第十話「酔っ払いと悪魔の宴」
「しかしまじぃな、この酒」
質の悪いワイン特有の薬品のような匂いが鼻をくすぐる。不味い。
俺は文句を言いつつも、安酒をグビグビと胃に流し込む。
俺は真夜中を過ぎても眠れず、明け方に市場でしこたま酒を買い込んで、昼過ぎまでそれをずっと浴びるように飲んでいた。
しかしパッシブスキル"身体強化"のおかげか、この世界に来る前に比べるとかなりアルコールに強くなったようで、まだまだ呑み足りないく思える。
薬品臭のするワイン、水のように薄いビール、胃がムカムカするくらいに甘ったる過ぎるリキュール.......。
典型的な安物買いの銭失い。
どうやら俺に酒を選ぶセンスはねぇみたいだな、とぼんやりとした頭で空になった
とっとと、帝国支配圏のこの港町を離れてアバディーン連合王国にトンズラここう。
幸いこの一月半で随分と金は溜まったし、冒険者ランクもCランクまで上げることが出来た。
(推薦やランクアップ試験を受けず、クエスト実績だけでこれほどの速度でランクアップすることは珍しいとこの街のギルド受付嬢もえらく驚いていた。)
アバディーンに着いたら好きなだけ美人な奴隷を買い込んで、また金が足りなくなったらクエストでしっかり稼ぎゃ良い。
その日暮らし。結構じゃねぇか!これからは奴隷美少女のハーレムと異世界スローライフを堪能してやる!
「.......そもそも彼女と俺じゃ釣り合いが取れないよなぁ」
自分で言った言葉で俺は激しく落ち込む。
ノラ.......前の世界を含めてもあれほどの美少女はいないだろう。
彼女には"氷のような美しさ"と"蜜のような
見た目が美しいだけではない。彼女は肉体的にも精神的にもしなやかで強かった。
バディとしてクエストをこなす中、ふとした瞬間に感じる彼女の優しさや気遣いは俺の心を虜にした。
"呪い"のことで多少.......というかかなり自信に欠けたところもあるがそれもまた可愛らしく思える。
いくら神より授かったチートがあるとは言え、こんなジャガイモみたいな見た目で、中身も卑屈な俺にあんな子が振り向いてくれるはずもないか.......。
「こんな軽い酒じゃ足りねぇ!」と叫び、口に放り込んだツマミのイワシの塩辛さが、アルコールと混ざり合い、
俺は手に持っていたボトルの最後の一滴を口に流し込むと、行き場のない欲望のはけ口を求めて歓楽街へ飛び出していった。
〜〜〜
「どこも閉まってんじゃねぇか!」
酒やけした俺の情けない声が通りに響く。
キャバレーや遊技場、いかがわしい店の集まるエーアの歓楽街は帝国最大級と言われている。
ノラとパーティーを組んでいた時はなんだかんだとここに来る機会はなかったが、時たま歓楽街入口近くにあるケットシーの道具屋へと顔を覗かせる機会はあった。
だからこそこの時間も開いている風◯店があることを知っていて、童貞卒業のために訪れたわけだが。
.......夜が主役のスポットとは言え、流石にどこの店も閉まって閑古鳥が鳴いてるってのは異常だ。
「今日はどこのお店もおやすみだにゃ。3年に一度のエーア市主催の船上パーティーがあるんだにゃ」
振り向くと二本足で立つ三毛猫.......。あぁ、ケットシーの道具屋の店主、オキーフか。
「おき〜ふ〜」
「うわっ!クロダしゃんすごい酒臭いにゃ!酔いすぎだにゃ」
「酔ってねぇって〜」
俺が彼のモコモコとした肩に手をまわすと、オキーフは慌てて自分の店まで連れて行ってくれた。
〜〜〜
「クロダしゃん、飲みすぎも程々にするにゃ......」
「だーいじゃーぶ。こんな軽い酒じゃ酔っ払えねぇって」
