ゲーム廃人はヴァーチュアルの夢を見る・前
『おい、西園寺。こんなものがうちに届いたんだが、どう考えなくてもお前の仕業だな?』
僕は最近連んでいるやつらとのグループトークに文面と共に写真をアップした。
写真の中身は、先ほど通販で送りつけられてきた目の前に鎮座するブツである。普段はお目にかかれない特大サイズのペットボトル。入っている液体は琥珀色で、見た瞬間に何となく察しはついてしまっていたのだが、ご丁寧にも答えは側面に貼り付けられた黄色のラベルにすべてが記載されていた。
『業務用 角瓶 5L』。こんなものを購入して送りつけてくる心当たりが一人しか思い当たらず、詰問した次第である。
送った内容にはすぐに既読が付き、容疑者西園寺だけでなく、北条や東雲からも反応が返ってくる。
『デカアァァァァァいッ説明不要!』
『ああ、もう届いたのか。思ったより早かったな』
『業務用のやつか。通販で売ってるんだねえ』
『隣に置いてあるやつはなにかしら?』
『ディスペンサーじゃないかな。キャップの代わりに付けて、プッシュすると中身が出るやつ』
『そうそう。この前のバイトで懐が暖かくなったからね。ウイスキーだと他の種類のが安くて角瓶はちょっと高いんだけど、見た目のインパクトに負けてつい買ってしまった』
案の定西園寺容疑者から自供が取れたので、犯人に格上げだ。
『つい、じゃない。めちゃくちゃ邪魔なんだが???』
『まあ、考えてみたまえよ。講義やバイトに疲れてスーパーで買い物する気力も無いまま家に帰ってきた時、冷凍庫からグラスを取り出す!ディスペンサーをワンプッシュ!割物をぶち込んでぐいっと一気!……最高では?』
僕の追求に、西園寺はこのデカブツを置いておくメリットを説明してくるが、この女ほど酒に思い入れのない僕にはまったく響かない。
『それをやるのはお前だけだ。せめて氷入れる手間をかけろよ』
『うるせェ!!!飲もう!!!!(どんっ!!)』
『お”お”!!!!(目を潤ませるトナカイのスタンプ)』
『泣ける』
『泣けない。まず帰る家をうちに設定するんじゃない。やるなら実家でやれ』
『実家にこんなもん持ち込んだら家族会議ものだろうが!!!』
『そんなヤバいブツをうちに持ち込むなよ……』
西園寺にしろ他の二人にしろ、実家でも抑圧、制限されがちな自分の癖を我が家に持ち込むことで解消しようとしている節があるので困る。
一人暮らしの部屋にしてはそれなりに広く、モデルルーム並みとはいかないまでも物が少なくすっきりとしていた我が家が、最近は酒瓶とかよく分からないアニメのグッズとかたばこのカートンとか、その他小物や僕の物でない衣類とかに浸食されてきている。
別段潔癖症でも掃除が趣味でもなく、ただ暇な時間が多かったがために部屋の美観を維持していただけなので、多少部屋がちらかっていてもかまわないのであるが、物には限度という物がある。
『ていうかあたしら何度も泊まってるんだし今更じゃない?』
『今でさえ週二、三回のペースで泊まり込んでるんだぞ。こんなブツ置いたら回数が増えかねないだろうが』
『そんな素敵な物が置いてあったら毎日でも通うね』
『僕のプライバシーはどうなる』
『そうだよ。彼にだってプライベートの時間は必要だよ』
『いいぞもっと言ってやれ』
『ひとりになれなかったら彼だっていつシコればいいかわからないじゃないか』
『なるほど』
『確かに』
『おいやめろ』
そういう問題じゃない。
いや確かに、まあ、懸念のひとつであることは間違いないのだが……。
東雲のありがた迷惑な配慮で週七泊まりという最悪のパターンは回避されたが、何だか釈然としない。
『まあまあ。今日とは言わないから、明日ぐらいはいいだろう?華の金曜日なのだし。せっかくだから皆でぱあっとやろうじゃないか。割り物とかはボクが買っていくから』
ちらりと卓上カレンダーに目を向けるが、確かに明日はこれと言って予定が入っていなかった。ううん、明日ならいいか……、と僕の気持ちが傾いた時。
