第61話 『 海斗と幼馴染 』

 友達と駄弁り終えて帰ろうとしたところで、俺は昇降口で立ち尽くしている女子生徒を見つけた。


「あれ、琉莉るり?」

「おや、海斗」


 俺が声を掛けると琉莉はびくっと肩を震わせた。それからゆっくりと俺のほうに振り向くと、相変わらずこの世の全てがつまらなそうな顔をみせた。

 幼馴染にみせる顔ではねぇな、と嘆息しつつ、俺は琉莉に訊ねる。


「どうしたんだよ、そんなとこで立ち尽くして」

「ちょっとフラれちゃって」

「フラれた? 誰かに告らでもしたのか?」

「その青春しか脳に詰まってないような回答は止めたほうがいいよ」

「お前が回りくどい言い方すんのが悪いだろっ」

「今の発言はかなりそのまま伝えたんだけど」


 琉莉は不服気な表情で訴える。俺はやれやれと肩を落とす。


「もうなんでもいいや。お前が男子に告白するような性格じゃないってことは知ってるし、その顔も告白された後じゃなさそうだ」

「甚だ不快になる結論の導き出し方だね。でも概ね当たってるのも不快だ」

「結局不快になんのかよ」


 むぅ、と頬を膨らませて不愉快ということを表明する琉莉。俺は彼女からの抗議を適当に受け流しながら下駄箱から靴を手に取り、


「……その、どうだ。久々に一緒に帰るか?」

「へぇ。海斗が私にそんな提案してくるなんて珍しいね」

「たまたまだ。たまたま」

「いいよ。一緒に帰ってあげる」

「何様だよ」

「幼馴染様だよ」


 コイツわりとこういうノリに乗ってくるんだよな。見た目清楚系で大人しめなのに。

 でも、俺は琉莉のこういう所は嫌いじゃない。むしろ好きだ。要は憎めない奴ってことだな。

 俺は「あっそ」と素っ気なく返しながら、靴を履く琉莉を待つ。


「うし。んじゃ帰るか」

「うん。帰ろう」


 短く相槌を打って、琉莉が歩き出す。俺は彼女の歩調に合わせつつ、隣を歩く。

 幼馴染といえどあまり琉莉とはあまり交流がない。クラスでも絡むこともないし、話しをすることもない。だから会話をしようにもどんな話題を切り出せば食いつくのか分からず、俺はひたすらに戸惑う。

 そうやって無言の時間が続いていると、意外にも琉莉の方から「ねぇ」と口を開いた。


「海斗に聞きたいことがるんだけど」

「なんだ」


 琉莉が質問してくるのは珍しかった。

 ぎこちなく返せば、琉莉はどこか遠い景色を眺めながら聞いてきた。


「帆織くんと天刈さんって付き合ってるの……って急にどうしたの? 急に倒れ込んで。制服汚れちゃうよ?」

「俺が今人生で一番深く考えたくないこと聞いてくるなよっ」

「なるほど。それが答えようのものかな」


 俺の反応から独断で結論付けようとする琉莉に、俺は「いいや!」と涙目になりながら全力で首を横に振った。


「あの二人は断じてカップルなのではない! ただの友達! それ以上は俺が認めん!」

「海斗は相変わらず帆織くんのことになると気持ち悪さが五割増しになるね」


 五割増しって、殆ど気持ち悪さの塊じゃん。もう汚物と一緒じゃん。……つか俺、幼馴染に普段から気持ち悪い奴と思われてんのかよ。

 いや、今はそんなことどうでもいい。


「いいか。俺は断じてあの二人の交際など認めない! 百歩……いや千歩譲って友達以上になることは許すが、それ以上はダメだ!」

「他人の交際に自分の私情を挟み込まないほうがいい。あまりしつこいと帆織くんに嫌われるよ」

「お前はなんでそうやって人の急所を平然と突いてくるんだよ!」

「知らないからだよ。海斗の急所なんて知らないし興味もない。私が今興味あるのはあの二人が付き合ってるか付き合ってないか」

「なんでそんなこと興味あるんだ?」


 ふと気になって訊ねると、琉莉は何故か俺を睥睨してきて、


「海斗には教えない」

「そうかいそうかい。べつに興味なんてありませんよー」


 本当はめっちゃ気になるけど、つい条件反射で突っぱねてしまった。

 俺は悔悟に打ちひしがれながら立ち上がると、膝についた砂やら埃やらを払った。


「ねぇ、海斗はどこまであの二人のこと知ってるの?」

「あぁ? どこまでって、そんな詳しくは知らねぇよ。特別仲がいいってことくらいしか」

「本当にそれだけ?」

「そうだぜ。むしろ俺があの二人が今どこまで進展してしまってるのか知りたいくらいだ」

「親友が聞いて呆れるね」

「うるせえな! そんなこと自分が一番分かってますう!」


 コイツは相変わらず人の気にしてる所をずけずけと突いてきやがって!

 ガルル、と奥歯を噛む俺に、琉莉はやれやれと嘆息すると、


「これはどうやら直接聞いた方が早そうかな」

「? どういうことだ?」

「海斗は知らなくていいよ」


 そう淡泊に言って俺を突き放す琉莉。……昔からここも変わってないのかよ。

 琉莉はいつもそうだ。肝心なことは何も言わない。言おうとしない。

誰にも、幼馴染にさえ決して心を開かず、歩み寄ろうともしない。

 小さい頃はそうでもなかった気がするのに、いつからこんな拗らせ女になっちまったんだ。


「ほら、ボケっとしてないで帰ろうよ」

「……あぁ」


 数歩先に行く琉莉に促されて、俺はぎこちなく頷いて小さな背中を追う。

 追いついた琉莉をりらりと見れば、いつもと変わらず全てが退屈そうな顔でどこか遠くを眺めていて。


 ――琉莉のその顔を見る度に、俺の心臓はひどく締め付けられた。


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