「......十分酔っ払ってるにゃ」
カラフルな魔石灯照らされる店内はなんとも可愛らしい。
ほんの数週間前に火事でボロボロになったことなど想像出来ないくらいだ。
俺はオキーフの店でやけ酒あおりの第二ラウンドを始めていた。
彼の出してくれる酒はどれもアルコール濃度は低いが旨い。
オキーフとは以前、歓楽街であった大火事の際に知り合った。
「火事の中、一人息子が取り残されている」と泣き叫ぶケットシーの夫婦を見て、俺は急いでスキルポイントを割り振って
手に入れた"水魔法Lev.4"を使って火の中に飛び込んだ。
幸い子供部屋まで火の手は回り切っておらず、無傷で彼らの赤ちゃんを救い出すことが出来た。
それからというもの、オキーフはここでの生活に不慣れな俺とノラに何かと
《そういやあのときもノラに見つかって結局エッチなお店いけなかったな〜》
酒を控えるようにゴロゴロと喉を鳴らして注意してくるオキーフを適当にいなしながら、
俺はまた彼女のことを思い出して胸がチクリと痛んだ。
「そういや、エーアの船上パーティーだとかなんとか言ってたけど」
「そうだにゃ。この街一番のイベントなんだにゃ」
「普通そういう祭りのときこそ客のかきいれどきなんじゃないの?」
気持ちを切り替えて、先程オキーフが言っていた船上パーティーの話題を出す。
彼によると船上パーティーは3年に一度の一大イベントらしい。
選ばれた貴族様や金持ち、抽選にあたった市民たちは豪華客船トリステーナでの優雅な船上パーティーと洒落込む。
ただ抽選に外れた金のない市民にも港でタダ飯が提供されるらしい。
《でも妖精族には人間と違ってご飯が提供されないんだにゃ!とオキーフはプリプリと怒っていた。》
そんなわけで普通の飲食店をやったところで客は入らないし、そもそも歓楽街の従業員も皆祭りに出かけるので
どこの店も臨時休業するとのことだった。
(船上パーティーか.......)
オキーフの渡してくれた紙には
そういや
俺は酔いからくるほんの気まぐれで、祭りの会場となっている港に向かうことにした。
〜〜〜
港全体を縫って走る古い石畳の道いっぱいに人がごった返している。
色とりどりの洋服で着飾った市民たちは祭りで提供される酒や食事を楽しんでいた。
音楽、笑い声、そして波の音が耳に心地よく響き渡っている中、俺はムスッとした顔をしてステージの壇上に立っていた。
「さぁさぁ集まった!集まった!今宵は命知らずの酒飲み自慢が魂を削って魅せる大酒呑みの祭典だ!!」
初歩的な風魔法を活かしたメガホンのような魔道具を使って司会の道化師が陽気な声を張り上げる。
「優勝者にはな、な、な、なんと!!!豪華客船トリステーナでの船上パーティーへの招待券が進呈されます!!!」
聴衆がワッと歓声をあげる。歓声が高まる中、俺は酒樽の前に座った。
道化師は目をキラキラと輝かせながらそれぞれの選手の紹介をしていく。
(どうしてこうなった.......)
祭りの会場で「タダ酒なら」とドカ呑みしているのを酒飲み大会の運営者に見つかったのが運のツキ。
フードを被ったままの出場でも良いと押し切られてこの場に居るというわけだ。
音楽が鳴り始め、大会がスタートした。俺はジョッキを高く掲げ、辺りの視線を気にすることなくクジラのように酒を流し込む。
度数はかなり高いが口当たりの良い酒が喉を通り、カッとするような熱が全身を包み込んだ。
一杯、二杯、三杯と続き、徐々に周りの景色がぼんやりとしてくる。
(やるからには勝ってやろうじゃねぇか)
止まることなく酒をあおり続ける。激しい酔いが全身を包み込み、俺の視界は少しずつ歪んできた。
