友情パワーで単位を得るかもしれない話
「どうかっ!どうか卑小なる
西園寺と東雲、そして僕の足下で見事な土下座をキメた北条が、床に額を擦りつけたまま叫んだ。
……うん。半年ぐらい前にも見たやつだ、これ。
前期の講義をすっぽかしてパチンコ三昧であった北条は、その時も今みたいな土下座をキメて僕たちの助力を得るとで何とか試験期間を乗り切っていたのである。運悪く前年度から各講義の評価基準が厳しくなりそれはもう大変な目にあった北条だが、残念ながらその教訓が活されることはなかった結果がこれだ。
尚、後期試験期間の開始十日前の出来事である。
せめてもうちょっと早くそれをやっても良かったんじゃないの君?
「……さて、どうしようか」
「そうだねえ……何か良い案はある?」
西園寺の問いに東雲は苦笑しながら僕の方に話を回してくる。
僕は肩を竦めてノーコメントを貫いた。
別に僕も西園寺たちも北条の日頃の生活態度からこのような事態になるのは織り込み済みであったし、助けてやるつもりがないのであれば前期の時点で見捨てている。
北条自身も悪いとは思っているらしく、
それでもこうしてもったいぶった態度を取っているのは、本当なら見捨てるところだけれど、友達だからまあしょうがなく助けてやろうという体裁みたいなものだ。友人知人とは言え遊び歩いている学生に無償で手が差し伸べられるほど世の中甘くないのである。
「まあ特に意見も出ないみたいだし、前回みたいにちょっとお高いディナーを奢ってもらうぐらいが落とし所じゃないかね」
僕と東雲は西園寺の言葉に頷いた。必要なのは北条自身の誠意であって何かを要求しようというつもりは僕たちにはないのだ。誠意として分かりやすい金銭的な対価を当てはめてはいるが物品として残るのは何となくいやらしい感じがするし、奢らせるぐらいが妥当であろう。
「と言う訳なんだけれど、夏希の予算的にはどんな感じ?」
東雲の問いかけに、北条は顔を上げぬまま既に用意していたらしい財布を手に取り、器用に中身を開いて逆さに振ってみせた。
ちゃりんちゃりんという小気味よい音と共に小銭がいくつか床に落ち、続いてお札が数枚ふわりと着地する。
お札に描かれた肖像画を確認すると、野口先生が一枚、二枚──。
……おい。
僕が呻くように声をかけると、北条は低い姿勢を身体を沈めることでさらに低くしながら言い訳をする。
「ち、ちがうの!ホントはちゃんと前期と同じぐらいの予算を準備してたのよ!ただ……ちょっと予想外な出費があって……」
パチンコか。
「パチンコだね」
「パチンコに違いないな」
全員に断定された北条が慌てて顔を上げた。
「ち、違うわよ!流石に留年がかかってる状況でそんなことしないって!……た、確かにちょっと準備しようとしてた予算より使っちゃったな~ってことはあったけど」
やっぱりちょっとパチンコに予算吸われてるんじゃねえか……。
まあ、すべてがそうなった訳ではないようなので弁解ぐらいは聞いてやってもいいだろう。
「それで、どんな事情でそうなってしまったんだい?何か困ってることがあるなら相談にのるけれど……」
西園寺が心配そうに北条に問うた。
北条のやつはパチンコのために講義をさぼり散財して身持ちを崩す残念なところはあるが、パチンコが絡まなければ比較的まともなやつだ。
そんな北条がパチンコ以外の理由で大事な予算に手を付けるとはそうそう考えられないので、何か特別な事情があるものと考えたのだろう。
「い、いやあ……その……ね」
北条は西園寺の視線から逃れるように目を逸らすと、言い辛そうにしつつも口を開いた。
「じ、実はここのところクリスマスパーティーだとか年越しだとかで食べ過ぎたせいか、ちょっと体型が……」
「そうなの?確かによく見ると服がちょっとぴっちりしてるような気がするけれど……」
そう言われたらそんな気も……。しかし、散財したことと北条が太ったことに何の因果関係が?
