に、せめて土曜日に、最悪でも昨日の日曜日に、岡山さんに声をかけておくべきだったのだ。

 それでも、どんなに足の動きを遅くしても、校舎は近づくし、教室も近づく。岡山さんと顔を合わせたくない――結局はどう言い訳してもそれが本心で――からといって、学校を休む訳にもいかない。

 逃げ場はなく、仕方ないとあきらめて、教室へ入る。後ろへ視線を動かして岡山さんの座席を見ると、誰もいない。


 ……早くに出たはず? それにもう朝のHRまでそんなに時間もないのに。


 教室中央、右前、附中出身者の中でクラス一順位が高い者の座席、あたしの席に荷物を置く。荷物を整理して、もう一度後ろを見た。まだ岡山さんはいない。


 ……まさか、あきらめて退学届けを出したとか?


 そう考えた瞬間、後ろの扉から岡山さんが入ってくるのが見えた。思わず身体が動いた。あたしは岡山さんへと歩いて近づく。

 動けなくなるのではなく、思わず身体が動いた自分に、あたしはほっとした。

 逃げたい、会いたくない、そう思っていたけど、それでもあたしは動いた。そんなあたしに自分自身でほっとしたのだ。


「岡山さん」

「はい? あ、高千穂さん」

「本当はもっと早くに声をかけるべきだったんだけど、実は、パーティーのことで」

「あ、はい」

「あたしと、酒田さんと、岡山さんの3人で組みたいんだけど……」

「え?」

「え?」

「あ、すみません。実は昨日、一緒にダンジョンに行って下さる人が見つかりまして。それで……」

「え、そうなの?」

「はい。だから、あの、パーティーのことは、その……」

「あ、いいのいいの、それならそれで」

「すみません。ありがとうございます。学級代表ですものね。補欠のわたしに気を遣って下さったのでしょう? 本当にすみません。そして、ありがとうございます」

「あ、大丈夫。そんな、頭とか下げなくていいから」

「おーい、座れー」


 担任の伊集院先生が教室に入ってきたタイミングで、あたしと岡山さんの話は終わった。

 ただ、それは意外過ぎる話だった。まさか、他のクラスの人だと思うけど、退学RTAとまで言われている岡山さんと組んでくれる人がいるなんて――。






 昼休みは食堂で素うどんをすする。これが一番安いメニューだ。


「それで、岡山さん、たぶん、他のクラスの人と、組んでもらえたみたいで」

「へー。変わった人がいるもんだね。あ、ウチのクラスかも?」


 あたしと同じ素うどんをすすりながら、五十鈴がそう言った。


「ほら、ウチのクラス、大津が強権を発動したから、ほとんどが3人パーティーで、基本、空きがあるし……」

「強権かぁ。それができるのは羨ましいけど。ほぼ2組の力があるから、大津は」


 3組の学級代表の大津は、最初は話し合いでパーティーを決めようとしたけど、みんながわがままを言うので、教室の中央で半分に分けて、横列の3人でパーティーを組め、と強権を発動して、パーティーを12組、作ったらしい。

 中央の2列は附中の列なので、どのパーティーにも必ず附中生がいるし、廊下側は一般の上位、窓側は推薦の人たちがいるので、前列の方がやや有利とはいえ、そこまで力量的なバランスは悪くない。

 それに3組だと、一般の上位よりも明らかに推薦の方が運動能力的には高いので、附中の順位が低い方に推薦の人が一人ずつ組み込まれているのもいい。あたしもこれを先に聞いていたら真似していたかもしれない。みんながわがままを言って決まらないよりはいい、とそれで決まったらしいし。