ピロン、という音と共にラインの通知が入る。スマホに視線を戻すと、僕たちが話しているグループラインとは別口からの連絡だった。
……ふむ。
文面を確認した僕はその内容に顔をしかめつつも、グループトークに返信を返す。
『悪いが明日は駄目だ』
『おや、何か用事かい?』
『大家の婆ちゃんから仕事が入った。明日の夜から明後日、悪いと日曜日まで潰れる』
『休みが丸つぶれじゃない!?何やらされるのよ???』
『ゲーム』
『……ええ?』
*
大家さんから依頼される仕事は多岐にわたる。
物置の掃除や買い物の荷物持ちなんてベタな雑用もあれば、車の運転をやらせる事もある。旦那に先立たれ、自分も免許も返納したからというが、免許取り立てのペーパードライバーとしては人を乗せての運転なんぞ怖くてしょうがないので勘弁いただきたいのだが。
まあそういった仕事の中の一環としてちょくちょく入るのがお孫さんたちの世話というものだ。
何故かお孫さんたちは大家に養育されているらしく、ご両親の姿を見たことも話を聞いたこともないのであるが、所詮他人の家の都合なので理由を聞いたことはない。
ともかく、そのお孫さんたちがゲーム好きであるのだが、最近のゲームはけっこうオンラインでマルチプレイなタイトルも多いため、僕が数あわせで呼ばれる次第である。
「なるほどねえ。つまり、お孫さんと遊んであげる一環としてゲームをするって訳か。紛らわしい言い方をするなよ」
「仕事でゲームって言うからどういうことかと思ったよ」
僕の説明に、西園寺と東雲が納得したようにうなずいている。
いや、今更だけどお前らなんでいるんだよ。
金曜日の夕方、講義を終えて帰宅し仮眠をとっていた僕は、二人の訪問に起こされた。寝起きで頭が働かず、つい説明までしてしまったが、今日は飲みは無理だと伝えてあったにもかかわらずやってきた二人に疑問を呈する。
「いやなに、日頃宿代わりにさせてもらっているし、ボクたちで何か手伝えることがあればと思ってね」
「邪魔になりそうなら退散しようと思ってたけど、そういう話なら手伝えそうだね。夏希もなんかパチンコで沼ってるとか言ってたけど後から来るから」
北条……。あいつはホントぶれないな……。おそらく当たらなくて熱くなっているのだろうからやつはしばらく来れないな。しかし、手伝いか……。申し出はありがたいのであるが、正直手伝ってもらうようなことがあるかは疑問だ。
「どうしてだい?ボクらもそれなりにゲームの心得はあるから、一緒に遊ぶぐらいのことはできそうだけど」
それはわかってる。我が家でも酒飲みながら皆でゲームしたりするし、西園寺たちがゲームが下手ということもない。
それでも、今回に関してはちょっと難しいだろう。なにせ今回遊ぶゲームは
「FPSって……、戦争したりするシューティング?」
「イカとかタコが液を塗りたくるあれかい?」
西園寺の言い方はなんか引っかかるな……。まあジャンルはだいたい合ってるが、それじゃない。もっと敷居が高くてめんどくさいゲームだ。
「そういう系か。確かに手伝うのは難しそうかも」
「ボクも動画とかは時々見るけど、一緒にやるには足手まといになりそうだ」
そういう事だ。僕もそちらに拘束されるし、寝ようとしてもゲーム画面の光が邪魔するだろうから泊まるのもおすすめしないな。
「いや、そうは言っても日付が変わる前には終わるだろう?帰るのもめんどくさいし、泊めてもらえるとありがたいんだけど。終わるまでは静かにちびちび
残念ながら日付が変わっても終わらないぞ。
「うわあ、休日とはいえよくやるね。朝までコースってこと?」
いや、二十四時間耐久コースだ。
「はあ!?」
西園寺が何言ってんだこいつと言わんばかりの表情を見せるが、ガチである。今回の依頼は、大家の婆ちゃんの孫たちと一緒に二十四時間ぶっ続けでFPSだ。
