第183話
「お前ら静かにしないか! 王子……こほん。タケトくんの前だからといってはしゃぎすぎだ……」
すぐにシャイニングボーイズのみなさんの後ろから南野マネージャーが姿を見せた。
南野マネージャーさんはスーツ姿のよく似合う女性で、背筋をピンと伸ばし、いかにも仕事のできる雰囲気を醸し出しているため、和んでいた空気も一瞬で引き締まった、気がする。
たぶん、シャイニングボーイズのみなさんが一瞬で真顔になり、素早く壁際に寄ったから特にそう感じるのかも。
「南野マネージャーさん、今日はよろしくお願いします」
メールでやり取りしていたこともあり、以前よりも親しみやすく感じる南野マネージャーさんだけど、実際に会うのは2回目。挨拶はキチンとしないとね……
俺は口角を少しあげて笑顔を作り頭を下げた。
「!? ぁぅっ、う、うむ。よろしく……ます」
突然胸のあたりを押さえる南野マネージャーさん。体調でも悪かったのだろうか? 挨拶は返してもらったけどすぐに顔を背けられてしまったよ。
——うーん。
ちょっと気になりヒーリングを込めた念力を、細く薄く伸ばして南野マネージャーさんの身体に触れてみたけど、どこも悪いところはなさそうだと分かる。ということは俺の挨拶が軽すぎて気分を害してしまったってことかな? 失敗したな。シャイニングボーイズの態度を見倣ってもっと硬くいくべきだったか……なんてことを思っていると、
「こほん。ところでタケトくん。あ、あのペンダントは手元にあるのかな? あ、ありえないとは思うが、身につけてもらっていたりはしていないだろうか……」
南野マネージャーさんにしては珍しく声が小さいが、あのペンダントとは以前シャイニングボーイズと共演した時に南野マネージャーさんからもらった家紋入りのペンダントのことだろう。
女性が身につけるには飾りっけがなくてシンプルかもしれないけど、俺的には好みのデザインだったんだよな……
それに、基本的に女性からもらったものはなるべく身につけるように心がけている。
「これのことですか?」
襟付きの衣装を着ているから見えないが、俺はボタンを2つはずして首から下げていたペンダントを取り出し、トップ部分を右手の平に乗せて見せた。
「!?」
その瞬間、プシューと南野マネージャーさんの頭部から蒸気のようなものが上がったように見えたけど、たぶん気のせいだろう。
「ぅ、うむ。それだ。そうか……だな。こ、この局内では男性に不親切な者もいるからな……収録スタジオではそのようなことはないだろうが、それ以外で、もし1人で出歩くことがあればそのペンダントを見えるようにしているといい。すこしは話しやすくなるはずだからな」
「そうなんですか? それはありがたいですね」
南野マネージャーさんの言っている意味は何となくわかった。
——あの時持っていれば損をしないと言っていたけど、こういう意味だったのか。
実際、ここに案内してくれたスタッフさんや、すれ違ったスタッフさんなんかも、俺のことはいない者のように扱われたからね。
まあ、今日はミルさんだけじゃなく香織や先生もいる。1人で出歩くことは無いだろうけど……
「それと、何度も伝えていると思うが、南野マネージャーと呼ぶのは無しだ。私のことはマリでいいからな」
以前メールのやり取りで、自分が認めた者は名前で呼ばせているとかなんとか言っていたけど、俺もってこと? 俺、南野マネージャーさんに認められていたってことなのか?
「マリさん……ですか」
「ぐふっ、そ、それでいい」
それでいいと言いつつ南野マネージャーさんじゃなくてマリさん(南野マネージャー)は香織の方に身体ごと顔を向けてしまったが、その瞬間、目を見開いたかと思えば香織に向かって満面の笑みを浮かべて両手を差し出している。
「え?」
香織も少し戸惑いながらもそれに応えるように両手を差し出し……両手でがっちりと握手をしている。
そういえば案内してくれたスタッフさんも笑顔を浮かべて目をキラキラ輝かせていたような……
「あなたがタケトくんの奥様ですね。安定期に入ったとは聞きましたが5ヶ月目くらいですかね? あ、失礼しました。私シャイニングボーイズのマネージャーをしております南野万理と申します。よろしくお願いします」
なぜか言葉遣いの丁寧なマリさん(南野マネージャー)。でも早口。嬉しくて興奮している感じにも見えるけど……どういうこと……?
「は、はい。こちらこそ、私は剛田武人の妻の野原香織と申します。もうすぐ6ヶ月目になります。本日は突然のことで申し訳ないのですが、ご迷惑にならないように……」
「ご迷惑とかそんなことはお気になさらず、こちらでは『妊婦は縁起がいい』『妊婦はツキを呼ぶ』と喜ばれているくらいですので。
それで、その、ご迷惑でなければ、お、お腹に少し触れても、いえ、触れさせていただけないでしょうか?」
なるほど。あのスタッフさんたちが目をキラキラ輝かせていたのは妊婦に会えて嬉しかったからで、そわそわしていたのはお腹に触れてみたかった……のかな?
「そうなのですか。それなら……」
「ありがとうございます。では失礼して」
なんて言葉を交わしていたマリさん(南野マネージャー)は香織のお腹にそっと触れるのだが、気の強そうな雰囲気を纏うマリさんが、恐る恐るといった様子で触れようとしている姿はなんか可愛らしいね。
「……な、なるほど……これは……おっ」
突然、笑顔を浮かべたマリさん。
「ふふふ。いまちょっと動いたようですね」
「そのようですね……これは良いことがありそうだ」
それからみんなにも挨拶をしたマリさんとシャイニングボーイズのみなさん。
もう少ししたらスタッフが呼びに来るだろう、邪魔して悪かったと言い残して部屋から去っていった。
「タケトくん。こっち座って」
髪のセットが途中だったため、手持ち無沙汰になっていたさおりたちに促されて、化粧台の前に座る。
今回はこんな感じでいこうか、なんてことを話し合っていたさおりたち。毎回スタイリストとしての腕を上げている器用な彼女たち。出来上がりは完璧(俺視点)。あとはスタッフさんが来るまでゆっくりしていようかと思っていたが、なぜか俺の目の前には中山さんと新山先生が。
「タケト様、私は中山綾子と言います」
「はい」
俺のマネージャーだもん知ってるよ。
「タケトくん、私は新山美香と言います」
「はい」
俺の担任の先生だもん。もちろん知ってるさ。俺が不思議に思い首を傾げていると、
『タケトくん。マネージャーと先生、名前で呼んでほしい』
ななこからそんなテレパスが届く。でもその理由がわからない。
「中山綾子です」
「新山美香です」
『さっきのマネージャーのことマリって呼んでたからだと思う』
なるほどだと思った。苗字呼びに慣れすぎていてあまり気にしていなかったけど、ここにいるメンバーで、名前で呼んでいないのは中山さんと新山先生だけだね。そんなつもりはないけど、仲間外れにされているような気がしたのかもしれない。
「えっとアヤさんとミカ先生ですよね。分かってますよ」
俺がそう言葉にすると、
「そ、そう。ならよかった」
「……ありがとうございます」
顔を真っ赤にしていたがアヤさんとミカ先生はとてもうれしそうにしながら香織の側に戻っていった。
『ななこ助かったよ』
やはり仲間外れにされていると思っていたようだね。そんなことないのに。
なぜかななこに肩をぽんぽんされてしまったけど、よかったよかった。
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