首を傾げる東雲と直球で問う僕に北条が反発する。
「太ってないし!ちょっと胸のサイズが大きくなっただけだし!」
「マジで!?」
西園寺はそれを聞いて北条の胸元に血走った目を向けた。
「た、確かに去年と比べて育っている……!いつの間に……!」
あんな風に胸を見ているとは思われたくないのでちらりとだけ北条の胸を見てみるが、僕には相変わらず大きいなぐらいにしか感じなかった。確かに北条は年齢的にはまだ未成ねげふんげふん、成長の余地のある年齢ではあるし、本人からすれば重大事項なのだろうが元が元なのでちょっと大きさが変わったぐらいは誤差にしか思えない。
僕はそんなことよりも西園寺の反応こそが気になった。日々北条の胸を凝視している西園寺が気がつかないなんてことがあるのだろうか。
……いや、最近は西園寺も文芸サークルや才藤さんや東雲つながりで学部の友人と交流を図ったりしていて、女の子との交流が増えているので女体への興味や欲求が薄れているのかもしれない。
それならば西園寺が北条の(肉体的)成長に気がつかなかったことも理解できる。
西園寺も(精神的に)成長しているんだなあと僕が勝手に感慨に浸っている間も会話は続く。
「つまり胸が大きくなってブラの買い換えが必要になったってことなんだね」
「そうなのよ!こればっかりは買わないわけにはいかないからさあ。小さくなったやつ使ってると痛いしきついしだし、まさかノーブラってわけにもいかないし」
「それはそれで見てみたいな」
「支えなしでこんな重いもんぶら下げてたら靱帯が死んじゃうって!」
「きっとすぐに伸びきって胸が垂れ下がるだろうね」
東雲の言葉にだるんだるんになった己の乳を想像したのか、いやあっ!と悲鳴を上げて己の胸を掻き抱くようにして支えるのだが、胸が強調されたその姿勢は西園寺を喜ばせるだけであった。
とにかく事情は理解した。そういうことであれば、情状酌量の余地ありということで良いのではなかろうか。
「そうだね。ボクとしては今の告白でもう許せるぐらいなんだけれど……」
そんなことで買収されるのはお前だけだ。
まあ実際の所、謝礼を後払いにするか金銭が絡まない方法で誠意を示すかどちらかだろう。北条の趣味を考えると金銭関係が一番堪えるのは間違いないと思うが。
「別にそこにこだわらなくても良いんじゃないかな。他の方法があるならそれに越したことはないよ」
「ボクもそれで良いと思う」
ふむ。ふたりとも同じ意見か。
しかし、金銭が絡まない誠意となると案が浮かばないというのが正直なところだ。いっそのこと各人が北条に一回言うことを聞かせるとかそういうのの方が面倒がない気がしてきたな。他のふたりといちいち擦り合わせしないですむし。
僕の何気ない言葉に西園寺が反応した。
「ん?今何でもって?」
言ってねえよ。何でもとは。
「言うこと聞くのは良いけど、何でもってされると持ち合わせの問題が……」
金の心配が先なのか……。というか金持ってないやつにそんなこと言ってもしょうがないだろうが。
「本当に何でもありにするのはどうかと思うし、夏希が嫌だったら拒否してもらえばいいんじゃないかな」
「そういう条件なら良いかなあ。むしろ条件が緩くなって申し訳ないぐらい」
いや、こういう条件でも付けないと危ないやつもいるし、それで問題ないだろう。
僕がそう言いながら西園寺を見ると、やつは真剣な顔でぶつぶつとつぶやきながらと考え込んでいる。
「そうすると、ナツが許してくれそうなぎりぎりの範囲を狙わないといけないわけか。見極めが難しいな……。本人の様子を見る限りち、乳を揉むぐらいは……ふひっ。……君、どう思う?」
僕に振ってくるんじゃねえよ。
「……やっぱりこれぐらいの縛りは必要よね。うん」
全員が納得したところで、さっそく何をやらせるかだが……。
僕はまあ無難なところで家事をやってもらおうかな。せっかくだからがっつり部屋の掃除をしてもらうとしよう。
「なるほど、それぐらいで単位が取れるなら全然オッケーね!まかせてちょうだい!」
「私はどうしようかな……。特に命令してまでやってもらいたいようなこともないのだけれど」
東雲はううん、と首を捻りながら考え込んでいる。まあお使い程度の簡単な内容を命令してもしょうがないし、良い感じの命令なんてそうそう思いつかないだろう。