「なるほどね。金曜日の夜から土曜の夜までゲームしっぱなしなら、そりゃあ日曜日は死んでるか」
「いやいやいやいや、どんな依頼だよそれ。なんで休まず耐久する必要があるのさ。どうせなら夜は寝て日中遊べばいいじゃないか」
そうなんだよなあ、本来は……。僕としても気は乗らないが、これも大家さんからの依頼なのだ。家賃削減のため、僕に受けない選択肢はないのである。
僕の話を聞いても、興味が湧いてきたと言って二人は帰ろうとしなかった。まあ、おとなしくしていてゲームの邪魔をしないのであれば別にかまわない。
約束までまだ時間が合ったので、三人でご飯を食べに出たりゲームの間に必要そうな物を買い出したりシャワーを浴びたりした。
部屋でだらだらしていると、呼び鈴が鳴る。
「あれ?もう夏希が来たのかな」
まさか。あいつはグループトークでパチンコの闇を見せつけているのでまだ来ないだろう。別の心当たりはある。
玄関に向かい、鍵を外してドアを開けると予想通りの人物が立っていた。
「バイトさん、お疲れ様です!今日はよろしくお願いします!」
はきはきとしたよく通る声。黒髪をまとめてポニーテールにしていて、目のくりっとした明るい容貌に高校の制服を身に纏った姿が、僕の周囲から最近急速に失われ始めた若さを感じさせる少女だった。いや、僕自身は高校時代から若々しかった記憶はないのだけれど。
やあ、と軽く手を挙げて挨拶をしていると、肩に手を置かれる感触。
振り返ると東雲と西園寺が深刻そうな顔をしている。
「いや、さすがに未成年は不味いよ」
「ボクたちも付いていってあげるからさ。警察行こ?」
判断が早すぎる。この娘はそうじゃなくて――。
僕が説明する前に、件の少女が元から大きな瞳をさらに大きく見開いて叫ぶ。
「ま、まさかさんぴーですか!?大学生すごっ!」
おいやめろ!天下の往来でなんてこと叫んでくれてやがる!?
慌てて少女を引き込んで扉を閉める。一瞬の出来事であったため、おそらく目撃はされておるまいが、しばらく外を出歩く時は人目を気にしなければならないかもしれない。
一息ついている僕を余所に、西園寺と東雲がふざけ始める。
「ようこそ酒池肉林の世界へ」
「ちょうどいい。二人じゃ彼の相手が大変なところだったんだ」
「ええっ!そ、そんな!?わ、わたし初めてで……」
「大丈夫大丈夫、優しく教えてあげるから……」
二人の戯れ言を真に受けて耳まで真っ赤にする彼女を見て頭痛を堪えつつ止めにかかる。
お前らのそれでよく人のことを好き勝手言えたもんだな……。
「いやあ、反応がよかったからつい」
「ここまで良いリアクションされると私たちの方も気合いが入るよね」
入れるなそんな気合い。
「え?え?」
まだ事態が把握出来ていない彼女に、このろくでもない女たちがただの友達であることを説明する。
「な、なあんだ。わたしてっきり爛れた大学生活を垣間見たのかと……」
流石に想像力が飛躍しすぎてるんだよなあ……。
この娘も普段はしっかり者な女子高生なのだが時々耳年増なのが玉に瑕だ。
「ところで、彼女のことを紹介して欲しいんだが」
「まあだいたい察しはついてるけど」
いけしゃあしゃあと述べる二人を半眼で睨むがどこ吹く風といった様子だ。ため息をつきつ疑問に答える。
二人の予想通り彼女は大家さんのお孫さんのひとりだ。
「牛嶋七野です!バイトさんにはいつもお姉ちゃん共々お世話になってまして」
「よろしく。早速色々突っ込みたい要素が出てきたな……」
「七野ちゃんの姉ってことは私たちと同年代ぐらい?お孫さんの世話なんて言うからもっと年下相手かと思ったよ」
なんなら姉の方は大卒である。
「年上相手に世話っていうのはどうなんだよ……」
呆れたようにつぶやく西園寺に七野ちゃんは申し訳なさそうに口を開く。
「あの、恥ずかしながらニュアンスはだいたいあってるんです。ゲーム好きの姉の遊び相手になっていただいてるのは間違いありませんので……」