 ただし、3組の附中最下位の五十鈴にとっては……。


「あたしも美舞と同じで、ペアなんだよね。まあ、4組の転科最下位より、3組の転科最下位の方が多少はマシなんだろうけど」

「でも、他はみんな3人なのに……」

「ま、大津に言わせれば、他は4人パーティーでひとつ3人パーティーになるよりマシ、らしいよ。3人と2人の方がまだ公平だって。どこが公平なのよ。馬鹿でしょ? しかも他は2人のサポートのところをおまえは1人だけで済むだろって。大津のお供のサルとキジも、そーだそーだって、こっちの意見は無視だし」

「サルとキジって……」

「あいつら、イヌにはなれないと思うけど」

「ぷっ……」


 大津とは附中の頃から仲がいい彦根と比叡も3組で、相変わらず一緒にいるらしい。それなら、自分たち附中の3人でパーティーを組む、と言い出さなかっただけ、大津にしてはマシなのかもしれない。五十鈴は大変だろうけど。


「……結局、あたしたちって、順位ひとつだけ違っても、どっちにしても苦労するんだね」

「確かに。五十鈴とあたしが入れ替わっても、あたし、3組だと大津の強権でペアだったのか……」

「あたしは4組で学級代表になって、苦労してたかも。まあ、学級代表の美舞の方が大変かな?」

「……どうだろ? ペアで土日、どうだった? 五十鈴?」

「正直、怖かった。目配りは確かに一人だけだから楽。でも、それだけ。もしスタミナ切れとかになったらと思うとね……」

「わかる。あたしも……」

「終わってからソロで入ろうかとか、いろいろ考えたんだけど、組んでる子、宮島さんっていうんだけど、この子がすっごいいい子でさ、半分ずつにした魔石を『半分ももらうのは、ちょっと、申し訳ない感じが……』って、遠慮する子なんだよ。そんな子の目の前で、じゃ、今からソロで行ってくるね、とか、言えないし。ほら、あたし一人でできるけど、あなたが足を引っ張ってるよ、みたいな感じに見えなくもないし」

「それ、同じ。すっっっごく、わかる……」


 あたしと五十鈴はしみじみと分かり合うのだった。






 そこからは毎日、酒田さんとペアで放課後にダンジョンへ行った。校内ではいろいろと騒ぎがあったけど、ペアの難しさを感じていたあたしにはそれどころじゃなかった。

 ゴブリン4匹ずつで引き返すと、運が良ければ14匹で魔石7個ずつ、運が悪い日は7個と6個、もしくは6個ずつ、ひどい日には6個と5個という日もあった。だからといって、安全には変えられない。1日6個の600円でも、十日で6000円、月末の寮費と生徒会費には余裕で届く。


 でも、本当はあとちょっといけるかもしれない。しかし、ペアだと不安が大きい。せめてもう一人、3人目がいれば……。

 クラスの4人パーティーから誰か一人、と思うけど、わざわざ不利なポジションを望む人なんか、わがまま放題の4組にはいない。


「……あたし、高千穂さんの負担じゃないかなぁ?」


 不安そうな声で、酒田さんが言う。こんなことを言わせてはいけないのに。


「大丈夫、ゆっくり、一緒に頑張ろ」


 言葉だけは、あたしも立派だった。本当に口だけは。






 金曜日の放課後は学年集会の後でダン禁となり、寮へと戻った。思い切ってクミ――附中3席で1組の外村久美子の部屋を訪ねた。モモ――平坂桃花は地元からの通学生で寮にはいないから相談できない。食事前にクミの部屋に行くとノックをしても返事がなかったけど、食後には部屋へと招き入れてくれた。


「で、ミマっちの相談って?」

「……ペアで、うまくいく方法って、ある?」

「なんでペア? ミマっち、最下位の二人、お世話するんじゃなかったっけ?」

「実は……」


 あたしは、簡単に今の状況を説明した。


「……まさか、退学RTAの子が、ねぇ。でも、それって、どう? ホントなのかなー? 性格、良さそうな子なんだよね? ミマっちに心配かけないように嘘ついたとか、ありそーな気もするっしょ? 実はソロでやってんじゃないの? ロスト2回の子を助ける人がいるとはあたしには思えないけど?」

