神憑き学生魔法士。隊長になったお嬢様を一応助けてたら勝手に相棒認定された、ずっとくっついてくる

@ZEP

お嬢様・スカーレット

第1話 スカーレットお嬢様

妖精の国と機械の国が争っている。

端的に言えば戦争が起こっている。

エドの通う学校が機械の国につくことになったのは、およそ三か月ほど前だった。


「……やっぱりおかしい気がする」


エドはメガネを抑えながら、ぽつりとつぶやいた。


妖精の領域内に溢れる生暖かい光。吹き荒れる風の刺々しい肌寒さ。眼下に広がる灰色の廃墟がどこか遠くのものに感じられる。

前線に来て三週間ほどだが、それらが入り混じった戦場の空気は未だに慣れない。


しかしまぁそれは仕方ない。自分たちはまだ学生の魔法士な訳で、この空気にすぐ順応できる方がおかしい。

問題はそうではない。

エドがその時、何か、猛烈に厭な予感がしていたということだった。


「おかしい? おかしいって何がだろう?」

「うん? いや別に、なんとなくだよ」

「それが大事なんだ。エド、君の感覚を聴くのは私は好きなんだ」


エドのぼんやりとした独白を捉えた椿姫つばきはそう言って、くっくっくっ、と笑っていた。合わせて腰に吊るしていた刀が揺れた。


装いもひらひらとした軽装で、相変わらず魔法士らしくない姿だった。

私は侍だからな、などと本人は語っているが、エドは今ひとつその概念が掴めない。


この少女は見た目から何まで変わり者の学友であり、当然と言うべきか学校内でも浮いていた。

そしてそれはエドも同じようなものだった。

理由こそ違えと浮いたもの同士、それなりに連んでいた。


「聞かせてくれないか? お前の感覚。どうせ作戦が始まるまで暇だろう?」

「……そうだな、そう色が変だ」

「ほう、色?」

「マナの色が変なんだ。なんというか、明らかにこちらの方へ何かが向かってきている」

「何が向かってきているんだ」

「なんだろう、わからない」


椿姫はそこでまた肩を揺らせて笑った。


「いいね、エド。そのふわっとした言葉。率直な感覚を告げている感じがして、とても良い」

「……とはいえこうとしか言いようがないんだ、なんとなく変だ」

「それを言うならこっちだって本気で言っている。本気で、お前の感じ方がとても良いと言っているんだ」

「なんだそれ。気持ち悪いな」

「ああ、そういう率直なのいいね。魔法士たるもの直観に生きるべしだ」


何が面白いのかエドにはイマイチわからなかったが、しかし彼女のその笑みを見ていると、少しだけ緊張が緩んだ。

普段と違う環境で、彼女のような泰然とした態度の者が隣にいることはありがたかった。


「BX078とBX098さん? 手は動いていますの!?」


そんな場面を見られてしまったからか、甲高い声で叱咤されてしまった。

椿姫とはまた別の、少女の声である。

何度聞いてもよく通る声でうらやましいと思う。

同時にその声が震えていることにもエドは気づいていた。


「すいません、少し気になることがあり……」


振り返り彼女に対して弁明しようとしたが、すぐに声を挟まれてしまった。


「嘘ですわ。絶対嘘ですわ。その、さ、サボっていたのでしょう! 隊長の私なんて、その、全然怖くないと思って!」


結われた長い髪を揺らしながら、スカーレット・ウォーカーはエドたちの下にやってきた。

美しい白金プラチナの髪に、ルビーを思わせる真紅の瞳。

エドよりも二回りほど小さな身体をした彼女はキッとこちらを睨みつけてくる。

エドと椿姫は背筋を伸ばして敬礼した。見よう見まねの敬礼だ。しょうがない、本職じゃないんだから。


「失礼しました! 隊長殿」

「申し訳ございません 隊長」


声を張って仰々しく言う椿姫と、淡々とした口調で告げるエド。それを見上げるスカーレット。

そのどちらも軍人らしくはなかった。見よう見まねでそれっぽく振舞おうとしているだけで、やはり自分たちは学生なのだと思う。