「ゲーム廃人はお姉さんの方なんだね」
「はい。私もお姉ちゃんに付き合って遊んでるんですが、お姉ちゃんが今ハマってるゲーム的に三人のが都合よくて」
「彼をバイトさんなんておもしろいあだ名で呼ぶのはゲームの数あわせを指してアルバイトということだね。ゲームに付き合うだけでいいバイトなんて楽そうじゃないか」
そう思うなら代わってもいいぞ。二十四時間連勤、休憩不定期の業務に耐えられればな。
「いやあ、代わりたいのは山々だけどね。バイトに入るための
なるほど。今度資格の必要ないゲームをする事があったら代行を頼むとしよう。
僕の言葉にじっとりと冷や汗をかき始めた西園寺を尻目に東雲が首を傾げる。
「それで、七野ちゃんはどうしてここに?ネットでやるゲームなら部屋に集まる必要は無いと思うけど」
「そうですね。学校終わりの帰りがてら挨拶に寄らせていただいたのですが、本来の目的は別にありまして……」
姉の方――八重さんを起こしにきたんだよ。あの人、寝坊の常習犯だから。
「……?起こしにって、お姉さんは大家さんの家にいるんじゃないのかい?」
引き継いだ僕の言葉に疑問の表情を浮かべる二人。まあそうなるよなと思いつつ、僕は部屋の壁を叩いてみせる。
この向こうが八重さんの住む部屋だ。あの人無駄にひとり暮らしなんだよ。
「そうなんだ……。最近はちょくちょくここに通ってるけどそれらしい人とすれ違ったかな……?」
「ボクも見た記憶はないね」
「な、何度も通って……。ごほん。いえ、それは仕方ないと思います。お姉ちゃん、ほぼ引きこもりなんで」
つまり、日がな一日どころか、滅多に家から出てきもしないで寝ても覚めてもゲームばかりしてるのが八重さんということだ。
「ええと……。つまりニートってこと?」
「いや、まあ、仕事してないわけじゃないんです。個人事業主として稼いではいますので。ただ、本人にその自覚がほとんど無いですが……」
「だめじゃないかそれ……?」
まあ、大家さんの遺産が入れば働かなくてもなんとかなるぐらいにはなるらしいから……。
「い、一応今の暮らしは自分で稼いだお金で賄ってるんです」
七野ちゃんが必死に擁護しているが西園寺と東雲の中では既に駄目人間の烙印がおされているだろう。正しい認識である。
「と、とにかく、今日はよろしくお願いしますね!それじゃあ!」
いたたまれなくなったのか逃げるように背を向ける七野ちゃん。あの姉がクズなのは七野ちゃんのせいではないというのに。
と、七野ちゃんが思い出したように振り返る。
「あ、バイトさん。ご理解されているかとは思いますが、情報漏洩には気をつけてくださいね」
不思議そうな顔をする二人を尻目に首肯する。
わかっているよ。こいつらはほぼほぼ大丈夫だし、滅多なことにはならない。
「了解です。それでは、また後で!」
部屋を後にする七野ちゃんを見送りつつ、西園寺は不思議そうにする。
「……情報漏洩?」
ああ、それについては気にする必要は無い。今回の話を余所でしないでくれればいいだけだから。
「意味深な発言だなあ」
まだ話を聞きたそうな二人を適当にあしらいつつ部屋に戻る。あえて詳しい説明をすることもあるまい。説明するのもめんどくさいし。
*
約束の時間五分前にパソコンの前に座り、起動する。西園寺と東雲は僕の左右から珍しそうにパソコンの画面を覗いている。見られて不味いものはフォルダの奥深くに閉まっているが、あまり覗かないでいただきたい。
ゲームを起動しフレンド欄を確認すると、七野ちゃんは既にログインしていたが姉の方はまだログインしていなかった。
あの人、まさか二度寝とかしてないだろうな……。
「ボクはあんまりこういうゲーム詳しくないけど、フレンドと一緒にやるならボイスチャットとかで通話しながらやるものじゃないのかい?」
一応マイクは持ってるしやろうと思えば出来るがしない。あの姉妹とやるとずっと雑談しながらやるからシングルタスクの僕では会話についていけないのだ。
