再読を試みる者へ★★★

 世の中に面白いものが溢れていると感じる時かつて愛読した本を手に取ってみても再び見知った世界を訪ねようと思い立つことは難しい。それよりも新奇なものに、自分をより深い快楽へと導いてくれるように思えるものに惹きつけられる。これは、男が貞淑な妻を差し置いて次なる恋を始めるよりも簡単に起こる。「人生は有限なのだから」これが僕らの言い分だ。

 それでも僕らは元の居場所に帰ることになる。体力が持たないから。度重なる幻滅に耐えられなくなったから。死が目前まで迫って来たから。様々な理由で快楽の探求をやめ、自分が本当に信頼できるもののもとへ身を寄せる。

 僕の場合それは一冊のкнигаだ。彼女は日の当たらない本棚で身を縮こまらせている。そして他の本同様こちらに背表紙を向けて控えめに流し目を送って来る。その変わらない姿に浮気者の後ろめたさがいや増す。

「どうしたら赦してくれるだろうか。見て、嗅いで、触って。そうやって全てのページを愛撫すれば赦されるだろうか。どうして君は何も言わないんだ。咎めは過ちよりも罪深いだとか考えているのか」

 興冷めなもの。首の無い女とまぐわう男の多弁。枕草子にもそう書いてある。果たして擬人法の魔法が解けた。本に話しかける男は本に話しかける男を見張る狂人達の気分を盛り上げるため渋々本をばらしに掛かる。背表紙から全てのページを取り外し、ノンブルページ番号をマーカーで塗りつぶす。後はシャッフルするだけだ。物語の順序をばらばらに。エピローグがプロローグに先行し、殉職する警察官が数枚捲れば何食わぬ顔で煙草を吸っているような具合に。男は紙の束をトントンと揃え、狂人達に差し出す。

「元の順番に戻してごらん」

 きっと良い気晴らしになる。

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