第 六 項

 黒い炎に包まれた中央広場は、中心にいた男を除いて、全て灰となった。


 一頻ひとしきり笑ったウェイクは、落ち着きを取り戻し、ゆっくりとその場に座り込む。


 魂が抜けたかのように感情のない顔で、真っ暗な空を見つめる。


 生きる為に必要なモノが全て無くなってしまった。

 大切な存在ひとも、目的も、環境も、自分の心も。


 ──ワタシの後を追うな。お前の行くべき未来に、ワタシはいない。


 ウェイクは、レヴィの最期の言葉を思い出しながら自嘲するように笑った。


(こんなていたらくじゃ、貴女の後を追う事すら出来ませんよ)


 民衆を無差別に大量虐殺した大罪人。いや、最早『人』ですらないだろう。

 『魔物』と大差ない存在にまで落ちぶれた自分に、向かうべき未来などないのだ。


 首に巻いた黒いマフラーの端を鼻の上まで持ち上げて目を閉じ、残香ざんこうに浸る。


「わーぉ、すっごいねぇ。あの悪趣味な処刑台が綺麗サッパリ無くなってるよ」


 背後から軽薄そうな男の声が聞こえてきた。

 ウェイクは特に反応は示さずに浸り続ける。


「黒い火柱が上がったから、レヴィが堕ちたかと思ったけど、どうやら違ったみたいだね」


 元主人の名前に反応したウェイクは目を開けて立ち上がった。


「『魔女の黒蛇』ウェイク。まさか、君が『魔神』に至るとはね。盲点だったよ」


 ウェイクは振り返り、声がした方に目線を向ける。


 そこには、質素な修道服に豪華なネックレスという、不釣り合いな格好をしている男が立っていた。

 見た目の年齢は、ウェイクと同じぐらいだろうか。

 二十代後半くらいに見える男は三つ編みにした赤髪を弄びながら、声の印象と同じような軽薄そうな笑顔を見せてウェイクを見ている。


(教団の人間か……。レヴィを処刑した、教団の……)


 格好から『クロ:ロス教団』関係者だと判断したウェイクの感情に呼応するように、黒い炎が発生し、男を容赦なく包み込む。


 包み込んだはずだった。


 短く乾いた音が響く。

 ウェイクの視界が暗転し、意識が途切れる。


 次に意識が繋がった時、ウェイクは地面に座り込んで残香に浸っていた。


「おぉ、こわっ! いきなり燃やすとか、ヤバくない?」


 再び背後から声が聞こえてくる。

 座ったまま振り返ると、少し離れた位置に先程の男が立っていた。


「……何をした?」

「レヴィから何も聞いてないのかい? ……いや、すまない。レヴィが言うわけないな、忘れてくれ」


 口ぶりからレヴィの知り合いではありそうだったが、ウェイクは会った記憶がない。

 なんとなくではあるが、この男がレヴィの名前を言う事を不快に感じた。

 ウェイクはゆっくり立ち上がって、男の方に体を向ける。


「そんなに睨まないでくれ。今の君に睨まれると、ビビッて話がし辛いってもんだ」

「茶番は良い。お前は何をしに来た?」


 怯えたフリをする男に苛立ってきたウェイクは、男を睨みつけながら問い掛ける。

 男は目を細めながら、悪人のような笑顔を見せて答えた。


「話が早くて助かるよ。ボクは君と『交渉』をしに来た」

「交渉?」

「そ、交渉。……君、現状に満足してる? 幸せ感じてる?」


 急に怪しい宗教家のような口ぶりになった男の質問には答えず、ウェイクは冷ややかな目線を送る。

 王都に存在する宗教はレヴィの所属していた『クロ:ロス教団』しかないので、出来れば怪しい集団だと思いたくはないのだが、目の前の男を見ていると、教団の質を疑いたくなってきた。


「ちょいちょい、そんなあからさまに怪しんでますって目で見ないでくれよ。これでも『主教』っていう結構偉い立場なんだからさ」

「そんな話は聞いていない」

「おっと、そうだった、ごめんごめん。それじゃ本題だけど、君、

「……何だと?」


 男の軽い調子と内容の重さが一致していない。

 困惑しているウェイクを他所に、男は口を開く。


「何って、言葉通りの意味さ。過去に戻って、もう一度、人生やり直さないかって言ってるのさ」

「そんな神のような事が、たかが宗教家に出来るわけないだろ」

「出来るよ? だってがあるんだもん」


 男は当然のように言い放ち、詳細を説明し始める。


「ボクは任意の対象を過去に戻す事が出来るんだ。個人の意識だけを過去に巻き戻す事だって、その体ごと過去に戻る事だって出来る」

「……それこそ世迷言だな。そんな事、出来る訳がない」

「え? さっきやったじゃん。忘れちゃった?」

「……さっき?」


 ウェイクが怪訝な表情を見せていると、男は片手を頭の高さまで持ち上げて高らかに指を鳴らした。


 視界が暗転し、意識が途切れる。


 次に意識が繋がった時、ウェイクは地面に座り込んで残香に浸っていた。


「……これは」


 ウェイクは顔を上げて振り返る。

 少し離れた位置に男が立っていた。


「今は、意識だけを過去の時間に戻した。どうだい? これで証明できただろ?」


 男は得意気な表情を浮かべながら歩み寄ってくる。


「……お前の目的は何だ?」


 ウェイクは立ち上がりながら問い掛けた。

 聖職者であるはずの男の表情が、悪魔のような笑顔に変わっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る