「いや、こういう時って普通ゲームに集中するよりも友達とわいわいやるものじゃないの……?」
それでいいなら僕も会話半分ゲーム半分で適当にやってる。姉の方は延々と喋ってるくせに結果にも厳しいタイプだから半端なことは出来ないのだ。戦力として計算されて手伝わされてるのに無様を晒したらなんと言われるか……。
「うわあ……。たかがゲームと思ってたけどマジで敷居が高いんだな……」
いやホント……。大家さんからの依頼の中でも拘束時間と精神疲労が半端ない部類なのだ、この案件は。
そうこうしているうちに約束の時間を数分過ぎてからやっと八重さんが入ってくる。
やれやれ、いつも通りとはいえ重役出勤だな。
そういう訳で僕はゲームに集中するから。部屋の中で静かにしてるなり帰るなりしてくれ。
「夏希もまだ戻ってきてないし、少なくともそれまではいるよ」
「まあグループトークの様子を見るに、閉店まで粘りそうな雰囲気だから帰りは終電後だろうけどね。ボクたちは勝手にくつろいだり邪魔しない程度に観戦させてもらうさ」
それならそれで別にかまわない。勝手にしてくれればいい。
二人の返答を確認して、僕はイヤホンを耳に差し込んだ。ちょうど姉の方の準備も整ったようで、低く気怠げながらよく響く特徴的な声が聞こえてくる。
『さあて、それじゃさっそくやりますかあ……』
『お姉ちゃん酷い声だよ。せっかくちょっと早めに起こしたんだからもっとしゃんとしてよね』
『そうは言っても、お姉ちゃん朝からずっと寝っぱなしだったから身体がだるくてなあ』
『それは寝過ぎだよ!ていうかそれって昨日ゲーム止めてからずっと寝てたって事だよね?』
『ほら、今回の耐久のために寝溜めしとかないとだったから……。おかげで寝落ちの心配も無いってことよ』
『生活リズム崩しすぎだよ……。あんまり酷いとまたお婆ちゃんに言いつけるからね』
『ま、まあそんなことはいいじゃねえか。妹ちゃんが起きてる間にさくさく進めないと……。バイト君もよろしく頼むぜ』
七野ちゃんの追求に露骨に話を逸らす八重さん。だらしない姉と世話焼きの妹という力関係の分かりやすい姉妹だ。
さて、これからが長丁場である。
これから遊ぶゲームのジャンルは、ここ数年で急速に発展したバトルロイヤル形式のFPSである。時間経過と共に縮小していくマップの中で、最後まで生存することで勝利となるルールであり、その中でもこのタイトルは選択したキャラクター固有の特技を活かして三人一組で戦うスタイルを基本としている。
この集まりの発起人である八重さん曰く、ソロで野良と組むよりも連携が取りやすいチームの方が都合がいいらしい。
それならわざわざ僕をバイトに呼ばないでゲームしながらボイスチャットもできる友達を誘えばいいと思わなくもないが、もう一人が身内である妹な時点で彼女の交友関係はお察しだ。人のことは言えないけれど。
さて、キャラクターごとに特徴がある以上、三人のチームにも役割というものが出来てくる。
ゲーム廃人でプレイ歴も長い八重さんはその視野の広さと経験から指揮官と索敵を兼ねる。妹の七野ちゃんは、歴は長くないらしいのだが、姉に付き合って最近がっつりこのゲームをプレイしているため急成長中とのこと。反射神経がよく、本人も何も考えずに突っ込むのが性に合っているというので前衛を務める。
僕と言えば昔からこういったジャンルのゲームは経験があったし、このゲーム自体もサービス開始初期から遊んでいたためけっこう慣れている。ただしチームプレイの経験は皆無である上ボイスチャットも聞き専となるため遊撃担当という名のドサ回りだ。八重さんの指示に従って七野ちゃんの援護から裏取りまで、言われるがままにこなす役割である。
これまでこの組み合わせで数回遊んでいるが、分担も上手いこと機能してそれなりの戦績を残している。