そんな東雲の背後でぶつぶつ言っていた西園寺が顔を上げた。
「それなら部屋の掃除中、ぱっつんぱっつんの猫耳ミニスカメイドのコスプレをして……後は語尾ににゃんと付けてもらおうか」
ええ……。
あんまりな命令に僕がドン引く中、北条もちょっと引きつった顔で抗弁する。
「いやあ……それは……。せ、せめてコスプレだけにならない?ほら、命令権はひとつだけなんだし!」
まあ北条とて、普通にコスプレをするぐらいならば嫌とは言わないだろう。既にバイト先でろくでもねえ衣装を何度も着させられていることであるし、本人もそういうのは気にしない質だ。
しかし、くっそ恥ずかしい語尾まで付けてしまうとそれはただの羞恥プレイである。やろうと思ってできないことはないだろうが、可能であれば避けたいに違いない。
「ああ、それなら私の命令権をもう片方に使うよ。それなら問題ないでしょ」
「え”っ」
そんな思いを打ち砕く東雲のもうそれでいいやと言わんばかりの雑な決定に、北条は声を詰まらせた。
「うむ、三回聞かなければならない命令をひとまとめで達成できるなんて、なんて素晴らしい組み合わせなんだ。これが友情パワーというやつか……」
そんなことをのたまいながらうんうんと頷いている西園寺。前から思っていたが、こいつは友情というものをはき違えていないだろうか。
さて、一応は命令の内容が出そろったわけであるが、北条はこれを呑むだろうか。
「え~……。にゃ、にゃんはちょっとなあ。でも単位のためだし……」
当の北条はやはりにゃんが気になるようで躊躇している。嫌なら嫌と言ってしまえばいいが、にゃんを拒否された西園寺がどんな代案を出してくるかわからないからだろう。
それを察してかどうかはわからないが、西園寺が口を開く。
「もしにゃんが難しいなら、そうだなあ。ミニスカの下を
「やってやるにゃん!」
*
「ということで、早速掃除を始める……にゃん」
取って付けたように語尾を付けながら、ぱっつんぱっつんのミニスカメイド衣装を身に纏って猫耳カチューシャを付けた北条が宣言した。
やはり語尾が恥ずかしいのか、言葉に照れが見える。
「いいねいいねえ、その恥じらいこそが見たかった……!ちなみにそこは”ご主人様のために精一杯ご奉仕するにゃん♡”と言ってほしいな」
「いやこれご奉仕じゃなくてただの掃除だし、そんな言葉遣いまでは命令に入ってない、にゃん……というか、なんでスマホを構えてるにゃん?」
「ああ、これかい?衣装貸与の対価って事で卯月社長から頼まれてね。大丈夫、会社の外には出さないって約束だから」
「……社内だけなら……まあ別に良いけど、何だか不安なのにゃん」
北条は西園寺の言葉にげんなりした表情でうめくと、諦めたように掃除機をかけ始めた。
僕たち三人はその様子をベッドの上で猫耳ミニスカメイドのちた……もとい掃除を眺めている。
しかし、西園寺の注文通りの衣装が存在することにも驚いたが、その衣装が北条が着れるサイズのモノであることにも驚いた。
あのスタジオはなんだってあんなものを用意していたんだ。
「いつか夏希に着せるつもりで前々から準備してたらしいよ。夏希が金欠で泣きついてきた時を狙っていたらしいんだけれど、手間が省けたって喜んでた」
本当に趣味の延長線に生きてるなあの会社は……。
「まったく素晴らしい会社だよ、スタジオ・コスパーティーは。それよりも今はナツの痴態……勇姿を目に焼き付けようじゃないか」
僕や東雲はただベッドに腰掛けているだけなのだが、西園寺は可能な限りローアングルで撮影をしようとベッドに腹ばいになってスマホの画面を北条に向けている。
もう片方の手でビール缶を持ち美味そうに飲んでいるのだが、ベッドにこぼれそうで怖いからやめてほしい。
そもそも北条の穿いているミニスカートはほとんど用をなさないぐらいに、具体的に言えば僕の目線からでもパンツがちらちら見えるぐらいに短いのでそこまでする必要はないのだが。
「ふむ。確かにスカートが揺れる度にちらちらするパンツも奥ゆかしく、素晴らしいと思う。しかし、今のボクはパンモロが拝みたい」
僕は別にパンチラの良さを主張したつもりはないし、西園寺の直球過ぎる願望もいかがなものかと思う。
「確かにあれはあからさますぎるよね。夏希もよく着るのを了承したよ」
