呪われたホテル
サボテンマン
Day1
リゾートは久しぶりだった。就職前の最後の思い出として三人で計画を立てていた。
無事に三人とも就職がきまり、心置きなく羽をのばすことができる。
「にしても、なんでこんな寂れたホテルなんだ?」キョウスケがいつもの調子で不満をいう。
たしかに、目の前に建っている建物がホテルかと問われれば、思っていた外観とは違うというだろう。真っ白な壁が太陽の光を反射させる清潔感のある建物かと思いきや、壁の周辺に蔦がまきつくみすぼらし外観だ。
だとしても、予約関係のことはすべてユキコに丸投げをしていたぼくたちが不満を言える権利があるだろうか。
「安かったのよ」とユキコからは申し訳なさをみじんも感じない。
「それは、ありがたい」
「ほら、ナオキもそういってる」
「まあ、寝れればな」
ホテルの中は外観よりはいくらかましだった。埃っぽさはあるけれど不快なほどではない。従業員のひとたちも明るくて感じがいい。キョウスケの言うとおり、どうせ日中はずっと外にいるんだ。ホテルなんて寝れればいいんだから、安さを重視したユキコの選択はむしろ大正解だったのだろう。
ぼくたちは案内された部屋に荷物を置くと、部屋の綺麗さなんて堪能することなく外へ飛び出した。
太陽がなくなるまで海で遊び、夜が更けるまで酒を飲んで語り合った。
部屋に戻ったときには日をまたぐ直前だ。
お酒のせいで眠気がピークにきている。いますぐにでもベッドに倒れたい気持ちをぐっとおさえて交代でシャワーをあびる。
三人ともシャワーをあびると少しだけ頭がすっきりした。明日にそなえて寝ようと準備をしているとキョウスケが「なんだこれ」と机の引き出しから本を取り出していた。
ホテルに聖書が備え付けられているのは、珍しいことではない。「本くらいで騒がないで」とユキコも呆れ調子だ。
「ちげえよ。これ、懐かしくないか」
キョウスケが持っていた本は、ぼくたちが就職活動のなかで嫌というほど対策させられた試験の問題集だった。
「なんで、そんなものが?」
「知るかよ。前の客の忘れ物だろ」
「意外と違うかも」
今度はキョウスケとぼくの視線がユキコに集まった。
「違うって、どういうことだよ」
「このホテル、でるから」
急に部屋の中が凍りついたように静まり返った。
「でるって、何が」キョウスケの声は珍しく恐怖を帯びていた。
「そのままの意味よ。このホテル、この部屋はいわくつきなの。だから安かったのよ」
あまりにユキコが淡々というものだからすでに何かにとりつかれているのかと思ったけれど、普段から感情が表にでないタイプであることを思い出した。
怖いこというなよと珍しく怯えるキョウスケに「あら、怖いの」とユキコはからかったような表情になった。「可愛いとこもあるじゃない」
自分の強さに自信を持つキョウスケが、幽霊に怖がる姿は、他人事ではないとはいえぼくにも滑稽に見えた。
「どうせ噂よ。寝てしまえば幽霊も関係ないわ」
言いたいことはたくさんあれど、ユキコの言うとおりだと、ぼくらはユキコに促されて眠りについた。
そして、嘘みたいに金縛りにあった。
初めての体験に動悸が止まらない。疲れているからだと信じたいけれど、まさか本当に幽霊がでてくるのではないかと思うと再び眠りにつくことができない。
「おい、どうなってんだこれ」キョウスケがわめきたてる。どうやら喋ることはできるようだ。「動けねえぞ」
「金縛りよ。分かるでしょ」ユキコは冷静だったが同じく身動きがとれないようだ。
どうやらぼくたちは同時に金縛りにあってしまったみたいだ。いよいよいわく付きであることの真実味がでてきた。
「どうにかしろよ」
「どうしようもないわよ」
「でも、どうしよう」
「問題に答えられた解放されるよ」
ぴたりとぼくらの会話が止まった。
「いま、なにか聞こえた?」ユキコの声は珍しくさぐるように慎重だった。