実力の指標となるランクも少しずつであるが上昇してきており、上位十パーセントの上位帯も目の前に見えてきている。順調にいけば今回で達成できる可能性もあるのだ。
実際にプレイしてみても、試合ごとに安定した順位をキープできており、順調な滑り出しと言えた。
『いやあ、快調快調。この調子なら早々に上のランクに上がっちまうかもしれねえなあ』
機嫌良さげな姉の台詞に妹がちゃちゃを入れる。
『お姉ちゃんが最初からシャキッとしてくれてればもっとランクポイントを盛れたんだけどね』
『そりゃあこの先の長丁場を生き抜くための致し方ない犠牲ってやつさ。なんちゃらダメージってやつ』
『はいはい、コラテラルね』
『そうそうそいつだ。……っと、後ろからお客さんだ。ポジション有利だし、そこの建物で迎え撃とうぜ』
八重さんの指示で近くの建物に籠城した僕たちは、迫り来る場外に追い立てられた別チームに嫌がらせのように銃撃戦を展開する。
物陰に隠れた敵に向かって僕が投げ物を放り、八重さんが岩場の陰から逃げ出す敵を狙撃、弱った相手に七野ちゃんが詰め寄り回復の暇を与えず倒しきる。
その試合は見事最後の一チームになることができ、八重さんの機嫌も最高潮である。
『さてと、今日私はこれで最後かな』
『もうそんな時間かあ。時間が過ぎるのは早いぜ全く。しばらくはチームが崩れちまうなあ』
時間を確認すると、そろそろ日付が変わる一時間前だ。七野ちゃんは大家さんの方針で、高校卒業まで夜更かし禁止なので、このぐらいの時間には就寝しなければならないのである。
『明日はお婆ちゃんに頼んで朝から一日付き合ってあげられるようにしたからそれまで我慢して』
『おお、ありがてえ……。愛してるぜ、妹ちゃん』
『はいはい、調子いいんだから。それじゃお休み』
『はいよ、お休み~。……さあて、ちょうどいいから一度小休止といこうかね。そうさな、再開は二十分後。バイト君もそれでよろしく』
七野ちゃんがゲームからログアウトしたのを見て、八重さんは一方的に告げるとボイスチャットを切った。まあ、こちらがボイスチャットに参加しないのが悪いのだけど。
とにかく僕もイヤホンを外して大きくノビをする。
「おや、休憩かい?」
テーブルの上で電子メモ帳を開いて文字を打ち込んでいた西園寺が顔を上げる。おそらく文芸サークルに提出する作品を執筆していたのだろう。
東雲の姿が見当たらないのはベランダでニコチンの補給中といったところか。
「ナツからさっき連絡が入って、今こっちに向かってるってさ……、ああ、着いたみたいだね」
「ただいま~。いやあ疲れたあ」
チャイム音もなく玄関の扉が開く音と共に北条の声がする。以前はこちらが扉を開くのを待っていたのに最近は遠慮無く侵入してくるようになった。
「ああ、お疲れ。グループトークは見てたけど、結局今日は勝ちなの?」
ベランダから東雲が顔を出して北条に問う。いつの間に脱いだのか、シャツだけ羽織ってパンイチの部屋着スタイルだ。最近はこれ以上脱がなかったらまあいいかなと思うようになってきた。
「長く苦しい戦いだったわ……。投資七諭吉のうち五諭吉まで帰ってきたから実質勝ちね」
「諭吉が二枚消えてても?」
「パチンコを打つときは結果だけじゃなくて過程を大事にするものだから……」
東雲の正論パンチに目を逸らしながら答える北条。受け流せてないぞ。
「あたしの方はいいのよ!それで、なんか二十四時間耐久FPSとかっていう頭の悪いバイトしてるって聞いたけど、どんな感じなの?」
「今は休憩中らしいよ。さっきまで四時間ぐらいぶっ続けでやってたから。それだけでもボクなら根をあげてるね」
「へえ、そのお孫さんも気合い入ってるわねえ。そのゲーム、実はあたしもちょっとやってるのよね。どれどれ……ん?」
なんだ、北条も経験者だったか。もしランクが合うなら据え置きゲーム機で七野ちゃんの代わりをやらせるのもありだな……。
「んん……?あれ、これって……」
どうかしたのか?