「私語失礼いたしました。万事順調ですので、隊長はぜひとも大船に乗った気分でふんぞり返り何もせず――」

「隊長、提案があります」


エドは椿姫の言葉を遮り、努めて冷静な口調で言った。


「作戦の中止を進言しましょう」

「は、はぁ? 中止ですか?」


スカーレットは目を丸くする。


「隊長は気づきませんか? 目標の神樹の方向とは逆の方から妙な色のマナが流れています」


エドの提案をスカーレットはきょとんと目を瞬いたのち


「なに? おじけついたのですか? BX099、私が広げた探知魔法ではなにも示してはいませんわよ」

「このマナの濃度ではそこまでの探知精度は出せないはずです。

 どうにも厭な予感がします。ハリエット……AX003一翼長に撤退の提案を」

「……敵前逃亡は呪殺ですわよ。呪い殺されるのです。最大限の痛みと恐怖と絶望を内側から与えるように」


スカーレットはエドの言葉を遮り、声を張って言った。


「逃げたくなるのはわかりますわ。貴方、この部隊で一番ビリッケツですもの。

 でもだからといって、も、持ち場を離れたら、即私がこ、殺すことになるのですわよ」

「提案は通らないということでしょうか?」


そういうとスカーレットはむっと不満を露にした。


「わ、私の言うことを聞いてください! 成績、いえ、階級は私の方が上なんですのよ」


スカーレットの声はやはり揺れていた。

だが同時にどこか余裕のないこの戦場の空気に対して浮足立っているのが見えた。

エドは何とか説き伏せられないかと口を開こうとするが、


「申し訳ございません、隊長。彼は私からキツく言っておきますんで」


椿姫がそれを遮った。

彼はスカーレットとエドの間に入り、頭を下げながら言った。


頭を下げながら、彼女には絶対見えない角度で指を突き立てていた。

その所作が意味することは知っていた。孤児院育ちのエドにしてみればそうした下品で野蛮な文化には親しみがある。

何が隊長だこのアホ、ぐらいには彼女は思っていることだろう。


「……ふ、ふん、ビリッケツコンビはそこで詠唱の準備だけしといてくださいですわ。逃げだしたら、私がその、貴方たちを、こ、殺すことになってしまうのですのよ!」


そうキツく言い放って、スカーレットは去っていく。

頑張って威厳を出そうしているようだが、いまいち怖くない。彼女なりに必死なんだろうみたいな感覚が出てしまう。


「わからず屋の隊長サマだ。エドのふわっとした最高の感覚を一切取り合わないで」

「……困ったな。スカーレットさん、本来もっと頭の良い人なんだけど」


エドはそうこぼしつつ、言われた通り詠唱の準備を進める。

隊長たる彼女から命令された以上は従わなくてはならない。よくわからないが、それが軍人というものなのだろう。


「たしか、結構なお嬢様だったな、我らが隊長サマは」

「……僕や君とは違って、由緒ある魔法士の家系の御令嬢だね。まぁここに送られる時点で、ちょっと事情がありそうだけど」


魔導書を開き、マナの流れに合わせて呪文を紡いでいく。

他の場所でも同じように学生が呪文を書いているところだろう。

陣形魔術はよくオーケストラに例えられる。楽譜に沿って様々な種類の魔術を同時に起動させることで大規模な技へと昇華する。

この“X学級”全員での共同作業。それがこの作戦の概要である。


だからこの廃墟には3〜5人で編成された学生部隊が各所に配置され、各々のパートの詠唱準備を進めている。

どこか一つでも綻びがあれば魔術は未完成に終わるし、最悪暴発までもあり得る。

この区画を任されたスカーレットは、絶対に自分のパートを成功させるのだとひどく奮起しているらしかった。


──彼女、無理しなければいいけど。


少しだけ不安に思いつつ、エドは呪文を紡いでいた。

そんな彼を、椿姫が興味深そうに見つめていた。

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