そうだ。ぼくらではないだれかの声が聞こえた。三人とも聞こえた。気のせいではない。
「誰だ、どこにいやがる」卑怯だぞとキョウスケがわめく。
「ここだよ」と声がした。と、思ったらユキコがぎゃあと悲鳴をあげた。
「そうそう、これこれ」
ユキコのほうに視線をむけると、何かに怯えているようだ。金縛りのせいで覗き込むことができないけれど、ユキコにだけ何かが見えている。
「ユキコ、なにがいるんだ」
ぼくの問いかけにユキコは必死に何かを伝えようとしてくれているけれど言葉になっていない。何度か聞き返すとアカという色を伝えようとしてくれていることは聞こえた。
「赤? 赤がどうしたの」
「違うと思うよ」と突如目の前に姿を表した声の主は、見た目は赤ちゃんのように小柄だが、顔がミイラのようにしぼんでいて生気がない。
間違いなく、この世の生き物ではなかった。
思わずぎゃあと悲鳴がもれた。
「なんだ、赤ちゃん?」
目の前の生き物は、ミイラの顔のままにやりと広角をあげて「そうそう、それそれ」と嬉しそうだった。
赤ちゃんのミイラはふわりと空中に浮いた。「初めまして、ぼくがこの部屋の呪いだ」
悪い夢なら覚めてくれ。何度もそう願ったけれど現実から逃れることはできなかった。
「あなたは、幽霊?」
ユキコは冷静さを取り戻していた。
「そう、幽霊。きみたちを呪い殺しに来た」
「のりが軽いな」キョウスケが言うなとは思ったけれど、言うとおりだ。
「絶対に呪い殺されたくない」
「なんだか、きみたちはあまり怖がってくれないね」幽霊はつまらなそうに口を尖らせた。「せっかくチャンスをあげようと思ったのに、もう呪い殺しちゃおうかな」
ぼくらは慌てて幽霊のご機嫌とりをした。社会人なる予定のぼくらに掛かれば、媚びへつらうことなんてなんら抵抗もない。
「そこまで言うならチャンスをあげよう」と幽霊はご機嫌になった。
幽霊はぼくらに一週間の猶予を与えた。その間、毎晩幽霊からだされるクイズに答えないといけない。正解し続ければ解放される。
回答者はキョウスケ、ユキコ、ぼくの順番にまわってくる。相談は厳禁。
「もし、間違えたら?」
「もちろん呪い殺すよ。そしてぼくのホテルて一生さ迷い続けるんだ」
怖すぎる。絶対に間違えられない。
「それでは、第一問」はりきってクイズコーナーを始めようとする幽霊にぼくらは苦情をぶつけた。
いきなり出て来てなんの準備もなしに出題するなんて理不尽にもほどがある。
「そんなこといわれても」と幽霊が怯んだ様子をみせるとぼくらは遠慮なくつけこんだ。普通は一問目は正解させるためにあるもので、一夜にして不正解を誘導するのは出題者として問題がある。
「なにより、あなたの顔が怖すぎる」ユキコの一言に幽霊は顔を覆って泣いた。
「あんまりだ、ぼくだって気にしているのに」
妥協案として今日は相談解禁させることを承諾させた。就職活動が呪いに抗うことに役立つなんて、世の中なにが起きるかわからないものだ。
「それでは、気を取り直して」と幽霊は出題をした。
どれだけ禍々しく凶悪な問題かでるのかと思っていたら、幽霊の問題は聞き覚えのあるものだった。極めて最近まで対策をしていた、就職活動の試験で出題される国語の問題だった。
ぼくらは目配せをして正解した。
幽霊はぼくらがあまりに躊躇なく答えるものだから驚いた様子を見せたが「なるほど、気づいたんだね」と手を打った。
幽霊の視線の先にはキョウスケが机の中から取り出した問題集があった。「そう、出題範囲はあの問題集だ。なるほど、今回の犠牲者はなかなか抜け目がないようだ」と勝手に納得すると、また明日と姿を消した。
「助かったのか」キョウスケの声に安堵を感じる。
生き残れるかもしれない。ぼくたちは絶望のなかにわずかな希望を見いだした。
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