北条がなにやらゲーム画面を見て首を傾げている。
「いやあ、あんたとお孫さん?のアカウント名にすごい見覚えが……」
そう言って北条はスマホを取り出すと、動画共有サービスのアプリを立ち上げる。
「ああ~……やっぱり。あんたとんでもない仕事してるのね」
「とんでもないって?」
東雲の質問に、北条は自分のスマホ画面を掲げて皆に見せてくる。
画面に写っているのは僕がやっているゲームの待機画面だ。
「これってライブ配信……?」
「そうそう。で、これに今見えてるユーザーのアカウント名なんだけど……」
「……彼とお姉さんと同じアカウント名だね」
そう。北条のスマホに写っている画面と今の僕のゲーム画面はほぼ同じ状態だ。違うのは僕と八重さんのアバターの立ち位置と、スマホ画面右端に写っているキャラクターだけ。
「ええと、これ、VTuberの配信だよね?そこに彼と八重さんのアカウント名が入ってるって事は……」
三人がスマホ画面から顔を上げて僕の方を見てくる。いや、アニメ好きが高じてパチンカスになった北条ならこの手の業界に明るいことも想定してしかるべきだったか。
そう。八重さん、企業所属のVTuberだから。改めて言うけど余所じゃ口外しないように。
「ええ……」
「大家さんのお孫さんと遊ぶって話が、どうしてVTuberの配信に参加する話になるんだよ……。君、説明が不足しすぎじゃないかい?」
別にわざわざ話すことでもないからな。
「いやいや、それこそ守秘義務とかあるだろうから、そこはちゃんと説明しなさいよね……」
北条が気がつかなければこんな面倒なこと説明せずに済んだんだよ。VTuberの配信に参加するから他言無用だなんてこっちから言えるか。
「いやまあそうではあるがね……」
「それよりも、あんたこの状況でよくゲームやってられるわね……このV――喜瀬川吉野って、今大変なんでしょ?」
ん?大変というのは?
「……あんたまさか知らないの?知り合いで一緒にゲームもしてるんだから配信ぐらい見てるわよね?」
いや、見てない。編集された動画とかならともかく、他人のやってるゲームを延々と眺めるぐらいなら自分でやるし。それに、リアル知人が萌え声とか発してるのとか見たらなんか嫌じゃん?
「ああ、あんたそういうタイプだったわよね……」
「何か問題でもあるの?」
ため息をつく北条に東雲が問いかける。北条はちょっと言いづらそうに口をもごもごさせていたが、やがて口を開いた。
「ええと。今、吉野ちゃん荒らしの被害受けてんのよね」
僕は北条の言葉に驚いた。VTuberへの荒らしというのは、ライブ配信のチャットへ悪意のある書き込みを繰り返したり、SNSで発信することを言う。
何度か彼女が配信している際にゲームに参加したが、彼女がそのような様子をみせることは今までなかった。
「荒らしって、何か彼女に落ち度でもあったのかい?」
「別に悪いことをした訳じゃないんだけど……」
じゃあ何故?
「……彼女が、特定の男を引っ張り込んで一緒にゲームしてるから。つまり、あんたのことなんだけど」
ええ……。
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