追放従者 〜 魔神は悪食シスターと共に 〜

松雪 誠

序 章『黒蛇は嫉妬の炎を纏う』

第 一 節『失楽園』

第 一 項 

 ──【 注 意 】──


 この物語はフィクションです。


 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




 * * * * *



 今日は『ウラヌス王国』の王暦百年目という記念すべき年を祝う日。

 民衆で賑わう大通りを、青ざめた表情をした青年が走っていた。


「ハァ……ハァ……、どうして──」


 黒装束で全身を包んでいる青年は独り言のように呟く。

 青年の目線の先には、四方に延びる大通りが交わる『中央広場』があった。

 現在、広場の中心では、ある催しが開かれている。


 『血濡れの魔女・レヴィ』の公開処刑だ。


 祝祭の日に罪人の処刑という、狂った催しから自身の主人を救う為、青年は肺が裂けそうになる事もいとわずに走り続けていた。

 大通りには祝祭に合わせて露店が立ち並び、元々ある商店も景気よく呼び込みをしている姿が視界の端に移る。

 中央広場に近付くにつれて人の数は増え、遂には通り抜けが出来なくなるくらいごった返していた。


 人込みの先で、大きな火柱が上がっているのが見える。


「ハァ……ハァ……、クソッ! 人が多すぎる!」


 悪態を吐きながら青年は周囲を見渡して、通れる道を探っていく。

 右を見ても左を見ても人、人、人。

 青年は地上を諦めて、視線を上に移す。


 区画整理の行き届いている大通り沿いの家々は、屋根伝いに進んで行けば問題なく中央広場まで辿り着けそうだった。


 青年は素早く判断すると、腰に仕込んでいる収納からフックの付いたワイヤロープを取り出す。


 壁沿いに積み上げられた木箱を踏み台に跳躍してワイヤロープの先を投擲する。


 屋根の先端に引っかかったワイヤロープが自動で巻き戻り、青年を屋根の上に引っ張り上げた。

 受け身を取りながらフックを取り外し立ち上がる。

 高い位置から中央広場を見下ろすと、全てを飲み込むような炎の渦が、生き物のようにうごめいていた。


あねさん、……今行きます!」


 あの渦の中心に自分の救うべき人がいる。

 助けが来る事を彼女は望まないだろうが、そんな事は青年には関係なかった。

 恩人を、大切な人を救う事に理由はない。

 例えそれが、自分との主従関係を解消し、追放した人であったとしても。


「燃やせ燃やせー!」「魔女を燃やせー!」「悪魔の女を焼き殺せー!」


 屋根伝いに広場に近付くと、広場を取り囲むように民衆が集まり、口々に声を上げていた。


 王都に住む民衆の殆どが集まっているというのに、炎の中の人物をうれう者は誰もいない。

 当然だ。自分以外の全員が、彼女が苦しむ姿を見に来ている。


 彼女が何をしたわけでもないというのに、誰かが勝手に決めた肩書きに乗せられて、身勝手な妄想を膨らませているのだ。


 青年は鉄柱に縛られ、炎に包まれている人物に視線を移す。

 褐色の肌を隠すように薄汚れた黒いマフラーと修道服を身にまとい、ショートボブの金髪を靡かせた女性。


 彼女は炎によって、体の端から徐々に炭化し始めていたが、非常に穏やかな表情を浮かべていた。

 その場違いな表情の真意も、狂気に包まれた民衆には届かない。


「見ろ! 魔女が笑っているぞ!」

「苦しくないと言うのか?」

「やはり、魔女は化け物だ! もっと火の勢いを上げろ!」


 彼女を『魔女』呼ばわりしている民衆は、思い思いの物を手に取ると、薪を焚べるかのように、魔女へと投擲していく。


 不幸中の幸いか、遠くからでも姿が見えるように高く作られた処刑台のお陰で、民衆の投擲が彼女に届くことはなかったが、火の勢いは手の施しようがないくらいに強くなっていた。


「クソッ、好き放題しやがって! 絶対ぜってぇ許さねぇぞ!」


 悪態を吐きながら、青年は屋根の端から中央広場に向かって跳躍する。

 空中でワイヤロープを投擲し、魔女を拘束する鉄柱に引っ掛けた。

 ワイヤロープが巻き戻る勢いで一気に近付き、処刑台の上に降り立つ。


「誰だ、アレは!?」

「黒蛇だ! 『魔女の黒蛇』が主人を取り戻しに来たぞ!」


 急に現れた招かれざる客に、民衆が騒ぎ始める。


 とは言え、処刑台は登り口から火の手が回っている為、民衆は上がって来る事が出来ない。

 青年は腰からナイフと取り出すと、炎の熱に怯む事無く、自身のワイヤロープと彼女を拘束するロープを切った。


「姐さ、……レヴィ! しっかりしろ!」


 力なく倒れてくる魔女を受け止めながら、青年は声を掛ける。

 魔女・レヴィは閉じていた目を薄っすら開けると、少し驚いた表情を見せた。


「レヴィ、答えてくれ! どうして……、どうして──」


 青年が問い掛けようとした時、処刑台が不自然に揺れ始める。

 炎の勢いが強すぎたのか、延焼が早く進みすぎたせいで足場が崩れ始めたのだ。

 処刑台は支えを失って、青年とレヴィを巻き込みながら呆気なく倒壊した。


 ──どうして、俺を追放したんだ?


 倒壊する処刑台の残骸に飲まれながら、青年はレヴィに問い掛けようとした言葉を飲み込んだ。


 少し前の記憶が、まるで走馬灯の様に駆け巡っていく。

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