それをシャツにパンイチ姿の東雲が言うのか……。
「君だってそんなこと言いつつナツのおパンツが気になって仕方がないんじゃないかい?それともあの今にもこぼれてしまいそうな乳の方かな?」
確かに北条の服が小さすぎていろんな意味ではらはらしていたことは間違いないが、
「まったく無いと言わないあたりは律儀だね」
「というか人が働いてる横で好き勝手言い過ぎにゃん……」
ミニテーブル周りを掃除機がけしながら北条がぼやく。しかし西園寺はソファーの下を掃除するために屈んでいる北条の尻を眺めるのに忙しいらしくほとんど聞いていなかった。
「掃除するの見てて思ったけれどさ、これって語尾を活かすには掃除中の夏希に積極的に話しかけにいかないといけないよね」
「それはもうちょっと気がつかないでいてほしかったにゃん……」
しばらく北条が掃除しながら西園寺に視姦される様を眺めていたのだが、東雲が思い出したようにそんなことを言うと拭き掃除をしていた北条は苦々しい顔をする。
「おっといけないいけない。確かに見てるばかりじゃ意味が無いね。何かしゃべってもらわないと。そうだな……それなら更新されたパイのサイズ──」
はい、検閲削除です。
「何故!?」
素面のまま露骨なセクハラするんじゃない。せめて僕のいないところでやってくれ。
「ええと、トップサイズが……」
お前も普通に白状しようとしてるんじゃねえよ。
「だって、普通に下着も洗濯してもらってるんだからあんたにも後で確認されるわけだにゃん?」
いや、確かに洗濯はするかもしれないけれど……僕がサイズチェックをしているような言い方はよせ。
「あれ、してないの?」
してない。
「ううん、ちょっと目が泳いでいるような気もするんだが……」
泳いでない。
というか今は北条に会話をさせるのが目的だろう。話が脱線してしまっているんじゃなかろうか。
「まあ
「別にそんなことないにゃん。最近はこっちに入り浸ってるし。昔から親が共働きだからある程度身の回りのことは自分でやってきただけにゃん」
「なるほどね。うちは母が専業主婦だからその辺はあんまりだったなあ。シノのところは……」
「私は弟のお世話があったから」
「あ、うん。……君も家事はいつもきっちりやってるよね」
確かに今はその通りだがうちは二世帯同居でばあちゃんが家事を取り仕切ってたから、あくまでこっちに来てからの習慣である。
「はえ〜。今までやってこなかったのによくちゃんと家事をやろうなんて気に……あっ」
そこ、ちゃんと語尾を付けろ。
「おっといけないにゃん」
「夏希も語尾使うのすぐに慣れちゃったね」
テーブルの上を拭きながら肩を竦める北条に、東雲がちっとも残念じゃなさそうに言う。
「確かに最初は恥ずかしかったし抵抗感あったけど、身内で話してるだけだし慣れてきたら大したことないにゃん」
「命令をもうちょっと捻るべきだったなあ。萌え萌えで媚び媚びな感じの口調で語尾をにゃんにする、みたいな」
「萌えなんて言葉ここ十年ぐらい聞いてない気がするよ」
ぶっちゃけ死語だよな。
「そんな命令だったら絶対に拒否してたにゃん。そういうのを求めているなら秋葉原に行った方がいいにゃん」
「むう。最近は秋葉原の街で客引きしているメイドも皆コンカフェ店員だって話だしなあ……。いや、それはそれでいいか?」
全員が全員そうとは限らないし、コンカフェは調子に乗って酒を大量に注文してお会計で泣く未来しか見えないから止めた方が良いと思う。
「それならうちの地元にある喫茶Morphoに行くのはどうかな?萌えとかそういうのを売りにしてるわけじゃないけれど」
ああ、あそこなら制服がクラシカルメイドっぽいし、店員の質は折り紙付きだしコンカフェよりもマシだろう。
「へえ。そこって君や七野ちゃんが助っ人に入ったとかいう店だろう?」
東雲の提案に僕が頷くと西園寺が興味を示した。
「それにしても朴念仁な君が女性の容姿とかに太鼓判を押すとは珍しいね」
朴念仁じゃない。
まあなにしろあの店の従業員は基本的にひとりを除いてすべて女装した男性である。その癖容姿に関しては皆女性と見分けがつかないし、男心については知り抜いている人たちだから少年の心持った西園寺もどハマりすること請け合いだ。
そんなことをわざわざ伝えるつもりはないが。
