第100話 『 あたしの手、離さないでくれよな? 』
「――それじゃあ電気消すよ」
「おう」
夜。敷布団の上で寝転がるアマガミさんから返事をもらった僕は、手元のリモコンを操作して部屋の証明を落とした。
今夜。アマガミさんは僕と同じ部屋で眠ることになった。
そうなった理由は、就寝前にアマガミさんにお願いされたから。
彼女に服を抓まれながら『一緒に寝たい』とお願いされた時、もちろん最初は抵抗した。絶対にやましいことはしないという自信はあったけど、万が一、億が一にでもそういう状況にならない為に。
けれど、アマガミさんの精一杯の甘えたがりと泣きそうな子どものように服を引っ張ってきた指先に、その決意は一瞬で瓦解してしまった。
――きっと、寂しかったのだろう。
これまで孤独な状態が続いて、それでも頑張らなきゃいけない状況に心が悲鳴を上げていたのではないのだろうか。
誰かに寄り添いたくて、けれど素直になれなくて。
アマガミさんがこの世界で素直に甘えることができるのは、たぶんもう僕だけしかいないんじゃないだろうか。
なら今夜くらい一緒に寝てあげよう。そう思ってあの時頷いた。
「……ボッチ。ありがとうな」
「どういたしまして」
薄暗い部屋の中、眠ろうと瞼を閉じようとした瞬間、不意に小さな感謝が耳朶に届いた。
「お前がいなかったら、あたしは今頃野宿だった」
「アマガミさんが野宿生活なんてしなくて安心してるよ。今日再会できたのは奇跡だったね」
「はは。だな。生きててクソみたいなことばっかだけど、ボッチに会えたのはあたしの人生の中で一番の幸せかもな」
「あはは。大袈裟だよ。まだまだ人生長いんだから、もっと幸せなことがあるさ」
それでも、僕に会えたことを幸福だと思ってくれたことは素直に嬉しかった。
静かな空間で、僕らはぽつぽつと会話を続ける。
「今思えばさ、ボッチはあたしの婆ちゃんに似てるわ」
「アマガミさんのお婆さんと僕が? どこら辺が?」
「あたしを万年甘やかしてメシが美味いとこ」
「あはは。それは僕とアマガミさんのお婆さんが似てるというより、アマガミさんが甘えさせ上手なだけだと思うよ。見てると放っておけないだもんアマガミさんは」
「悪かったな不良娘で」
自嘲するように言ったアマガミさんに僕はたまらず苦笑。それから、彼女は一拍間を置くとこう告げた。
「……それと、手が似てる」
「手?」
「あぁ。ボッチと婆ちゃんの手はあったけぇ。あたしをいつも安心させてくれるんだ。だから、なんだろうな。ボッチに触れると嬉しいと思うのは」
「……アマガミさん」
彼女の言葉に胸に干渉が広がった矢先、不意に「ボッチ」と名前を呼ばれた。
どうしたの、と視線を下げると、赤い双眸が僕を見つめていて。
「手、繋ぎたい」
「今?」
「ダメか?」
「ううん。いいよ。手、繋ごうか」
潤む赤瞳が、そう懇願した。
僕はそれに、静かに頷くと、ゆっくりと手を伸ばした。
彼女も僕の伸ばした手を迎えるように手を伸ばして、そしてやがて、僕らの五指は余すことなく絡みあった。
そんな手をアマガミさんは双眸を褒めながら見つめて。
「――あぁ、やっぱり好きだ。ボッチの手。握ってもらえるとすげぇ安心する」
「僕も同じだよ。アマガミさんの手を握ると、すごく心が温かくなる」
嬉しそうに笑うアマガミさんを見て、僕もたまらず微笑みをこぼした。
この心が通じ合ったような瞬間は、胸に幸福感と無性の居心地よさを与えた。
「会えなかった時さ、ずっとボッチに会いたいって思ってた」
「僕もだよ。やっぱり、アマガミさんといる時が一番楽しくて、幸せだって思える」
「なぁ、あたし、もっとボッチに甘えていいかな。みっともない姿みせるかもしんねぇけど、そんなあたしでもボッチは幻滅しないでくれるか?」
「何言ってるのさ。僕がアマガミさんに幻滅したことなんて一度もないよ。――うん。いいよ。もっと僕に甘えて。僕はアマガミさんを甘やかすことが好きだから」
「へへ。それじゃあ、今夜はずっと手を握っててくれ」
「あはは。それだと朝起きたらお互い腕が痺れてそうだね」
「寝るまででいいからさ」
「それなら、はい。アマガミさんが寝るまで、ずっと握っててあげる」
この手を、放しはしない。もう絶対に。その想いが溢れるように、また強くアマガミさんの手を握った。
彼女もまた、嬉しそうに微笑みながらぎゅっと握り返してきて――、
「ボッチ。あたしの手、絶対に離さないでくれよ」
「うん。もう絶対に離さないよ」
揺れる瞳。僕を見つめるアマガミさんを真っ直ぐに見つめ返しながら、胸に強く刻んだ誓いを立てた。
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