「それは……」


 クミの言葉にあたしは衝撃を受けた。


 あたしは、岡山さんがダンジョンに一緒に行く人がいると言った時、ただ、ほっとしたのだ。

 それがあたしを気遣う嘘だという、そんな可能性は考えもしないで。

 よく考えたら、思いつくはずの話だ。退学RTAとか言われてる岡山さんと組みたい人がいるはずがない。だから、あんな、弱みを握られて男に……みたいな噂になったのだ。

 その噂は学年主任の佐原先生がはっきりと今日の学年集会で否定した。もしそれが事実なら既に退学者が出て、どこかのクラスに空席があるはずだ、と言った佐原先生の言葉には納得だった。


「……アドバイスって言うより、ミマっちはもう一回、その子と話すべきじゃない? その、一緒にダンジョンに入ってるって人も呼び出してもらって。そうすれば、嘘だった場合もわかるっしょ? そんで、それが本当だったら、一緒に入ってるって人に説明して、お礼を言って、本来、パーティーを組むべきだったその子を戻してもらって、ミマっちたちが3人パーティーになれば、ペアの悩みは解決するかな? あたしはそう考えるけど。やるかどうかはミマっちが自分で決めてよねー」

「ありがと、クミ……」


 あたしはクミの部屋を出て、自分の部屋へと戻った。


 その日はまた悩んで、頭痛とともに眠りに落ちた。






 土日のダンジョンは悩みながら入った。自分だけで悩むのに疲れて、クミからの指摘について、酒田さんにも話した。


「そう、言われたら、その可能性って、高い気がするね……」


 真っ青になった酒田さんの結論もあたしと同じらしい。


「あの……岡山さんとの話し合いの時は、あたしも一緒にいたい。あたし、役に立たないかもしれないけど、高千穂さんには本当に助けられてるから……」


 そう言った酒田さんと一緒に、あたしはダンジョンでちょっとだけ泣いた。


 土曜日は魔石6個ずつ、日曜日は6個と5個。附中時代と違ってほぼ毎日ダンジョンに入れるから少しずつでも魔石の数は増えるけど、それでも少ないと思う。それもあせりにつながって。


 あたしは日曜日の夜、岡山さんの部屋を訪ねた。


 これまでは、行けなかった……正確には行っても会えなかった、岡山さんの部屋。今回は会いたいというどちらかと言えば強い気持ちを持って行った。


 岡山さんが、あたしのために嘘をついているかもしれない。そう、あたしのために、と思えば、会うために気後れせず、恐れず、行けるのだ。

 あたしが岡山さんのために動かなければならなかった時は積極的には行けなかったくせに。

 自分で自分が嫌いになりそうだった。あたしは相手があたしのためを思う人なら行動できるけど、自分が相手のためには行動できない、そんな人間だと、気づきたくもないのに気づかされた。そんな気がした。

 あたしは自分が行動するのに対価を求める卑しい人間で、岡山さんは違う。そして、そんな人をあっさりと見捨てようとしたのがあたし。


 岡山さんとはドアのところで手短に話した。時間をかけるとあたしがその場で泣きそうだった。岡山さんの前で泣くなんて失礼極まりない。絶対にできない。

 岡山さんと、岡山さんと一緒にダンジョンへ行ってる人と、会って話がしたい、と。相談したいことがある、と。そう伝えた。

 岡山さんは、相手の都合もあるので、聞いてみないと、という当然のことを言ったけど、それも本当はその相手などいないから言い訳をしているだけなのでは、と思わされた。


 その夜も頭痛はひどかった。それなのに眠気はちゃんとやってくる。


 明日、岡山さんに相手がいなくて、本当は嘘だったり、いたとしてもフリをしているだけの人だったりしたらあたしは――。


 頭痛のする頭でぐるぐると考えていたら、あたしはいつの間にか、眠りに落ちていた。





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