「それは面白そうにゃん!確かシノちゃんの高校の友達もいるって話だから、いろいろ話を聞いてみたいにゃん!」
僕だったら高校時代の話を晒されるなんて死んでもごめんだが、東雲は気にならないようであっさりと頷いた。
「大して面白い話は出てこないと思うけれど、弟も働いてたお店だし昔語りには事欠かないかもね」
ああ、あの久我様が東雲の弟を知ってるような口振りだったのはそういう……って。
そこで僕はある事実に気がついた。
思わず東雲を見るが、やつはいつもと変わらぬ表情である。
僕はそんな東雲に問いかけようと口を開きかけ、そしてそのまま口を噤んだ。
「どうしたの?」
不審な態度を見せてしまった僕に東雲が問いかけてくるが、僕はなんでもないと首を横に振った。
そう?と首を傾げてから会話に戻る東雲。
……東雲の弟があの喫茶Morphoで働いていたとして、いったいどっちの姿で接客をしていたのか。
東雲も聞いたら答えてくれそうな気がするのだが、事情を知らない人間がいるこの場で聞くのは憚られた。
そして何より東雲の歪んだ
今までちょくちょく漏れ聞こえてきていた東雲の弟像であるが、こちらの方もここにきて大きく歪んだなあ……。
「さあて、リビングはこんなところでおしまいにゃん!後は水まわりだけでいいかにゃん?」
僕が遅まきながらひとり東雲姉弟の関係に憂慮していると、テレビボードを吹きあげていた北条が立ち上がって伸びをしながら確認してくる。
それで構わないと伝えると、北条はオッケー!と応えてリビングを出て行った。
そんな北条の後ろ姿を──正確にはその下半身を眺めながら、西園寺が真剣な表情でつぶやく。
「水まわりか……。濡れ透け感狙いでもっと薄い生地の衣装にしてもらうように頼むべきだったかな?」
流石の北条もそんな衣装だったら拒否していたに違いなかった。
*
「さあて、掃除も終わったし早速後期試験の対策に入るにゃん!」
風呂場とトイレの掃除を終わらせた北条が意気揚々とテーブルの前に座った。既に命令は終わっているのであるが、衣装も脱がないし語尾も外していないのは気に入ったということだろうか。
どちらにしろ西園寺が余計なことをしゃべるなと言わんばかりの鋭い視線で牽制してくるので、指摘するのは止めにしておく。
「さあて、とりあえず各講義の情報についてにゃんだけど……」
北条の言葉に、僕たちは用意していた各自が北条と被っている講義のレジュメを取り出した。
「じゃあ私から。まず現代文化論は今まで出してたミニレポートに加えて学年末レポートがあるね。これは課題図書を読んでそれについてのレポートを書くことになるんだけれど……」
「ボクの方はロシア語初級からにしようか。必修なのに評価方法がテストのみというのは恐ろしいね。これは前期のテストよりも後期のテストの方が評価比重が高いらしいからこれを落とすと来年も一年間ロシア語をやり直すことに……」
僕からはまず近代文学史だな。これは今まで配られたレジュメを持ち込んでの論文作成だからレジュメに目を通しておけば何とかなるだろう。
文芸サークルでは何故か毎回真面目に参加していた人が単位落として試験だけ受けた先輩が通ったという話も聞くからどんな落とし穴が待っているかわからないのが欠点ではあるが。
「次はアジア文化──」
「ちょ、ちょっと待って……」
代わる代わる情報を落としていく僕たちに、北条が待ったをかけてくる。
「な、何か重い内容が多くない……?一応前期の大惨事を踏まえてしっかり情報収集した上で後期のカリキュラムを組んだはずなんだけど……」
語尾を付ける余裕もなさげな北条に、僕たちは顔を見合わせる。
「まあ、確かに予想よりは多いかもしれないけれどもね……」
「そんなのは前期の試験で去年の情報が当てにならなかった時点で予想はついてる話だよ」
「あ、後十日で間に合うと思う?」
震えた声で問うてくる北条。
なあに、心配ない。レジュメも情報もここにすべて揃っているのだ。今からでも朝から晩まで死ぬ気で取り組めば何とかなるはずである。……たぶん。
「に”ゃんっ!!」
僕は精一杯優しい笑みを作って答えてやると、北条は絶望の表情で泣き声を上げた。
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