しかし、それでも酒を口に勢い良く運び続ける。その度に歓声が高まり、音楽が大きく鳴り響く。
終了を告げる巨大なドラの音。周りを見ると俺以外の競技者たちが限界を迎えて転がっている。
道化師が目を丸くして俺を見つめ、群衆からは拍手と歓声が上がった。
それに応えるように、俺は最後の一杯をガブリと飲み干した。
「無敵の大酒呑み!!優勝者は彼だ!!!」と道化師が大声で宣言し、観客から割れんばかりの大きな拍手と歓声が巻き起こった。
世界が回転しているように見えたが、それでも俺は立ち上がって聴衆に手を振った。
〜〜〜
ああ、なんて夜だ.......。
酔いが頭を襲い、俺の足元は海のように波打っていた。
ふらふらと足を運んだ先には今宵の主役、豪華客船トリステーナが俺を待っていた。
パーティーが開催されているだろう船上からは、遠くまで響く音楽と笑い声が聞こえてくる。
真っ白な船体の上には鮮やかな照明がこぼれる。
それはまるで美女が純白のランジェリー姿で輝くベッドに寝そべっているかのようだった。
世界が揺れていた。星がきらめく空も、光を放つ船も、全てがまるで水中にいるようにゆらゆらと酒の力で揺れていた。
俺は港に停泊する客船に乗り込もうと、先程の大会で手に入れた招待券をピラピラとはためかせながら近づいていく。
「止まってください。フードを取らないと中には入れませんよ」
屈強な警護の兵たちが眼の前に立ちはだかった。
声の主が何を言っているのか、俺にはまるで理解できない。
「えぇ?だって、こっちの方が格好良くない〜?」
どこからそんな言葉が出てきたのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、言葉がひとりでに口から出て、どこか遠くへ飛んでいくのがわかった。
「こいつ酔っ払ってるぞ......」
「とにかく、ルールを守ってください。他のお客様のご迷惑に......」
「フードを取っていただけないなら入場は許可しかねますが......」
「分かった、分かったよ」と、俺は大げさに手を振ってフードを取る。
その瞬間、周りにいる人たちのどよめきが俺に直撃し一瞬、
「随分と男前だな......」
「でもどこかで見たことある顔じゃないか?」
騒ぎ立てる群衆を無視して警備兵たちが後ろで何かボソボソと喋っているといきなり怒声が響いた。
「おい、そいつは……破邪の剣を盗み出した逃亡者だ!」
「帝国に仇なす悪魔崇拝者だ!絶対に船内に入れるな!!」
頭がふわふわして、何が何だかわからなかったが警備兵たちの顔が険しくなっていくのだけは分かる。
「武器を捨てて投降しろ!」若い警備兵の声は震えていた。
だけど、俺には何が何だかさっぱりだ。
「こちとら神様から招待してもらって異世界からわざわざ来てやってるってのによ〜」
「異世界?なんなんだこいつは?」
どいつもこいつもしゃらくせえ連中だな本当に!
俺は酩酊してわけがわからないまま、警備兵たちの激しい静止を振り切って船内へと続くタラップを駆け上がっていった。
〜〜〜
ー
水と風を組み合わせた冷気の洪水で船内の床を凍らすと、追手の警備兵たちがツルツルと派手に滑ってこけていく。
酒のせいで頭がグワングワンと鳴り響くが実に気持ちが良い!笑えるぜほんとに。
「こいつ!いい加減にしやがれ!」
「とっとと捕縛しろ!」
「殺しちまえ!!」
顔を真っ赤にした警備兵たちがこちらに向かって這いながら向かってくる。
彼らの振るう剣や槍をダンスするように避ける。酔っ払いのダンスだ!
