第 三 項

* * * * *



 放心状態から解放されたウェイクは、王都の行きつけの酒場に流れ着いた。


 店内は、厨房の前に設置されたカウンターテーブルの他、数組のテーブルと椅子が設置されている。

 店内はそこまで広いわけではないが客入りは良く、繁盛していると言っても過言ではない。


 厨房では店主が料理や食器洗いをし、店内を双子の店員が注文を取ったり、料理を運んだりして、忙しそうに働いていた。


「──クソッ! 何だってんだよ!」


 悪態を吐きながら何杯目かも忘れたビールジョッキを煽った後、テーブルに叩きつける。

 客で賑わう酒場では、そこまで目立つような行為ではないが、傍から見ると非常に近寄りがたい雰囲気が漂っている。


「はぁ……、どうしてこんな事に……。姐さん、調子悪そうだったのに……」


 怒っていたかと思うと、今度は悲しみだし、テーブルに突っ伏してしまう。

 酒の進み具合で表情がコロコロ変わっていく。


「ぅおーい、旦那ー、酒をくれー。酒がなきゃやってらんねーよチクショー」


 ウェイクは空になったジョッキを振り回しながら、質の悪い客のように声を掛ける。

 店主は食器洗いを中断して、ウェイクの方に歩み寄った。


 ウェイクはもう見慣れてしまっていたが、店主の見た目は随分と若く、見ようによっては成長期の子供と間違われることだろう。


 簡素な布の服とエプロンで身を包み、動く度にサラサラと音を立てそうな赤いショートヘアが特徴的な店主は、呆れたような表情を見せて口を開く。


 ちなみに、ウェイクより歳上だ。


「おいおい、もう何杯目だ?」

「何杯でも良いじゃないっすか! 今日は閉店まで飲むって決めたんすよ!」

「昔の口調が出てるぞ。……いや、そんな事よりレヴィはどうした? 今日は一緒じゃないのか?」


 一応周囲を見渡してみる店主だったが、レヴィの姿を見付ける事は出来ない。


「……姐さんは──」

「おいおい、こんな所に『黒蛇』がいるじゃねぇか! ショボくれてんなー!」


 ウェイクが言い淀んでいると、背後から威勢の良い声が投げかけられる。

 ウェイクと店主が声のした方に振り向くと、屈強な肉体を有したタンクトップの男が近付いてきていた。

 腰にはエンブレムがぶら下がっていて、男の所属を現している。


「あぁ? ハンターギルドの筋肉野郎が、気さくに声掛けてんじゃねぇよ!」

「コラ、ウェイク! 喧嘩を売るんじゃない!」


 開口一番に暴言を吐くウェイクを店主が𠮟りつけるが、タンクトップの男はどこか余裕の表情だった。


「おぉ、怖っ。野良蛇は、おっかなくて敵わねぇわ」

「……は? 何言ってんだ、お前?」


 ウェイクが主従関係を切られた事は、まだ誰にも言っていない。

 それこそレヴィが言ったりしない限りは誰も知りようがない情報を、目の前の男は何故か持っている。


「なんだ知らねぇのか、薄情な奴だな。おめぇの元・ご主人様は『魔女』として投獄されたんだろ?」

「はぁ?」

「投獄された? ……どういうことだ? それに、レヴィの肩書きは『聖女』だろ? 彼女ほど献身的に活動しているシスターもいないというのに、どうしてそんな事に?」


 油断すると飛び掛かりそうなウェイクを押さえつけながら、店主はタンクトップの男に問い掛けた。

 店主相手だからか、男は少し口調を緩くして口を開く。


「体に『悪魔』が宿ったと本人が進言し、自ら投獄されるのを選んだらしいぜ。『悪魔に魅入られた聖女』だから『魔女』なんだとよ」

「テキトーな事を言ってんじゃねーぞ、テメェー!」

「──ウェイクッ!」


 店主の拘束を振り切り、ウェイクは男の顔面に拳を叩き込んだ。

 拳が顔に減り込むほどの勢いで殴られた男は、自慢の筋肉で踏ん張る事も出来ずに、近くのテーブルに背中から倒れ込む。

 家具や食器がけたたましい音を発しながら次々に壊れていく。


 ウェイクは倒れた男に素早く馬乗りになると、容赦なく顔面に拳を叩き込み始めた。


「姐さんを侮辱する事は許さねぇっ! 『魔女』だとか『投獄』だとか、ホラ吹いてんじゃねぇぞ⁉」

「ウェイク、止めろ!」


 店主の言葉も聞かず、ウェイクは男を殴り続ける。

 今、ウェイクの心境はグチャグチャだった。

 主人に見限られ、食い下がる事も出来ずに酒に溺れ、感情のままに暴力を振るう。


「ウェイク!」 

「──っ⁉」


 男が動かなくなった頃、店主の声が聞こえたのを最後にウェイクの意識は遠退いていく。


 後頭部に痛みが走り、何かで殴られたと理解した時、ウェイクの意識は完全に失われる。


 消える瞬間に浮かんだのは、長年連れ添ってきた主人の後ろ姿だった。

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