第 三 項

 黒炎の火柱が晴れた時、ゴブリン達は黒い塊へと変わっていた。


 まだ熱の残っている体から黒い煙が立ち上り、吸い寄せられるように、ウェイクの周囲に集まってくる。


 ウェイクは静かに深呼吸をして黒い煙を吸い込んだ。

 何故、得体の知れない煙を吸おうと思ったのか、ウェイク自身も解らない。


 体に取り込んでから理解したが、黒い煙の正体は『瘴気』だった。

 本来、瘴気は人体に悪影響を及ぼす物質だが、今のウェイクには真逆の効果が現れる。


 少しだけ、活力がみなぎった。……気がした。


(未来と過去で瘴気の性質が違う? いや、それはないな。九分九厘、オレの性質が変わった影響だろう)


「お主ーーっ‼︎ 二度も水に投げ込むとか、不敬極まりないぞ‼︎」


 思考を巡らせていると、背後から叫び声が響いてくる。

 振り返るとそこには、全身ずぶ濡れになったルスティが立っていた。

 ちょうど泉から這い出たようだ。


「危険から遠ざけてやったのに……、恩知らずな奴だな」

ワレからすれば、水の中に放り込まれる方が危ないわ!」

「……泳げないのか? そんなに深くないだろ」

と言っておるんじゃ! アレぐらいのやから、吾一人で十分駆逐できようぞ!」


 自信満々に胸を張るルスティを見たウェイクは、首を傾げながら口を開いた。


「……嘘は良くないぞ?」

「嘘ではなーい! それより、ゴブリン共は何処に──」


 ウェイクに激昂していたルスティは、ゴブリンの丸焼きを目にして言葉を無くし。


「のわーーっ⁉︎ 黒コゲではないかーっ⁉︎」


 叫び声を上げながら、ゴブリン達に駆け寄っていった。


「むぅっ、『べりーうぇるだん』所の話ではないぞお主……」


 ルスティはザックリとゴブリン達の様子を見た後、ウェイクを恨めしそうに睨み付ける。


「睨まれてもどうしようもない。てか、火加減とかどうでも良くないか?」

「関係あるわ! これでは‼」

「……は? 何を言って──」


 ウェイクが問い掛けるよりも早く、ルスティはゴブリンから腕をもぎ取ると、躊躇ちゅうちょせずに口の中へと運んだ。


「うーむ……苦みが強い上に、本来の味が完全に飛んでしまっている。つまりは『不味い』──って、何故止める!?」


 ゴリゴリと音を立てながら食べ進めるルスティを目の当たりにしたウェイクは、慌ててルスティの腕を掴んで止める。


「止めるに決まってるだろ! 馬鹿な真似は止めろ!」

やかましい! 己の解釈だけで事を語るな! 必要だから喰っとるに決まっておろう!」


 ルスティは激昂しながらウェイクの腕を振り払った。

 勢いに気圧されてウェイクが黙っていると、ルスティは再びゴブリンの腕を食べ始める。


「ムシャムシャ……良いか? 吾の腹は『コレ』でしか満たされんのだ」

「どんな体質だよ……。悪食なんてレベルの話じゃないぞ……」

「お主には理解できん世界もある、という事じゃ」


 話ながらゴブリンの腕を平らげたルスティは、残りの燃えカスにも手を伸ばす。

 あまり直視できない光景に、ウェイクはこれ以上関わる事を止めた。


「……そうかい。じゃ、さよならだな」

「むおっ!? お主、吾を置いていくのか⁉」


 驚きつつも喰う事を止めないルスティに背を向けて、ウェイクは歩き始める。


「一緒に行動する約束なんかしてねーよ」

「コ、コラ待たんか! お残しは許されんのじゃぞ⁉」


 急いで喰い始めるルスティを他所に、ウェイクは王都に向かって歩き始めた。

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