「やめなさい」
穏やかな、しかし有無を言わさぬ声が船内の大階段の上から聞こえる。
見上げるとそこには風船のように丸々と太った婦人が鎮座していた。
「ロヴナ様だ......」
「なんてお美しい、こんな間近で市長のご尊顔を拝めるなんて」
「なんて慈愛に満ちた目なんだ!」
警備兵たちは彼女の登場に恍惚の表情を浮かべながら彼女を褒め称える。
《権力者相手に媚びるにしても、こんなオバハン相手によくいけしゃあしゃあと"美しい"なんて言えるな》
彼女の突然の登場に俺は酩酊の中にあってもシラフの視点を若干取り戻しつつ合った。
「ロヴナ様、お下がりください。この者は破邪の剣を盗み出した帝室の敵!悪魔の使いです!」
「えぇ、わかっているわ。でも問題ないのよ。彼を私のいる貴賓席の方にあげて頂戴な」
エーア市のトップ、ロヴナはデップリとした顎を震わせながらニッコリと笑った。
「......ロヴナ様がそうおっしゃるなら。では武装解除をさせます」
「いいえ。その必要もありません」
「しかし、それではあまりにも危険すぎ......「私が問題ないと言っているの。それでは不十分かしら?」
「いえ!もちろん問題などありません!」
警備兵たちはロヴナの指示に従いスゴスゴと退出していく。
「それじゃあ、行こうかしらね。悪魔崇拝者さん、お名前はなんて言うの?」
「クロダですけど.......」
「クロダ.......変わった名前だけどいい響きね」
ロヴナ市長はパンパンに膨らんだ豚のような顔を破顔して、俺を貴賓席へといざなった。
〜〜〜
「ロヴナ様、このような場所に下賤なニンゲンをあげてしまってよろしいので?」
「......いつの間にいちいち私のやることに口を挟めるくらいにあなたは偉くなったのかしら?」
「も、申し訳ありません!!」
彼女と使用人との間のやり取りに違和感を覚えつつも、俺は貴賓席から見える客船の豪奢な様に目を奪われてしまう。
艶やかに輝く甲板、壁に掘られた細やかな彫刻、豪華絢爛な調度品の数々。
港に停泊していた船はいつの間にか
夜の海はどこか不気味ではあったが船から溢れ出る光を反射する様は美しかった。
「クロダさんのお食事は......流石に悪魔崇拝者とは言え私達、"アクマ"と同じご飯は食べれないわよね」
(アクマ??)
酔いがまだ残っているせいか彼女の言葉が理解できない。アクマ?ってなんだ??
「シルマリア殿。そろそろ宴の本番に移行していただきたいのですが」
「あぁ、バエル坊。待たせて悪かったね。そろそろ始めようか」
ロヴナは真横に座るバエルという子供に何かせがまれているようだった。
子供は真っ赤に血の滴る生の肉を口の端から覗かせていた。ここの地方には生食の文化でもあるのか。
俺がそんなことを考えていると、ロヴナは指をパチンと鳴らした。
どこからかスポットライトの光が彼女へと降り注ぎ、船上の音楽隊は演奏を中座した。
「さぁ私達の宴を盛大に始めましょう」
彼女がそう言うと船体全体の魔石灯の光が落ち、あたりは闇へと包まれた。
それと同時に新しいスポットライトの光が現れ、客船の真ん中に位置するステージも照らし始める。
ステージの床が精巧な装置により音もなく裂け、演出の蒸気とともに何かがゆっくりと昇り始める。
全体がほのかな霧に包まれ、神秘的な光景が広がる。
(あれは......ノラ??)
深紅のシルクが彼女の柔肌を包み込んでいた。胸元は大胆にカットされ、派手に開放されている。
その開口部はしなやかな鎖骨から美しい谷間を途中まで
いつもの野暮ったい冒険者の格好からは想像できないほど、セクシーなドレスにノラは身を包んでいた。
普段の俺なら興奮のあまりすぐにトイレに駆け込むだろうが、今はなんとも言えない不安感に襲われる。
あれほど人前で顔を見せるのを嫌がる彼女が、なぜこんなあられもない姿を見せているのか。
何より彼女のルビーの瞳はうつろで、生気が感じられなかった。
ー超速再生ー
嫌な予感がしてきた俺が"超速再生"スキルをアルコールの分解に用いていると、貴賓席の下にいる聴衆のザワザワとした声が聞こえてきた。
「ロヴナ様、一体何を考えてらっしゃるんだ?」
「あんな醜悪な娘を、こんなハレの場に置いて.......おかげで食欲が失せました」
「顔もそうだが体つきが気持ち悪すぎる.......ウォオオエェェ......」
シラフに戻ったというのに俺は事態を把握できないでいた。
真横に座るロヴナに説明を求めようと、顔を横に向けると......そこにはバケモノが座っていた。
照明に照らされ、
「あなたから破邪の剣のありかについても早く聞きたいんだけどね。まずは腹ごしらえしなくちゃ」
バケモノは野太い声でそういうと俺を見てゾッとするような微笑みを向けた。
階下では闇の中から現れた悪魔の群れが狂喜乱舞しながら人々に襲いかかり血の宴を始めていた。
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