第67話

「ただいま〜」


「あ、武人くん。おかえりなさい」


 ただいまって帰れる家があるとうれしくなるね。なんとなく沈んでいた気分も払拭できそう。


「武人くん、何かあったの?」


 と思ってたらすぐに香織に気づかれた。香織が心配そうな顔をしながら近寄ってくる。


 文化祭の打ち上げが終わると、MAINを使い『今から帰るよ』と香織にメッセージを送り既読がついてからテレポートで家の玄関まで飛んだ。


 突然玄関に人が現れて香織をびっくりさせてしまったら悪いと思ったからだ。


 ただその帰り際、つくねたちから新曲の入ったミュージックンを預かり別れた後のことなんだけど、申し訳なさそうな顔をした新山先生に呼び止められ、担任失格ね、気がつかなくてごめんなさいと先生からも謝られた。


 先生の後ろには尾椎さんたちが俯き加減で立っていたが、その後は、先生が俺に謝ったメンバーみんなを連れてどこかに行った。うーん。


「武人くんはその子たちが学校からなんらかの処分を受けるかもしれないから気持ちが沈んでいたのね」


「……分からない。特別仲が良かったってわけじゃないから」


 でもやっぱり気分は良いものじゃない。例えるなら暗いニュースを聞いて気分が沈むような感じにも似ている。


「!?」


 近づいてきた香織がすっと抱きついてきた。突然のことに驚いたが香織とは夫婦になったんだ。むしろ心配してくれているのだとうれしくなった。


「……武人くんのことだから、彼女たちがそんな行動を取ったのは自分のせいかもって心のどこかで思っているのかもしれないけど、それは違うと思うの。彼女たちは十六歳。物事の分別くらいつきますよね。

 武人くんが問題を大きくしなかったから何事もなく済んでいるけど、彼女たちのやったことは犯罪よ。懲戒(先生からの指導)くらい受ければいいのよ。武人くんが許してるから謹慎(停学)、悪くても留年くらいですむんだからむしろ受けるべきね。

 現に暴露系のネッチューバーやそれに加担した人たちも証拠や証言がとれた時点で逮捕されてるんだから」


 その暴露系ネッチューバーの逮捕は知ってるけど、他のネッチューバーから訴えられたからって聞いていたような……え? そういう風に見えるように動いて、油断しているところを逮捕していったの? 知らなかった。


 でもなんで香織はそんなことを知ってるの……俺のことが心配で調べてくれたの? そうだったんだ。ありがとう。


 香織には色々と相談をしているし、修繕する前の家の状態も知っているからだろう、香織はふふふと笑みを浮かべているがその目は笑っていない。


 あ……香織、さん。怒らせると怖いかも。


「武人くん、つくねちゃんたちは何も言わなかったの?」


「……いえ、何も……ぁ!?」


 今に思えば、しーんとしていたけど、ピリピリとした雰囲気もあったような。今の香織みたいに……


 もしかして尾椎さんたちは針の筵状態だった? そういえば、つくねやさちこ、さおり、ななこ、それに先生やお弁当の仲間たちまでもがちらちらと尾椎さんたちのことを見ていたような……え、だから彼女たちはずっと俯いていたのか。そんなことを考えていれば、


「……なんとなく分かったわ」


 一人でなにやら納得した様子の香織が俺からすっと離れたかと思えば……


 ——ん?


 腕を絡めてきて俺の左側にぴたりと寄り添うと、


「冷たいようだけど、武人くんが気にしてもしょうがないわ。それよりも少し早いけど夕食の準備をしているから武人くんは先にお風呂に入ってきて」


 お風呂場までわざわざ付き添ってくれた香織。俺を脱がせようとするからそれは遠慮した。だって恥ずかしいし。


「ふぅ〜スッキリした」


 いつもより少し長めにお風呂に入ったら、もやもやしていた気持ちもいくらかスッキリしていたので、そのままダイニングに向かう。すると、


「香織ありがとうね。お風呂に入ったらだいぶスッキリし……す、すごい!」


 ダイニングに入ってすぐに目についたのは食卓に並べられた豪華な食事。


 文化祭の打ち上げに行く前に帰宅は何時くらいになりそう? と聞かれていたから大体の時間を伝えていたけど、その時間に合わせて準備をしてくれていたようだ。


「ふふふ、ほら、私たちは今日正式に夫婦になったでしょう。だから頑張ってみたの」


 少量ずつ作っているのは食べ切れるように配慮してだろうけど、パッと見ただけでも、かなり手間がかかっていることが分かる……

 しかもデザートには結婚祝いと入った記念のケーキ(2人分)まであった。


「ありがとう香織。すごくうれしいよ」


 そんな香織はにこにこしながら食卓の対面(いつもの席)に座った。やばいうれしくて涙が出そう。


「……本当にありがとう」


「私もうれしいからいいのよ。さあ食べましょうか」


 香織のグラスにスパーリングワインをグラスに注ぐと、今度は香織が俺のグラスにブドウジュース(飲酒ができないので気分だけ、赤ワインのつもり)を注いでくれた。


 スパーリングワインは飲み残してもシャンパンストッパーを使えば数日は保つので大丈夫。


 2人でゆっくりと食事を楽しみ、デザートを食べて、新曲をスピーカーから流しつつ一緒に片付けをしていると、


 ピロン♪ピロン♪


 俺と香織のスマホからメッセージの届く音が同時になった。


「バンド用のグループチャット? さおりからだね」


「そうみたいね」


 MAINアプリを起動して確認すると、


さおり:武装女子チャンネルの登録者数がすごいことになってるよ! 【デフォルメねこが驚いているスタンプ】


 さおりからデフォルメねこの驚いているスタンプと一緒にメッセージが届いていた。


「登録者数?」


 動画投稿してまだ一日も経っていなかったよな……なんてことを考えながら登録者数を確認してみると、


 登録者数が100万人を超えていた。


 ピロン♪ピロン♪


さちこ:10万人じゃなくて100万人だよ。


さちこ:100万人〜


さちこ:100万人だよ〜


つくね:さっちゃん落ち着いて、大丈夫。大丈夫だから。


さちこ:つくね〜一日で100万人〜


つくね:さっちゃん自分の動画チャンネルが10万人突破してすごく喜んでいたんだけど……どうしようさっちゃんが壊れちゃった〜


さちこ:つくね〜壊れちゃったはないよ〜。ただ本当にうれしかったんだよ〜だって100万人だよ。100万人突破は私の夢だったんだから。


さおり:でもどうして急に増えたのかしら……


ななこ:私たちが文化祭でライブしている動画。会場にいたネッチューバーが投稿してるよ。

 朱音色々チャンネル、メイクアップゆうチャンネル、食べちゃイートチャンネルなどなど……


たけと:あれ、そのネッチューバーって俺がお邪魔したことのあるネッチューバーだね。わざわざ会場にも来てくれていたんだよね。あとでお礼を言っとくよ。


ななこ:うん。

つくね:武人くん、ありがとう。

さおり:ありがとう。

さちこ:ありがと〜



 そんな一幕はあったけど『武装女子チャンネル』は好調な滑り出しとなった。


 みんなではじめたチャンネルだからうれしさもひとしおだったが、俺にはうれしいことがもう一つ。


 その日俺は一つ大人になったのだ。




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